菊池の極み

小寺無人

第1話 実はオレ、河童かもしれない




 菊池が何を言っているのか、きちんと分かったことの方が稀ではあるが、今回はまた輪をかけて分からなかった。


「なんて言った?」


「うん。だから、オレは河童だと思うんだ」


 そう言って菊池は橋の下を流れる川を見下ろした。深刻そうな顔をしている。


「カッパ――って、アレだろ。全身緑で、水辺に出てくる、妖怪」


「そ。その河童」


 こういう時は、慎重にいかねばならない。まずはこの男が正気なのかを確かめる必要がある。


「どう見ても、人間だが」


「オレもそう思ってた。親父もおふくろも人間だし」


「じゃあ」


 人間だろ、と言い切るまえに、


「否、ひょっとしたら、オレは橋の下で拾われた捨て子なのかもしれん」


 正気ではない。そう判断せざるを得ないようだ。

 かくなる上は、何とかして菊池に「自分は人間である」と分からせねば。


「どうして、そう思ったんだ?」


「だってオレ、キュウリ好きだし」


 横転しかけた。


「それだけ?」


「あとホラ、オレって泳ぎもうまいだろ? 相撲も好きだし」


「しらねえよ」


 もうだめかもしれない。説得は諦めた。


「水搔きみたいなものも、ちょっとあるし」


 菊池は親指と人差し指の間にある柔らかい部分をつまんで言う。

 あのね菊池、ソレは大抵誰にでもあるんだよ――


「そうか」


 結局振り絞った言葉はその三文字だった。


「やっぱオレ、河童なのかなぁ」


 まるで自嘲するかのように空を見上げながら、口元だけ微笑む菊池。

 様にならないよ? ナニ言ってるか自分で分かってる?


「なんか、実感わかないな」


「アア、僕も友人が河童だなんて、びっくりだよ」


「驚かせちまってすまねぇな」


 どちらかと言えば呆れた、の方が近いか。


「でもさ、福谷」福谷というのは僕の苗字だ。「もし俺が河童でも、お前だけは俺の友達でいてくれよ? なあ」


 そう言って振り向く菊池。


「もちろんだとも」


 友情を確かめ合う良いシーンのようだが、実際は何を言っているのか、自分でもよく分かっていない。むしろコレは、友達をやめるチャンスなのかも知れない。


「ところでさ」


 僕には聞いてみたい事があった。


「もし菊池が河童だったとして、何をそんなに暗い顔をしているんだ。お前なら喜びそうな話なのに」


 アア、と菊池は呻くような、苦しそうな声を漏らした。


「それはな、福谷」


「ウン」


 菊池は言った


「ハゲ頭には、なりたくないんだ」



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