すずらん
ノブセノブヨ
すずらん
夏が来る前に、とクローゼットの整理をした。北向きの細長い部屋を一つ使ったウォークインクローゼットで、家族の衣服や小物が収められている。なんとなく捨てきれないでいた亡き母の分厚いコートや、姉が旅行先で買ってきたブラウス、お世話になっている人からもらった長い裾のドレスなどを、埃が立たないようにゆっくりとハンガーから外し、なるべく小さく丸めて袋に入れていく。全部で十一袋にもなった。本当はまだあるのだが、一度にやりすぎると疲れてしまうので中途半端でもそのままにすることにした。
一度着替えて昼食をとり、少し眠ってからまたクローゼットへと階段を上がる。ここは一番高い階にあるのだ。開け放した小窓から生温い風が吹き込み、袋のビニールがかさかさ揺れている。ティッシュを二つ、三つ重ねて水で濡らしたものをいくつか洗面所で作ってきて、棚板や床の表面を撫でるようにして埃を落ち着かせていく。掃除機は音が大きくて、終えた後に残したかったものとは違う余韻が漂ってしまうからほとんど使っていない。大きな埃をあらかた始末した後、がらんとした棚に残った衣類をハンガーごとざあっと左に寄せた。雨雲のような大きな埃がふっと動いた瞬間、小さな白い光のようなものが目に入った。目をしばたいて近づくと、真珠のような花をつけたすずらんが棚板の一角に群生している。今までセーターやジャケットなどが所狭しと密集していたから、暗がりに隠れて気が付かなかったのかもしれない。甘い芳香に頭がぼんやりとして、そこからの記憶は霞ががったように部屋全体が白っぽい。光か埃か、空気の粒という粒がほんのりとうるんでいた。一足ずつ階段を降りると、いつの間にか日が傾いていた。
夕食を済ませて入浴していると、ふとお風呂場のタイルの模様がすずらんだということに気がついた。花の部分がデフォルメされていて、ほぼ完全な球に近い。子どもの頃から毎日のように目にしているはすなのに、人の記憶というものは曖昧なものだ。あのクローゼットのすずらんはこれからも決して枯れることはないだろうし、処分することもできないのだろうな、となんとなく他人事のように理解した。いつまでも暮れることのない夕焼けを眺めているように、頭の芯が怖いほどに静かだった。
湯船の中に深く分け入っていくようにうずくまり、ゆっくりと呼吸をする。目を閉じると首筋をつたう汗に気づく。それは確かに流れている。
すずらん ノブセノブヨ @nobuse
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