第3話.目を逸らす

「この世界について知りたいんじゃないのよなぁ俺は」


知りたいのは核有魔力者コア・アルレイトについて。

ソレの書かれたタイトルの本を手にとっても、索引を引いても、書いてあることは聞いたことのあるような都市伝説だけ。


そこにいるだけで魔物が逃げ出すとか、魔力値測定器が破壊されるほどの魔力値だとか、とにかくやべぇってことしか書いてねぇし。オルトは心の中で悪態をつく。


ついに図書館であることも忘れてうんうんと唸りだすオルトの後ろに、感じたことのある魔力を感じ、文字を読む目を止め、本を閉じた。


「リッカ。なーにしてんだ」


くるりと振り返り魔力の所有者を見れば、オルトの部下であるリッカ・ハントが悪意のない笑顔を見せ手を挙げる。

リッカに微笑み返しながら、内容の分かりやすい本を後ろ手に隠す。


「気配は消してるのに」


「俺に気づかれないようにするなら魔力を止めねぇと」


「死ねと?」


有魔力者アルレイトにとって、魔力は血液が流れるのと同じように体をめぐるものであり、魔力を止めることは血液を止めることと同じように、命に関わる行為である。

有魔力者が自ら命を絶つ際に使われる方法で最も多いものであると言われるそれを提案するオルトに、リッカは思わず顔を青くした。


「止めるのはだめでも、もっと魔力隠す努力はしろよ」


「みんながみんなあんたみたいに魔力隠せると思わないでくださいよ」


人類の約7割が有魔力者である。つまり、人類の約3割は魔力を持たない無魔力者ノン・アルレイトである。

しかし、魔物エイダーはその全てが魔力を保有している、と言われている。

人類の中で、魔力を感じられる有魔力者は一握りであるが、魔物の中で、レベルⅢ以上の魔物は全てが魔力を感じられる、と言われている。

つまり、魔物に近づく有魔力者はできる限り魔力を抑制することが必要とされる。


「第2部隊の隊員なら頑張ってくださ~い」


「善処しますよ~。で?真剣な顔で何読んでんですか?」


「昨日ラスケルと会ってなぁ。最近読書に勤しんでるってんで、俺もちょっと真似してみようかなぁって」


「あんたが読書?」


心底信じられないといった顔をするリッカに、俺だって読みたかねぇよと心の中で軽く悪態をつく。

そんな心の中も表情には出さずいつも通りのヘラリとした態度で流すオルト。


ふーんと言いながらオルトの呼んでいた本を一瞥し、エレメントリースクールで読むようなものだなと薄く笑いオルトに視線を戻す。


金の髪に濃い緑の瞳。第2部隊の通気性と動きやすさに特化した制服に身を包み、がっしりとした体つきを強調するリッカは、オートラル高有魔力ハイ・アルレイト軍第2部隊きってのイケてる男として時折町娘を沸かす。


「なんか用事か?」


「あぁそうそう、次の警戒区域の見回りについてそろそろ作戦会議しようってニックスが」


「…いつだっけ?」


「おいおいリーダーいい加減にしてくれよ。次の半月にって言ったのはオルトでしょ」


「…来週?」


「そうなりますネ」


全くと首を振るリッカに、いつもならば突っかかるオルトも、今はそんな余裕はない。


ライリーにある2つの月。半月とは、両月がどちらも半分のみ光る、月に一度の夜であり、丁度七日後のことだ。


『彼が君のところに正式な隊員としてうかがうのは5日後くらいになるかな』

そういったトルイの言葉を思い出す。


初めての任務は入隊して2日になるのか?というか、こんな時期の入隊を隊士たちになんて言おうか?そもそも、核有魔力者コア・アルレイトってことはみんなには言わない方がいいんだよな?


次々と出てくる疑問とこれからの問題に、頭痛を発症し、オルトはそこで考えることを放棄した。


まぁ、なんとかなるか。

これが現在有魔力軍隊アルレイトジャーミーで最も魔力値の高い若手であるオルトの出した答えだった。


「すまん、ゆっくり片付けてる時間はなさそうだから自分たちで戻っといてくれ」


オルトの言葉に、オルトの読み散らかした本たちが自分の意志を持ったかのように動き出す。変えるべき場所に収まり、何事もなかったかのようにまたそこで眠りだす。本たちの纏っていたオルトの魔力がきらきらとはじける。


何ともないような顔をして歩き出すオルトを横目に、美しい魔法の粉とただ本に声をかけただけのオルトの魔法へ、感嘆のため息が零れそうになるのをリッカはぐっとこらえた。

呑気に欠伸をしながら歩くオルトの少し後ろを歩きながら、この人が実はライリー屈指の高有魔力者であることを再度自覚する。


「もっとピシッとしてたらもう少し格好つくのに」


「なんだよ。俺にそんなこと今更できると思うか?」


「それは…はぁ」


「え、何、その感じも失礼ではあるが?」


へらへらと笑ういつも通りのオルト。

もしもオルトがこうでなければ、とそこまで考えようとしてリッカは考えることをやめた。オルトがこうであるから助かっていることの方が多いことを思い出す。


のらりくらりと上からの面倒ごとや嫌味を受け流す。対魔物部隊であることによる周りからの変なものを見るような目も反感も、オルトを前にすると絆されるように薄れていく。


前隊長もそうだったけど、俺には無理だなとリッカはげんなりする。


先ほどまでうんうんと唸っていたオルトが今はいつも通り少し猫背にのほほんと歩いているのを見て安心するリッカ。

また知らない間に何か抱えているのだろうと察するものの、まぁ時期が来れば教えてくれるだろう。それくらいの信頼関係は疾うに築かれている。


そうして考えることを放棄したオルトと、まぁ大丈夫かといつも通り笑うリッカが第2部隊寮へと向かった。

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