第3話後輩彼女を泣かせてしまう

「せんぱい、これは一体どういう事ですかー!!」


婚姻届を見た後輩、浜風汐里はまかぜゆうりは俺の肩を揺らしまくっている。


「浜風、落ち着け。そんなに体を揺らされると気持ち悪くなるからぁぁぁ」


「……せんぱい、すみません。あんなの見せられてしまったら焦ってしまって」


「それで、不知火さんだっけ……?」


「クーくんったら、昔みたいに雨音って呼んでよ」


「いやぁ……さすがに初対面の人にそれは。一旦不知火さんって呼ばせてもらうけど。不知火さんはなんで婚姻届なんて持ってるのかな、しかも俺の名前が書かれている」


「もしかして、本当にあの約束を覚えてないの……?」


約束と言われて、何かが俺の頭で引っかかる。


「せんぱい?」


「あぁ、いや、今言われて何かを思い出せる気がしたんだが……」


キーンコーンカーンコーン。


予鈴のチャイムが鳴って、昼休みを終えた生徒達がぞろぞろと教室へと戻る。


「クーくん、放課後また会いに来るからね〜」


「あっ、まだ話は終わって」


いつの間にか、教室に戻る生徒達の波に紛れていた不知火雨音を浜風が呼び止めようとするが、もう後ろ姿が見えなくなっていた。


「せーんーぱーいー」


「なんだ?」


「放課後にさっきの事、ちゃんと説明してもらいますからね」


浜風は笑顔で俺に指を差して、それだけ言い残し、自分の教室へと戻る。説明しろって言われても、俺が何も思い出せないんじゃ、説明のしようがないじゃないかと思ってしまったが、浜風は必ず放課後にさっきの件を問い詰めに教室までやってくる事が俺には分かる。


教室まで戻ってきたら、クラスメイト達が一定の場所を囲んでいた。


「よう」


「おーう、おかえり〜。ん……後輩の彼女とは一緒じゃないのか?いつも昼休みが終わったら、必ずお前と一緒に戻ってくるのに」


「あー、ちょっと怒らせちまったみたいでな。それよりも、あの囲みはなんだ?」


教室に入ってきてから、異様な囲みができている所を指差して友人に問う。


「あぁ、聞いて驚くなよ。今日転校してくる予定だった生徒はな、あの人気若手女優の不知火雨音なんだよ」


まさかその名前をまた聞く事になるとは思っていなかった。しかも彼女が、今日話題になっていた転校生だったのか。


「おーい。お前ら、もう始業のチャイムは鳴っただろ。喋ってないで席に着け」


担当教科の先生が教室の扉を開けて入ってきたら、クラスメイト達に注意をする。注意されたクラスメイト達は、すぐに席について担当教科の先生は教壇に立って出席確認をとっていく。


「ん……君は?」


「私、今日からこちらのクラスに転校してきた不知火雨音と申します。少し事情があって、先程登校してきました」


「そういえば転校生が来るって話があったな、前の学校で習っていた所とは違うだろうから。授業で何か分からない事があったら質問してくれ」


「あ、大丈夫です。高校の授業内容でしたら、全て習っていますから」


不知火雨音の言葉に先生やクラスメイト達が驚く。


「これも正解だ……まさか本当に全部正解するとは、驚いたな。君は一体今までどんな勉強をしてきたんだ?」


不知火雨音が高校の授業内容を全て習っているという言葉が信じられなかった担当教科の先生は、黒板に数問の問題を書いて、不知火雨音に問題を解かせたが黒板に書かれた問題を全て正解して担当教科の先生も驚いていた。


「これくらい大袈裟ですよ、それよりも先生、そろそろ授業を始めないと時間がなくなりますよ」


不知火雨音が問題を解いている間に、授業時間が残り半分を切っていて。微笑んだ不知火雨音が席に座り、担当教科の先生も我に返って、ようやく授業が開始される。


「それにしても、不知火さんすげぇな。まだ俺達が習っていない問題解けるなんて」


「そうだな〜」


「お前、どうしたんだよ。教室に戻ってきてから、ずっと上の空じゃないか」


「ん〜まぁちょっと色々と考え事しててな」


午後の授業を終えて友人が話かけてくるが、俺はずっと不知火雨音の事で頭がいっぱいだった。


「ふーん、お前でも考え事するなんてあるんだな」


「なんだよ悪いか」


「いやぁ、毎回テストで満点を取っている学年首席のお前が、考え事してるなんて初めてみるからな」


「うるせぇ、そんな事言うなら今度の期末テストの範囲教えてやらねぇからな」


「悪かった」


「いくらなんでも謝ってくるの早すぎだろ」


「お前がテスト範囲を教えてくれてるから、俺も赤点取らずにすんでるからな」


「おーい、河野。早く行かねぇとまた部長に怒られるぞ」


「やっべ、じゃ俺、部活行くから、またな」


友人の部活仲間が教室まで呼びに来て、友人はバッグを持って帰りの挨拶をして教室から出ていく。そろそろ俺も教室から出ようとしてバッグを持った。


「あ、あのクーくん」


教室から出ようとしたら、不知火雨音に呼び止められてしまう。


「もし時間があるなら、これから一緒にお茶しながら話せないかな?」


「せんぱい……?」


不知火雨音にいきなりお茶をしないかと誘われ、そこに後輩の浜風が教室に入ってきた。


「あー、悪いけど。今日はもう先約がいるから難しいかな」


「それじゃあ明日――は仕事が入ってるんだった。明後日でもいいから、私、クーくんと話したい事が沢山あって」


「携帯鳴ってるけど、でなくていいの?」


俺がお茶の誘いを断ったら不知火雨音は勢いで話始めて自分の携帯が鳴り響いている事に気付いていないみたいなので俺が気付かせる。


「もしもし、えぇ……今からですか。それってキャンセルできませんかね?わかりました、すぐに向かいます」


不知火雨音が携帯電話で誰と話しているのか謎だが、どうやらこれから用事ができてしまったようだ。


「ごめんねクーくん、急に仕事が入っちゃったみたいで行かなくちゃ。えっと、それで明後日お茶するのはどうかな」


「明後日なら時間もあるし、お茶する時間くらいなら」


「ありがとう、それじゃクーくんまたね」


急いで教室の扉から出ていく不知火雨音、ずっと黙り込んでいた浜風に近寄る。


「悪い、待たせたな浜風」


「うぅぅ……せんぱい」


「おわ!?なんで泣いてるだよ」


いきなり泣きながら、俺の体に抱きついてきた浜風に驚く。教室にはまだクラスメイト達が残っていて、こんな所を目撃されてしまったら目立ってしまう。いや、さっき不知火雨音と話していた時から教室に残っていたクラスメイト達の視線が俺に集まっているので先程から十分目立ってしまっていた。


「浜風、一旦ここから離れたいんだが。てか苦しいから!!そんなに強く首を絞めるな」

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