この世界に、魔法はいらなかった。

ニイ

第一章 魔法の世界に生まれて

第1話 仮面と優等生

「勝者っ、久遠理央ーー!!」


 審判が赤色のフラッグを掲げ試合の勝者を告げる。

 その瞬間競技場はどっと歓声に包まれた。


 ここは魔法学園第一競技場。

 魔法学園最高魔法師選手権の決勝戦が今終わったところだった。


 土煙が舞い上がる中、中央に立っているのは白い学生服を着崩さずに佇む、一人の少年――久遠理央だった。


「さすが、雷撃の魔法師だ!!」 「攻撃速度が違いすぎる。詠唱してたか?今の」


 観客席のあちこちから称賛と驚嘆の声が飛び交う。

 誰もが目を輝かせ、理央の力に圧倒されていた。


「理央選手大会記録を大きく塗り替え、今ついに優勝ですっ!!!!」


 実況者が勢いよく宣言し、色とりどりの花火が上がる。

 さらに大きな歓声に包まれ、会場のボルテージは最高に達する。


 しかし、当の本人は、ただにこりと笑い一礼し、観客にただ手を軽く振るだけだった。

 その様子がさらにクールに見せたのか、彼の雰囲気とは裏腹にさらに盛り上がった。


(こんな程度のことで浮かれて、滑稽だな)


 理央は心の中で毒づきながら、会場を後にした。



◆◇◆



 魔法歴454年。

 人類は魔法技術を手に入れ、科学は過去のものとなって久しい。

 魔法史が始まり、歴史からは科学が抹消され、今や科学のことを覚えている人間はいない。


 生活魔法は衣食住すべてを賄い、人々の生活に根付いていた。

 また、天候の操作、医療魔法による延命、魔道車両による円滑な交通――

 全てが魔法で成り立っていた。

 稀代の天才クロード=エーテルが発見した魔法理論は世界を数世代先の未来へ進めた。


 そして、ここ魔法学園アストレアはこの都市を象徴する場所だった。

 そこで“雷撃の魔法師”として名を馳せているのが、久遠理央だった。


 大会の翌日、理央はいつもと変わらず学園へ登校していた。

 理央が教室に入った瞬間、場の空気が変わった。

 クラスメイト達の視線が一斉に集まり、期待と尊敬が織り交ざったざわめきが起こる。


「おはよう、久遠くん! 今日もかっこいいね」

「昨日の決勝戦見てたよ。雷魔法の高速詠唱、マジで神業だったよ!」

「マジそれな、理央パねえわ!」


「ありがとう。でも、まだまだだよ」


 完璧な笑顔。丁寧な口調。過不足のない応対。

 周囲に与える印象を操作した“優等生の振る舞い”だった。


(まったくもって愚かだな)


 理央は心の中で吐き捨てる。

 少しかぶりを振って意識を変える。

 笑顔を貼り付けクラスメイト達とのコミュニケーションをこなしていく。


 しばらく話していると教室に担任の教師が入室し、授業が始まる。

 クラスメイト達は席に戻り、理央も席に座る。

 理央は教師の話を聞きながらも窓の外に視線を動かす。

 外では巨大なオブジェクトが浮遊し、駆動している。


(今日も忌々しく輝いてるな)


 睨みつけるような視線を一度外に向けるのだった。



◆◇◆



 数時間後。

 授業を一通り終えた理央は荷物をまとめると人気のない西校舎裏倉庫群へ足を向ける。

 そこの最奥に“廃棄指定区域”が存在している。


 “廃棄指定区域”とは大気のマナが安定しないため魔法事故が発生しやすいエリアにの総称であり、

 数こそ少ないものの現状では改善ができないため一般人はまず、寄り付かない場所である――表向きには。


 理央は《透過の魔法》と《消音の魔法》を唱え、領域に侵入する。

 “廃棄指定区域”内を進みやがて、突き当りにたどり着く。

 誰もいないことを確認すると突き当りの壁面をなぞる。

 すると、壁に掛けられていた《隠蔽の魔法》が解かれこの場に不釣り合いな金属パネルが姿を現した。


 一定のリズムで決められた凹凸を指先で押すと静かに壁面がスライドしていく。

 そこには、理央以外知らない隠し通路が現れるのだった。


 隠し通路に入り、無機質な金属の階段を下りていく。

 下りていくにつれ、理央の足音以外に段々と機械の駆動音が聞こえてくる。

 そして開けたスペースにたどり着く。


 理央が部屋に入ると嗅ぎなれた――しかし、魔法社会では嗅ぐことのないはずの香りが向かい入れる。

 湿った空気、焦げた回路、錆びた金属の臭い。


 壁面についているスイッチを押し、照明をつける。

 モニター、制御パネル、様々な計器等、

 金属光沢のあるボディが光を反射し、その姿を主張する。


 魔法社会ではまず見ることのない道具たちがそこにはあった。


 旧科学研究施設。

 歴史の彼方に消え去った“科学の亡霊”がそこにはあった。



◆◇◆



 理央は慣れた様子で作業机へ向かう。

 机の周囲に転がっているのは、かつて科学が反映していた時代の亡骸だった。

 修理後の残る科学アイテムたちは今や理央の“拠点”となっていることを物語っている。


 現在作業机に置かれているのは、小型電撃発生装置。

 これは、現在理央が“魔法”として使っている電撃の正体だ。

 世間では“雷撃の魔法師”と認知されているが、その力は術式によるものではない。

 体に隠しているこの科学装置によって、人工的に生み出しているのだ。


 もとより、理央の得意としている魔法は暗躍系魔法であり、物事を隠し、人を欺くことに長けている。

 逆に攻撃的な魔法は大した火力を出すことができないのだ。


 科学のことを忘却した魔法社会では科学の力による攻撃から身を守る方法を知らない。

 また、詠唱を必要としないため驚異的な速度を誇る。

 つまり、対魔法最強の力となり、魔法に頼り切った学園生等敵ではない。


 理央の卓越した暗躍系魔法により、魔力検知網に引っ掛からないようにしており、

 誰も“魔法じゃない”ということに気づけない。


 これが理央の強さの秘密だった。


 理央は作業机に向き合い、ハンダを握る。

 

「まずは、放出制御ユニットの調整だな」


 昨日の反省点、そして手元の設計図を確認しながら回路をいじる。

 

 これはほとんど理央の日課になりつつあった。

 いついかなる時も対応できるよう装置は最高の状態にする。

 そして、反省点を生かし強化できる場合は行うのだ。


 放出制御ユニット、蓄電部、隠蔽魔法効果――

 一つ一つ丁寧に確認しようやく作業を終える。


 額の汗を拭い、一息つく。


(ついに僕は科学の力で学園最強になることができた。

 これだけの名声と力があればようやく動くことができるかもしれない)


 理央にしては珍しくにやりと口角をつり上げる。


(魔法社会の馬鹿どもが今からそのすべてを奪い、破壊してやる)


 邪悪な笑みを浮かべた理央は上機嫌に机を指ではじく。


(僕は誰よりも強くなれる。この知識さえあれば、そしていつかひっくり返すことができる。この社会を)


「もうすぐだ。もうすぐ、この世界は終わる」


 そうつぶやくと作業机の上を片付け、調整済みの装置を自身に装着する。

 そして、研究室を後にする。

 重々しく閉まる扉を背に振り返らず地上へと戻っていく。


(まだ、この仮面は必要だ。

 明日もまた、優等生として人々の前に立たなくてはいけない。

 いつか起こす行動に役に立つだろう。)

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