第15話 殺意?
暁樹理亜は、今でこそ、身長170センチ股下百センチ体重52キロの九頭身というパーフェクトスーパーモデル体型の超絶美少女だが、中一の冬までは、ただのデカいデブ。
ルックスに多大な不具合を抱えた醜女だった。
当時は、ニキビも酷く、髪の手入れさえ怠るほど容姿に無関心だったため、周囲の心ない連中からは、『白い汚豚』・『ドリアン系ブス』・『ゴブリン突撃部隊隊長』などと散々なあだ名で呼ばれ蔑まれていた。
「汚豚、俺は、友達の気持ちが知りたいんだ。だから、お前は、今日から、俺のサッカーボールな。ボールは友達! というわけで、これから、色々と体験させてやるから、随時、感想をレポートするように。いいな」
「――工藤、お前は、だから、ダメなんだよ。もっと美しく蹴らないと、真にボールの気持ちを理解させる事はできないんだよ。ほら、こんなふうに」
「うわ、吐いた。おいこら、武藤。レバーにぶち込んでんじゃねぇよ。あーあー、もう、クツにかかっちゃったよ。ほら、汚豚、はやく、なめて、なめて」
性格は今とさほど変わらないが、しかし、幼さゆえに、現実に即した知識が乏しかった。
小学校を卒業したばかりの、勉強しかしてこなかった世間知らず。
だから、正しい抵抗ができなかった。「イタイ」「ヤメロ」そんな事を口にしたところで、迫害の手が止まることはない。むしろ激化する。
その地獄の行きつく先は、いつだって、
『キサマらのスベテをオワラせてやる』
自殺か虐殺の二択。彼女が選んだのはその両方。
ただ彼女ほど本気で『その二つを完遂させようとした者』は少ないだろう。
(明日、終わらせる。どんなことがあろうと、少なくとも、工藤だけは絶対に終わらせる。あえて数日前から使っている、この無駄に大きなサイズのリュックサックなら、チェーンソーだって、バレずに持ち込める。明日、あいつらは終わる)
彼女の計画は完璧だった。なによりも完璧だったのは決意。
――復讐後に自殺する覚悟。
『死ぬ気』で臨めば、女子中学生でも、男子中学生の五・六人を殺す程度は朝飯前。
(チェーンソーの刃を首にあてる。それを五回ほど繰り返すだけの簡単なお仕事)
頭の中で念入りにリハーサルをした。チェーンソーの使い方も入念にチェックした。
問題はなにもない。そう思っていた。
――起こった問題はひとつだけ。
「お前ら、いつも楽しそうでええなぁ。ワシ、そんな楽しそうに笑った事とかないから、ホンマに、お前らの人生が羨ましぃてしゃーないわ。ところで、突然だけど、世界中の皆と思い出を共有するって素敵やと思わん?」
「は? お前、誰? てか、なにを――」
「お前らが、そこのブスで遊んでいるシーン、羨まし過ぎて、つい録画してもうたんや。で、ものは相談なんやけど、この映像を、ワシのチャンネルで流させてもらってええかな? 別に問題はないよな。ちなみに、現状、ワシのチャンネルの登録者は二十万人くらい。こんな時のために、用意しておいてよかった、よかった。備えあれば嬉しいな。たくさんの視聴者に、君たちの青春の一ページを共有してもらって、楽しんでもらおう」
「てめぇ、何ナメた事言ってんだ。あんまり調子のって――」
「世界中の人間に、お前達の笑顔を見てもらう。 ああ、なんて素晴らしいんやろう」
「……や、やれるもんなら、やってみろよ。そんなクソみたいな脅しに俺が――」
「そこのデカいブスの口に、無理やりゴキブリの死骸を詰め込んだ、この傑作シーンなんて、喝采が起こるんちゃうか? そのブスの使用済み生理用品を展示した、この斬新極まりないファンタスティックショータイムなんて、ほんま最高やったから、劇的に鬼バズるはずや。想像するだけでも高揚が止まらへんわ」
「ヤバいぞ、工藤。脅しじゃない。こいつ、ガチで録画してる」
「お、お前、わかってんのか? それをネットに上げたりしたら、普通に犯罪だぞ。肖像権の侵害と、あと、脅迫だ。退学になるぞ。少年院にだって――」
「え、そうなん? 世知辛い世の中やなぁ。でも、まあ、しゃーないな。みんなが幸せになるためやもん。退学も逮捕も、甘んじて受けなな」
「おい、こいつ、目がイってる。ヤベぇぞ、完全にラリってやがる」
「さあ! ともに、吹き荒れること間違いない『いいね♪』の嵐に身を委ねようやないか。ぁ、そうや! まずは、お前らの親、この地区の市長、PTA会長、教育委員会の皆様方に、君らの花のような笑顔を見てもらおう。そうしよう、それがええ」
「わかった。降参だ。望みを聞く。だから……頼むから……やめてくれ」
★
(あいつが余計な事をしたせいで、あたしは、望む復讐を果たせなかった。死ぬこともできなかった。復讐と自殺の邪魔をしたあいつを、あたしは絶対に許さない。必ず殺す)
ジュリアの人生は、トウシが動いてから変わった。
まず、誰からも迫害されなくなった。
そして、ある理由のために始めたダイエットが完璧に成功した。
唯一の目的のために始めた体力作りと美容対策が絶大な効果をもたらした。
パーフェクトな高校デビュー。いまや、彼女の評価は、校内一・二を争う超絶美少女。
彼女の人生は軌道に乗った。それもこれもすべて、トウシのせい。許さない。
(タナカトウシ……絶対に殺してやる)
その目的のために、彼女は、脂肪をそぎ落とした。毎晩かかさず美肌パックを装着するようになった。
胸を大きくするため、女性ホルモンを大量に分泌させるために自分で毎朝最低二十分は揉むようになった。命であるキューティクルを完璧な状態に保つための方法は、この世に存在する全ての理論を試した。
血反吐を吐きながら、完璧な美少女になるための訓練を積んだ。
すべて、田中東志を殺すため。
すべての努力は、やつの息の根を確実に止めるためのもの。
(私の復讐と自殺を邪魔したあの男を、あたしは絶対に許さない)
少しでもオシャレに見えるよう制服を改造したのも、やつを殺すため。
スカートを短くしているのも、かわいく見えるよう仕草に気をつけるようになったのも、すべて、トウシを殺すため。
美しくなることで、なにがどうなってトウシを殺せるのかは、イマイチよくわかっていない。だが、そんなことはどうでもいい。
やつと同じ学校に入るために死ぬ気で勉強したのは、あくまでも、標的の動向を監視するため。ヤツと同じクラスになれたと知った際、「ふはぁああああ」と叫んで喜んだのも、やつを殺せる機会を得られたから。
彼女の部屋の壁がトウシの盗撮写真で埋め尽くされているのも、もちろん、この殺意を風化させないためだ。
去年の二月、トウシのカバンに忍ばせたチョコレートに毒を入れ忘れたのは、一生の不覚。
三月に受け取ったクッキーを食べないで神棚に飾ってあるのは、もちろん、毒を警戒してのこと。
たまに、ノートなどに、田中樹理亜などと書いてみる行為も、すべては、トウシを殺すためのもの。その行為の何がどうなって、トウシを殺せるのかは、彼女自身も分かってはいないが、しかし、だけれど、つまりは、ゆえに、総じて、そういうことなのだ。
だから、許せない。
古宮麗華の行動は、ジュリアにとって、許容できない行為だった。
毎日、お弁当を用意する。それは、ジュリアも、何度も試そうとした事。
もちろん、毒を盛って殺すためだ。それ以外の理由などない。
だが、なかなか、そこまでの勇気は出せなかった。
他者を毒殺するのはかなりの勇気がいる。トウシのために毎日弁当をつくるという行為そのものは、正直なところ、造作もない所業なのだが、しかし、勇気が出なかった。
毒殺するのが目的なら、『弁当をつくるのは一日分だけでいい』のではないか、なぜ『毎日つくることを想定する』のか、だと?
バカが。
まずは信用させることが肝心だ。相手が躊躇せずに箸を進めるほどの信頼を勝ち取るには、かなりの時間がかかる。そう。つまりはそういうことだ。
常日頃から、その口で殺すと明言しているのだから、そもそも、信頼を勝ち取るのは無理?
ははっ。愚かな。
それは、その、つまりは、しかして……だから……その……まあ、それゆえに、うん、つまり、そういうことなのである。
すべては、深遠な理由の積み重ねの果てにある、と、まあ、そういうことだ。とにかく、そういうことなのだ。
(カロリーバランス……3・3・4。完璧。タンパク質の量……千分の体重×1・08×2……よりちょっと多いくらい。ワシの身長が足りん事からの配慮……動物性・植物性のバランスも、ほぼ完ぺき。一流栄養士並の知識ね……なるほど……口だけやないな。味は……たいしてうまない。こいつ、料理の才能はないな……けど、関係あらへん。重要なんは、摂取した栄養がどう血と肉になるか。味は、精神面で多少の効果を発揮したりもするけど、そもそも食に興味のないワシには関係ない。こいつ、使える……それに……)
「おい! いつまで黙っていればいい? つーか、なに、人を待たせておいて、無邪気に弁当たべてんだ。こんな女がつくった弁当を! こんな! 女が!」
「ん……ああ、そうやったな。……とりあえず、えっと……そっちのお前、古宮やったっけ?」
「ええ。古宮麗華よ」
「おまえ、使える。合格。明日以降もよろしく」
「ふふ、当然ね」
「はぁ? トウシ、あんた、なにを――」
「古宮、今日はもう帰れ。樹理亜、ちょっとこっち来い」
そう言って、ともに教室を後にする。
クラスから離れ、人通りの少ない踊り場まで歩くと、
「今の女のヤバさ、わかるな?」
「……ヤバ……あ、ああ、まあ、変な女だとは思ったけど」
「あいつは狂っとる。放っといたら、いつか、ワシを刺しにきよるやろうな」
「……」
「おまえ、ワシを殺したいんやろ? あいつを放置しとったら、ワシ、あいつに殺されんで? ええんか?」
「よくない。あんたを殺すのはあたしだ。その役目だけは、誰にも譲らない」
「ふむ。じゃあ、取引や。あいつの見張り頼むわ」
「……あぁ?」
「あの女、狂っとるけど、知識はバカにできんっぽい。利用価値はありそうや。有効活用させてもらう。けど、なにがきっかけで殺意の波動に目覚めるか分からん。ワシが他のヤツに殺されたら困るんやろ? 監視したほうがええんとちゃうか?」
「……ちっ……………クソが」
ジュリアは、渋い顔で吐き捨てるようにそう言うと、トウシに背を向けて歩き出した。
彼女の背中を見ながら、
(鬱陶しい面倒事が二つある時は、まず、相殺させることを考える。兵法の基本や。んー、やっぱ、ワシ、頭ええわー)
自分に酔いながら教室に戻ると、
「ん?」
好奇の視線にさらされた。
クラス中から注がれる気分の悪いヤジウマ的視線。
ゲスな視線を無視して一人飯ができるという圧倒的精神力を持つトウシでも、さすがに耐えきれず、気づけば、その場から逃げ出していた。
彼が去った後のクラスでは、無責任な憶測が飛び交う。
「どういうこと?」
「学年一・二を争う美少女二人ともが、なんで、あんなゴミを?」
「わかりませんよ。僕に聞かれても」
「なんだよ、あいつ――」
「どういう―――」
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