第2話 憧憬があるの

「千鈴ちゃん、いい加減にしなさい」


 ついにお母様の堪忍袋の緒が切れたらしい。声こそ落ち着いたトーンであるが端々に怒気をはらんでいる。


「献属を見つけると約束してもう一年以上経ったけど、具体的な行動をなにもしないじゃない」

「ち、違うの。えっと、それは……」

「それは?」


 お母様は怒っていても優しい。私の明らかな言い訳も聞いてくれるし、言葉に詰まっても待ってくれてる。でもいくら待ってもらっても、言葉の先はこれ以上続けようがない。完全に私が悪いし、説得できるだけの理由も持ってない。


「……ごめんなさい」


 観念し素直に謝るとお母様の顔が「仕方がないな」と和らぐ。


 献属とは「契約をした血液提供者」の通称だ。吸血は誰彼構わず行えるわけではなく、基本的に志願者と契約することでしか許されてない。


「ねぇ、千鈴ちゃんの気持ちは理解しているつもりだし、半ば無理強いをしていることも分かっているのだけれど大切な事なの。出来ればあなたが決心するまで待ってあげたいけれど、多分それだと千鈴ちゃん自身がしんどくないかな?」


 私は一般的な吸血人と比べて血液をほとんど摂取してないため、日ごろから欲求を持て余していた。短期間なら飲まなくても急速に体調を崩すことは無いが、長期間少しも飲まなければ生命にさえ関わってくる。


 またそれ以上に厄介なのは吸血欲求だ。短期間飲んでいないだけでも影響はすぐに表れ、日常生活にも支障がでてしまう。


 私の年齢的に、必要な吸血量も欲求も多くなる時期だ。


 本来であれば献属を持ち定期的に吸血させてもらうことが普通なんだけど、私は欲求を抑えるために保存血液を薬代わりに摂取して抑えている。


 保存血液は美味しくない。


 いつも眉間に皺を寄せ、苦々しく思いながら飲んでる。更にそれだけではなく生血よりも欲求の解消度が格段に落ちるらしい。少し飲んだ程度ではすっきりとせず、気分の晴れない日がよくある。


 そしてそんな私をお母様が心配そうに見ていることも知っている。私のために慣れないお説教までして説得しようとしてくれていた。気持ちは重く進まないが、困らせているのはとても心苦しい。


「……わかった。明日から頑張るから」


 私のわがままで約束を引き延ばし続けてたけれど、最低でも献属を探すことだけでもしないとだめだろう。


 だけど私の心の問題は未消化のままだ。このままだと探すだけ探して「いい人はいませんでした」と答える未来がありありと思いうかぶ。そうなっても仕方がないと後ろ暗い気持ちも頭の片隅に浮かんでいた。


「私も手伝うから、頑張ろうね」


 私の心はお見通しなのだろう、お母様は困ったように微笑んだ。


□□□□□


 それから早くも一週間が経過した。この間、私は来る日も来る日もお母様に押し付けられた沢山の資料を物色していた。


 この資料には血液提供の志願者が記載されている。

 条件次第だけど献属になる意思がある人達だ。そんな志願者を管理している団体があることは知っていたけど、そこから私の代わりに資料を取り寄せてくれたらしい。


 お母様の手前まるで確認しないわけにもいかないので、顔写真と簡単なプロフィールが載っている書類を一通り見ている。

 お母様は「とりあえず何人かと会ってみて、お話ししてみるだけでもどうかな?」と言っていたけど、それは正直難しい。


 そもそも私は人見知りで内向的な性格だと自覚してる。


 学校でも親しい友人は幼馴染の二人しかおらず、部活動等も知らない人の輪に入るのに怯え、どこにも所属していないほどだ。そんな私が初対面の人と会い、コミュニケーションを取り、複数の中から取捨選択をするのは、だいぶハードルが高いのではないかと思う。


 やはり献属を今すぐ無理に決める必要なんかないんじゃないか、と弱気なりはじめた。献属というのはパートナーなんだから。これから浅からぬ関係を築く相手を書類と、数回会った程度で決めてしまっていいのだろうか。良くないと思う。


 私の親友はこのことについて、「別に生涯付き合うわけじゃないし、取り合えず試してみて相性が悪ければ止めればいいじゃん」と言っていた。

 事実誰に対してもフレンドリーな彼女は同い年にも関わらず、既に何人もの献属をとっかえひっかえしていた。


 それも一つの考え方なんだろう。そのこと自体は悪いと思わないし、むしろ正しいのかもしれない。だが私にはとても真似できないし、したいとは思ってない。


 むしろ逆で、知り合った人と徐々に仲を深めていき、十分に互いを理解した後に献属になってくれるのが理想だ。ちなみにこれを友人に話したら「乙女だねー」と笑われた。拗ねることで抗議をしたら、謝りながら「私も嫌いじゃないよ」とフォローしてくれた。


 とにかく、私の理想が高いのかもしれないけど献属は取り合えずで持つよりも、是非この方にと心に決めた人がいい。


 ――そう考えるとき頭に浮かぶ人がいる。


 もし仮に献属になってくれるなら、あんな人がいいと思う憧れ。


 約一年前程前に、突然学校で吸血欲求に襲われた。


 欲求自体は一般的に高校生にもなれば当然でもあるのだが、私の成長が遅かったのもあってか、それまでずっと無縁だった。その反動でもあったのか予兆もなく急にきてしまった。


 何とか周囲と自身を誤魔化して無人の保健室へ逃げ込んだ。当たり前だが経験のない私は、身を縮こまらせ耐え忍ぶことしか思いつかない。


 そんな私に手を差し伸べ助けてくれた先輩がいた。彼女は苦しむ私へ血を分け与え介抱してくれた。


 今でも姿が目に浮かぶ。窓から入る日差しを受け輝く、艶やかな亜麻色のショートウルフの髪。少し大人びて見える涼やかな目と長いまつ毛。ブレザーの制服を着崩さず端然としている姿は絵のようだった。


 彼女から伸ばされたしなやかな白い指、その先端の傷から血を吸うひと時は至福だった。溜まり続けた欲求のせいかもしれないが、何物にも代えがたいほど美味しく感じられ、無中になって舐め続けてしまった。

 「子猫みたいですね」と揶揄われても、それでも手放す選択肢はなかった。


 その時から彼女は私の憧れとなる。


 後から知ったのだけど当時3年生の先輩で、八城晴乃やぎはるのという名前だった。


 その一件以降、学年が違うこともあって再び話す機会もないまま彼女は卒業してしまった。姿を見かけることはあっても、自身の性格が災いし勇気が持てず、一歩を踏み出せなかった。


 ただ彼女の方からも私を見つけてくれた際は、こっそりと手を振り茶目っ気のある笑顔で微笑みかけてくれる。秘密の共有をしているからなのか。理由は分からないが特別扱いをしてもらっているようで、その度に心がざわついた。


 だけどそんな先輩も二ヶ月ほど前に卒業していってしまった。今はどこにいるのかさえも分からない。成績はいい方だと噂が聞こえてきていたので、もしかしたら遠くの大学へ進学したのかもしれない。連絡先くらい聞いておくべきだったと後悔が募った。


 憧れと後悔、それらが私の心の中で彼女を特別にしている。献属を探す際も面影が似ている人に目がいきがちで、自分でも未練がましいと思う。


 これを友人へ話せば、また笑われてしまうかもしれない。お母様は笑わないだろうが、余計に困らせてしまうはずだ。


 自身の理想と人見知りの欠点、その二つを解決しないと、いつまでも身動きが取れない。他人からすれば些末な事かもしれないけど、私にとって重い課題となっていた。 


 さらに悪いことは重なるもので、この問題以外にも別の厄介事も出来てしまった。頭を悩ませることが増え憂鬱になり、大きなため息が出てしまう。


 別の厄介事とは家に新しい人が増えることだ。


 先月からお母様が長期出張で家を空けることになった。お母様自体には頻繁にテレビ通話をしてくれているので寂しくは無い。それに長期休暇があればすぐにでも会いに来てくれるはずだ。


 問題はそこじゃなく、お母様が家政婦さん達を連れて行ってしまったことだ。


 私の家は大きすぎる。


 郊外に建っているとはいえ、お屋敷と言って差し支えない洋風の母屋に広い庭、離れ屋まである。別に由緒正しい家系なんかではなく、お母様が起業家として成功した結果だった。生まれた時から住んでいる家とはいえ、分別がついた今では特別なことは分かる。


 前までは複数いるお母様の献属の方達が家政婦としても就労し、広い我が家の管理をしてくれていた。しかし献属なので仲良く一緒に出張している。


 一応取り纏め役であった家政婦長のつかささんが1人残ってくたのだけど、当前のように手が回っていない。


 ではどうするか、そう増員だ。


 司さんの要請にお母様が許可を出したらしい。実際忙しそうにしてたので、彼女が楽になるなら私も賛成だ。だけどやっぱり、新しく来る人と上手くコミュニケーションをとっていけるのか不安を感じてる。普通の人にとっては取るに足らない話なのかもしれないけど、勿論私には悩みの種となった。


 毎日一日中いるわけじゃないだろうけど、まるで関わらないということは不可能だと思う。ましてやお母様不在の今、私が対応することも多いかもしれない。考えるだけで胃が重くなる気がする。


 そうして本日、学校から帰宅した後に顔合わせを行うと司さんから告げられてた。司さんやお母様との面談は済んでいて、すでに内定しているらしい。


 重い足取りで、嫌なことを後回しにするようにゆっくりと帰宅するけど、いずれは家に着いてしまう。


 もう扉の前にまで来てしまった。意味もなく、ゆっくりと恐る恐る呼び鈴を鳴らす。扉越しに低い鐘の音が中から鳴ってるのが聞こえた。


 すでに待ち構えられてたように大した間もなく鍵の開く音がなり、両開きの扉の片側が開けられる。扉の間から見えた腕と体でメイド服を着た女性だと分かる。だけど司さんではなかった。新しい人かな。


「おかえりなさいませ」


 女性にしてはやや低い、不思議とよく通る声と一緒に現れた顔は、何故かよく見知っていた。


 私の憧れがいつかのように茶目っ気のある顔で微笑んでた。





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