パート16: 王宮からの最初の任務(手慣らし)

王都での新しい生活にも、少しずつ慣れてきた頃だった。

相変わらず、王宮からは「公爵様、こちらの報告書に目を通していただきたく…」「会議にご参加いただければ幸いです…」などと、使者が来る。

その度に俺は「あー、面倒くせえ。誰かにやらせて」と、リリアーナや、新しく執事として雇った有能な爺さん(元宰相候補らしい)に丸投げしていた。


リリアーナは、俺の代理として会議に出たり、書類仕事を手伝ったりと、本当に甲斐甲斐しい。

「アルト様のお役に立てるなら、どんなことでも!」と、目を輝かせている。

社交界でも、彼女の清楚な美貌と、俺の代理という立場で、すっかり評判になったらしい。王都の貴族たちは、リリアーナを見れば、アルト公爵の信頼厚い人物として、下手な真似はできない、と気を遣っている。


ミュウは、公爵邸の広い庭園がお気に入りだ。

毎日楽しそうに走り回っている。たまに俺の部屋に珍しい虫や花を持ってきては、「ご主人様にあげる!」とプレゼントしてくれる。


シルヴィアは、文字通り俺の影だ。

屋敷の中、街中、どこへ行くにも、必ず少し離れた場所から護衛してくれている。

俺の許可なく無断で屋敷に侵入しようとした泥棒や、ナンパ目的でリリアーナやミュウに近づこうとした貴族(愚か者)などを、音もなく排除しているらしい。

報告も「…問題なし」の一言で済ませる。簡潔で助かる。


そんなある日。

いつも通り、昼食を食べ終えて日向ぼっこしようとしていた俺の元に、宰相が血相を変えてやってきた。


「公爵様! 大変です! 王都の東方、アークウッドの森で、災害級魔物『フォレストタイラント』が異常発生いたしました!」


「フォレストタイラント? なんだそれ、美味いのか?」


俺は呑気に尋ねた。ゲームにはそんな名前の魔物いたかな…?


「い、いえ! 食用などではございません! 全身が硬質化しており、並大抵の物理攻撃は通用せず、強力な魔法抵抗力も持ち合わせております! 広範囲に毒の胞子を撒き散らし、周囲の生態系を破壊…すでに討伐隊が壊滅状態に…!」


宰相は捲し立てる。


「ふーん。で?」


「で、ではございません! このままでは、王都の東部にも被害が及びます! 騎士団も魔法使いギルドも、現状の戦力では対処不可能と…」


宰相はちらりと俺を見る。

ああ、俺にやれってことね。


「あー、面倒くせえな。他の奴に行かせろよ」


「それが…公爵様の御力をお借りするより他…」


困り果てた宰相を見ていると、本当に切羽詰まっているのが分かった。

仕方ないか。放っておくと、また王都に被害が出るかもしれないし。


「…分かったよ。場所はどこだ?」


俺が言うと、宰相の顔がぱっと明るくなった。


「お受けいただけますか! ありがとうございます! 東方の…」


宰相から詳しい場所を聞き、俺は立ち上がった。


「アルト様、任務でございますか?」


リリアーナが声をかけてきた。


「ご主人様、どこいくの?」


ミュウが俺の服を引っ張る。


「…同行いたします」


シルヴィアが静かに傍に立つ。


「ああ、森にちょっと魔物退治に。お前らも来るか? まあ、俺の傍にいれば安全だけど」


俺がそう言うと、三人は迷わず頷いた。

「当然ですわ!」「行くー!」「命令を」


こうして、俺と三人のヒロインたちは、宰相や王宮関係者の期待と不安の入り混じった視線に見送られながら、任務地であるアークウッドの森へ向かった。


***


アークウッドの森の入り口に着くと、辺りは凄惨な状況だった。

倒された木々、毒々しい色のキノコや植物。

そして、見るも無残な姿になった騎士や冒険者の亡骸が転がっている。

あたりには、鼻を突くような、腐敗したような独特の匂いが漂っていた。


「なんて…なんて酷い…!」


リリアーナが顔を覆う。

ミュウは、俺の後ろに隠れて怯えている。

シルヴィアは、冷静に周囲の状況を分析している。


(ひでえな…こりゃ、結構な数の人間がやられたな)


俺は状況を確認した。

魔物の気配が濃い。森の奥から、巨大な唸り声が聞こえてくる。

あれが、フォレストタイラントだろう。


「…行くぞ」


俺は三人に声をかけ、森の中へと足を踏み入れた。


森の奥に進むにつれて、フォレストタイラントの姿が見えてきた。

それは、まるで巨大な木塊に手足が生えたような、異形の魔物だった。

全身は岩のように硬く、そこかしこから毒々しい色の胞子を撒き散らしている。

周囲には、毒に侵され、異様な姿に変貌した動物や、枯れ果てた植物が広がっている。


絶望的な光景だ。

普通の手段では、まず歯が立たないだろう。


だが。


(まあ、俺にとっては、少し硬いだけの木塊だな)


俺はフォレストタイラントに向けて、右手を軽くかざした。

詠唱も魔法陣もなし。ただ、意識を集中し、力を込める。

イメージは、「分解」と「消滅」。


瞬間。


フォレストタイラントの巨体が、まるでパズルが崩れるように、バラバラになり始めた。

硬質化していた表皮が砕け、内部の組織が崩壊し、撒き散らされていた胞子すらも、光の粒となって消滅していく。


その巨体が、あっという間に、一握りの灰と、大量の魔石や素材へと変わった。


「…終わり」


俺はあっけなく呟いた。

あまりにも簡単に終わったので、少し拍子抜けした気分だ。


周囲に隠れて状況を見守っていたらしい、数人の生き残りの騎士や冒険者が、この光景を目の当たりにし、息を呑んでいる。

彼らの顔には、驚愕と、そして絶対的な畏敬の念が浮かんでいた。


(また、この顔か…)


俺は内心ため息をついた。

もう慣れたけど。


「あ、アルト様…! なんという…!」


リリアーナは、感動のあまり言葉にならないようだ。

ミュウは、怯えが消え、俺の足元で「ご主人様、すごい!」と目を輝かせている。

シルヴィアは、冷静に周囲の安全を確認しているが、その瞳は俺に固定されていた。


任務完了。

ドロップ品は大量だ。リリアーナとシルヴィアに指示して、アイテムボックスに回収させる。

森の毒気も、俺の力で少し清浄化しておいた。


王宮への報告は、宰相への手紙で済ませた。

『フォレストタイラント討伐完了。被害拡大の恐れなし』

簡潔にそれだけ書いて、使いに渡した。


王宮では、俺からの報告を聞いた宰相や関係者が、その簡潔さと、裏腹の成果の大きさに再び困惑していたらしい。

「…討伐完了? これだけ…?」「しかし、連絡が途絶えていた討伐隊の生存者からの報告と一致する…魔物が、一瞬で消滅したと…」「アルト公爵の力は…我々の想像を遥かに超えている…!」


こうして、俺の「手慣らし」任務はあっけなく完了した。

王都では、救国の英雄アルト公爵が、再び王国の危機を救ったと大いに沸き立ったらしい。


そして、フォレストタイラントのような災害級魔物や、攻略困難なダンジョンといった、王国の主要な脅威への対応は、今後、俺の「公務」として定着していくことになる。

面倒くさいことこの上ないが、俺の規格外の力を隠すこともできない以上、避けられない流れだった。


(はぁ…本当に、いつになったら平穏になれるんだか…)


王都に戻った俺は、与えられた豪華な公爵邸で、三人のヒロインたちに囲まれながら、再び深いため息をついた。

王都での「平穏」は、まだ始まったばかりだ。そして、世界は、隣国の不穏な動きによって、新たな戦乱の予感に包まれつつあった。

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