果てない勇者の冒険譚

祐一

序章 動き始めた物語

第1話

「……よしっ、これであらかた片付いたかな。」


 通称【魔物】と呼ばれている生物が黒い煙を舞いあげながら消えていく様を眺めていた黒髪の男、【ロス・クレイン】はふぅっと息を吐き出すと澄んだ濃い青色の玉がはめ込まれた武器の刀身で自分の肩をトントンと軽く叩いた。


「今週分のノルマも達成しただろうし、さっさと報酬を貰いに行くとしますかねぇ。今朝届いた新作ゲーム、早くやりてぇしな~♪」


 鼻歌交じりに持っていた武器を収縮させていったロスは、それを肩からぶら下げていたバッグの中に仕舞うと入って来た場所に向かって歩き出そうとした。しかし……


「ふんふふ~……ん?」


 通路の側溝に流れている水音に交じって聞こえて来た別の音、まるで誰かが慌ててこちらに向かって来ている様な足音が微かにだが、だが確実に耳に届いて来て更にはそれが少しずつ大きくなってきている事に気が付いたロスは、その場で立ち止まると眉をひそめながら音が聞こえてくる方に視線を向けた。


(おいおい、扉にはちゃんと関係者以外は立ち入り禁止って札を掛けてたはずだろ?それなのに一体誰が……チッ、俺の責任問題になる前に注意して帰らせねぇと……)


 ため息を盛大に零しながら鳴り響く音の主を待っていると、折れ曲がった通路の先から自身の背後に顔を向けた状態の少女がロスが待つ開けた空間に飛び込む様に姿を現した。


「ふぅ、ここまで来れば……って、どうしてこんな所に人が!?」


「いや、それはこっちの台詞なんだが……扉に掛けてあった札、まさか見えなかったとか言うつもりじゃないだろうな。」


「そ、それはっ!バッチリ見たというか何と言うか……だからこそここに入って来たというか何と言うか……あっ、それよりも貴方!ここに居たら危ないですから急いでここから離れて下さい!」


「はぁ?いきなりやって来て何を言い出すのかと思えば……バカな事を言ってないでお前こそ早く外に戻れ。ガキのお遊びに付き合ってる暇はねぇんだよ。」


「お遊びとかじゃなくて!ッ、追い付かれた…!」


「あ?」


 バッと慌てた様子で勢いよく振り返った少女が睨みつけている先に視線を移すと、派手な服装で着飾った男達が小走りで同じ空間に入って来た。


「やれやれ、手間をかけてくれたな~!まぁ、わざわざこんな所に逃げ込んでくれたのはお礼を言いたいぐらいだけどねー!」


「そうそう!ってか、さっきはよくも舐めた真似してくれたよな?いきなり人の腕を捻り上げるとかどういう教育受けてんだっての!」


「ふんっ、余計なお世話よ。少なくとも、私は嫌がってる女の子に無理やり迫る様な下卑た真似するような教育は受けていないわ。」


「お~お~言うねぇ!良いよ良いよ!その生意気な口がどこまできけるのか楽しみになってきたよ!」


「ひっひっひ!ゼスティア学園に通うお嬢さんがどんだけ俺達を喜ばせてくれるのかワクワクしてくるぜ!」


「ッ、この下衆が…!」


(……えーマジで何なんだ状況は?ちょっとお兄さん、急展開過ぎて付いていけないんですけども……)


 ぞろぞろとやって来て何処か様式美とも言えるテンプレート台詞を吐きつつ2人を囲っていくガラの悪い恰好の男が5人、そんな彼らからロスを守るように背を向けている少女に対してロスは密かに本日二度目となるため息を吐き出していた。


「さてと、それじゃあタップリとテメェを可愛がってやる前に……そこのおっさんをボコボコにしてやるとしようぜ!」


「……はい?」


「ちょ、ちょっと待ちなさい!この人は関係ないでしょ!」


「いやいや、そういう訳にはいかないでしょー!サツにチクられたりでもしたら面倒だからな!」


「そうそう!恨むんだったらこんな所に逃げ込んだ自分を恨むんだな!まぁ、お前が俺達の言う事を大人しく聞くってんならそこに居るおっさんは見逃しやるよ!」


「たーだ、ただで逃がしてやる訳にはいかねぇからサツにチクらねーって事をここで誓ってもらうけどな!ついでに遊ぶ金とか置いてってもらうぜ!」


「いいねー!ほーら、どうすんだよ?俺達は慈悲深いから選ばせてやるよ!」


「くっ!そんなの…!」


 背を向けたまま怒りと困惑を浮かばせた顔で振り返った少女と目が合ったロスは、目を閉じてガクッと肩を落とすと一歩二歩と歩き始めて少女と入れ替わるようにしてニヤニヤと笑っている男達と向き合った。


「ったく、こっちは仕事が片付いたばっかだってーのに……どうして金も出ねーのにイキがってるガキのお守りなんてしなくちゃなんねーんだ。」


「……あ?おっさん、今なんつった?よく聞こえなかったんだが?」


「おっと、どうやら頭だけじゃなくて耳まで悪いみたいだなぁ。分かった分かった、もう一度言ってやるよ。どうして俺は、テメェ等みたいな、頭も、耳も、性根すらも腐ったようなクソガキのお守りをしなくちゃいけないんだっつったんだよ。」


「ま、待って下さい!そんな事を言ったら…!」


 心底相手をバカにしたような口調で告げられたセリフが部屋に反響してから数秒、予想もしていなかった事態に少女が気付いた時にはすでに遅かった。


「アァ!?テメェ、舐めたクチきいてんじゃねぇぞ!」


「ふざけやがって!ぶっ殺してやる!」


「おい、囲め!!ぜってーに逃がすな!!」


「あーらら、もしかして俺ってばなにかやっちゃいましたーん?」


「な、なにかやった所じゃないわよ!何を考えているの?!これじゃあもう逃げられないじゃない!」


 逃げ道を完全に塞ぐようにして立ち塞がる男達を睨みつけながら慌てた様子で隣に並び立った少女に目を向けつつ静かに口角を上げたロスは、軽い感じで口を開いた。


「まぁまぁ、それよりも聞きたい事があるんだが1つ良いか?」


「聞きたい事?こんな状況でなにを聞きたいって言うのよ!?」


「そんなに怒るなっての。お前、自分の身は護れるか?」


「じ、自分の身ですって?それぐらいは出来るわよっ!だけど、貴方の事を護るってなったら…!」


「よーし、それなら良かった。じゃあ後は」


「何をくっちゃべってんだクソがっ!!」


「っ!あぶな」


「ぶふぇえええええ!!!!!」


「い…………ぇ?」


 少女が呆気にとられた表情で見つめていた先で起こっていたのは、手にした得物をロスに振り下ろそうとした不良が何時の間にか壁に叩きつけられている光景だった。


「おいコラ、人が喋っている時に襲い掛かって来るとかマナーがなってねぇぞ。一体どういう教育を受けて来たんだテメェは。まぁ良いや、話の続きなんだがアイツ等の相手は俺がしてやる。お前はとにかく自分の身を護ってろ。分かったか?」


「………」


「ん?おーい、どうしたー?」


「お、おい!しっかりしろ!」


「テメェ、ふざけやがって!ぜってーにぶっ殺してやる!」


「おーおー、あちらさん盛り上がってんなーって、おい聞いてるか?」


「ぁ、は、はい!聞こえてます!」


「だったらちゃんと返事しろっての。ほら、来るぞ。」


「くっ、あぁもう!何なんですかこの状況は!」


「いやいや、それはこっちの台詞だっての。」


 武術の型らしき構えを取った少女の半歩前に立って飄々とするロスは、更に怒りを膨れ上がらせた不良を一瞥するとゆっくりと拳を構えるのだった。

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