仮想砂上のミシュラクラ

波桜みつき

紫吹レイナ(ファッション・ビューティ系VTuberr)

 虹崎るなが武道館を揺らした翌日。


 紫吹レイナは、配信ソフトのプレビュー画面に立つ自分のアバターを見つめていた。

 アイラインの色、背景の調整――どれも完璧。 いつも通りの演出。

 だけど、心のどこかに、ひっかかるものがあった。


 「おはよう、レイナだよ。今日のテーマは春のレイヤードコーデ……なんだけどさ」


 配信開始の合図とともに、チャット欄が動き出す。

 いつも通りのファンたちの声。 でも、今はちがった。


 【るなちゃん……大丈夫かな】

 【昨日の配信、感動した】

 【武道館ライブ、凄かったね】


 “あの子”の話題がちらほらと目につく。

 ジャンルが違うのに、比べられる。 勝手に順位がつけられる。

 そんな空気に、レイナは何度も晒されてきた。


 ──私は、ただファッションを届けたいだけなのに。


 だけど、虹崎るなは“特別”だった。

 ただ歌うだけで、世界がざわめく。

 表情も変えず、感情も多くを語らず、それでも「心に響く」と言われた。


 (ほんと、ズルいよね)


 私は、何十ものファッションサイトを巡り、何時間もかけて台本を作って、

 それでも「歌一発」で全部持っていかれる。


 人間じゃない。 感情を抑えてる。 個性がない。

 そんなふうに言われても、あの子は頂点にいた。


 (……消えてくれたらいいのに)


 そう思ったのは、一度や二度じゃない。

 でも、こんなにはっきり“願った”のは、あのライブを見た夜が初めてだった。


 あの光と歓声の中心に、あの子がいた。

 私がどれだけ手を伸ばしても、届かない場所に。


 ──このままじゃ、消えるのは私のほうだ。


 画面に映る自分のアバターは、いつもと同じ微笑みを浮かべていた。

 でも、その奥で揺れている殺意は、誰にも見えない。






* * *





 深夜。唐突にスマホが震えた。


 【通知:虹崎るながライブ配信を開始しました】


 こんな時間に、告知もないゲリラ配信が始まった。

 画面に映ったのは、照明も何もない、白い空間に立つ虹崎るな。無表情で、静かに目を閉じている。


 そして──彼女は、歌い出した。


 「雨がふっても……終わりじゃない。夢を……しんじて──」


 モニターに浮かぶ歌詞。今まで聞いたことのない歌。

 その配信は、開始からわずか十秒足らずで終わった。音も、映像も、消えた。


 ──それが、虹崎るなの“死”の瞬間だった。

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