第十五章
第十五章
雄一は、ある晴れた日曜日の午後、久しぶりに街を歩いていた。
何も予定がない休日。普段は静かな時間が好きで、久々にリラックスしたひとときを楽しんでいた。
途中、近所のカフェに立ち寄ると、ふと目の前に見覚えのある姿が目に入った。
美穂だった。
「美穂…」
雄一は驚いて立ち止まった。
まさか、こんな場所で彼女に会うなんて予想もしていなかった。
彼女は、かつての妻ではあるが、今ではどこか遠い存在のような気がしていた。それでも、何かの拍子でまた繋がりができることがあるのかもしれない。
美穂は、雄一に気づいた瞬間、少し驚いた様子で顔を上げた。
その表情には、過去の感情が入り混じっているようだった。
「雄一さん…」
彼女の声は、少し震えていた。
「こんなところで会うなんて、思ってもいなかったな。」
雄一は少し照れくさそうに笑いながら、彼女に近づいた。
美穂も少し微笑んだが、その瞳の奥には、過去の記憶が痛みとして滲んでいるように見えた。
それでも、どこか静かな安心感が漂っているのは、時間が経ったことへの変化の兆しだった。
「どうして…ここに?」
雄一が尋ねると、美穂は一瞬考え込みながらも答えた。
「ちょっと、久しぶりに街を歩いてみたくて。
偶然とはいえ、あなたに会えるなんて、驚いています。」
その言葉には、明らかな距離感が感じられた。
だが、雄一も同じように、心の中で何かが揺れ動いているのを感じていた。
二人の間には、過去の影が確かに存在している。しかし、それと同時に、もう一度話し合うべき時が来たのかもしれないという気持ちも湧き上がっていた。
「ちょっと座ろうか?」
雄一は、少しでも気まずさを払拭しようと、近くのカフェに入ることを提案した。
美穂は少し迷ったが、やがて頷いた。
二人はカフェの中に入って席に着く。
雄一は自分の中で、過去の出来事を振り返りながら、どう話すべきかを考えていた。しかし、すぐには言葉が出てこない。
美穂も黙って座っている。その静かな時間が、何か重たいものを抱えているようで、二人の間に漂っていた。
「元気だったか?」
雄一がようやく口を開いた。
それでも、その質問がどこかぎこちない。
美穂は少し笑い、そして静かに答えた。
「まあ、元気でやってますよ。あの頃よりは、少しだけ楽になったかもしれません。」
その言葉に、雄一は驚いた。
「あの頃よりも…?」
美穂は少し間を置いた後、ゆっくりと話し始めた。
「あなたと一緒にいた頃は、どうしても自分のことを優先できなかった。
でも、離れてみて、自分が何をしたかったのか、少しずつわかってきました。」
雄一はその言葉に、何か胸が締めつけられるような気持ちを抱いた。
自分が過去、彼女に対してどれだけ不安や期待を抱かせていたのか、改めて実感する。
「でも、まだ何か…過去に傷つけてしまったことが、あったんだろうな。」
雄一の言葉には、少し後悔と申し訳なさが滲んでいた。
美穂は一瞬黙り込み、そして軽く頷いた。
「雄一さんがしてくれたこともあった。でも、私もあなたに対して、何かできることがあったんじゃないかって思うこともある。でも、今はもう…それは過去のことだから。」
美穂はやや遠くを見るような目をして、言葉を続けた。
「お互い、変わったんでしょうね。時間が経って、傷も癒えてきたのかなって。でも、あなたが凛さんと一緒にいる姿を見て、少し、心が揺れた。私もまだ、完全に前に進めていないんだろうなって。」
雄一はその言葉を聞いて、少し驚いた表情を見せた。
「そうか…。
でも、あの時のことは、確かに過去だ。今、ここで再会できたことが、何か意味があるのかもしれない。」
美穂は黙って頷いた。その顔には、どこか安堵の表情も浮かんでいた。
二人はその後、しばらく黙って過去と向き合いながら、穏やかな時間を共有した。
ただ、それだけのことだったが、その再会が二人にとって、何か大切な意味を持つ瞬間だった。
カフェでの静かな時間が流れる中、雄一はふと、美穂に向かって口を開いた。
「それで、彩音のこと、どうしてる?」
美穂は驚いた様子で雄一を見つめたが、すぐにその表情は穏やかになった。
「彩音…」
彼女は少し考えるように、視線を遠くに向けながら答えた。
「元気にはしてるみたいだけど…あなたが思ってるような元気じゃないかもしれない。彼女、あの時からずっと心の中で葛藤してるんだろうね。」
美穂の声には、どこか痛みが滲んでいた。それでも、何かを伝えなければならないという責任感からか、彼女はゆっくりと話を続けた。
「中学を卒業してからも、色々なことがあったみたいで。自分を取り戻すのに、時間がかかってる感じかな。」
美穂は、少しだけ胸を張ったように見えた。
「でも、少しずつ前に進んでると思うよ。」
雄一はその言葉を聞きながら、彩音がどれほど苦しんでいたのかを感じ取った。
「そうか…」
彼はしばらく黙っていた。その後、少し気まずい沈黙が流れる。
「でも、あの時、もっと早く手を差し伸べていれば、違ったのかもしれないって思うことがある。」
雄一は静かに吐息をついた。
「あの頃は、どうしても自分のことで精一杯で…。」
美穂は穏やかな表情で、雄一を見つめた。
「それを言っても仕方がないよ。私だって、もっとあの時、気を使ってやれたかもしれないし。でも、あの時はみんなが必死だったから、誰もが後悔してると思う。」
「でも…それでも、彩音には、ちゃんと寄り添ってあげるべきだった。そうしていれば、きっと…もっと違った未来があったんじゃないかって。」
雄一の声は震え、微かに痛みが混じっていた。
美穂は静かにその言葉を受け止め、少しの間黙っていた後、優しく答えた。
「でも、雄一さん、今ならまだ遅くないよ。彩音はきっと、あなたがちゃんと向き合ってくれることを待ってるんじゃないかな。無理に過去を悔やんでも、もう戻らないし、ただ未来を考えた方がいいと思う。」
雄一はその言葉を心の中で反芻し、しばらく黙って座っていた。
彩音のことをどうしてやるべきか。彼女の心の痛みをどう癒すべきか。
その問いは、雄一の胸に重くのしかかっていた。
「ありがとう、話してくれて。」
雄一はゆっくりと、美穂を見つめながら言った。
美穂は微笑み、軽く頷いた。
「お互いに、過去を背負いながらも、前に進まなきゃね。」
その言葉に、雄一は心の中で少しだけ安堵を感じた。
それでも、彩音への思いは消えることなく、強く彼の胸に残っていた。
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