第九話:最後の配信
画面の中の“音無はる”は、ゆっくりと配信を始めた。
部屋の照明は仄暗く、背景の小物もすべて左右反転している。
だが、視聴者席でそれを見つめる陽は、もう何も言葉を発せなかった。
目も口も、閉じられたままなのに、意識だけは鮮明に残っている。
声を出せない、手も動かせない。
ただ、見せられているだけ。
まるで、「観ること」そのものが罰であるかのように。
「あー……今日はね、特別な日なんです」
「だって、“本物”の視聴者が来てるから」
「ずっと、来ないと思ってたよ。陽。」
“はる”が、カメラ越しに微笑む。
背筋がぞわぞわと粟立つような笑顔。
陽の顔を模しているのに、まるで“外側”からしか理解していない笑い方だった。
画面のコメント欄がにじむように現れる。
【名無しの視聴者】「交代、完了」
【名無しの視聴者】「お疲れ様」
【音無陽】「たすけて」
――陽の知らないうちに、自分の名前でコメントが投稿されていた。
「……わたし、打ってない」
言えないはずの声が、内側で反響する。
けれどその声は、画面には届かない。
そして、次の瞬間。
モニターに映っていた“音無はる”が、にやりと笑った。
「じゃあ、そろそろ――ログアウト、してもらおっか」
カメラのレンズに、ひびが走る音が響いた。
配信画面がぐにゃりと歪み、
背後の壁紙、ぬいぐるみ、ベッド、すべてが液体のように溶け始める。
その中で、“はる”が誰かの声で呟いた。
「さよなら、陽。」
「これで、完全に“私”になるね」
そして最後のフレームで、画面いっぱいに浮かび上がったのは――
「視聴者:0」
その瞬間、陽の意識がぷつりと切れた。
彼の存在は、配信アーカイブからも、コメント欄からも、完全に消えていた。
まるで、最初から――いなかったかのように。
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