第5話   ドリームマスターっているのかな?    

 ドリ-ムマスターという映画があったのだが、それに起因して俺はサクに『ドリームマスター』という役職を与えた。といっては失礼だが――直訳すれば、夢の支配者である。そういう考えが西洋にはあるのかもしれない。


 さて――結婚してから一・二年ほどすると、不思議な夢を見るようになった。

 なぜそのような夢を見るようになったのか。それはたぶん霊界の俺にたいする報酬なのであろう。金銭を払うわけにはいかないので、かわりに夢を見させてくれるのだ。霊界は夢を操ることが出来るのであり、どうもそれは異次元世界と関係があるらしい。

 ふつう誰でも、いい夢を見ようと思っても、なかなか思うようには見られない。

 夢をコントロールすることは出来ないのだ。

 ところがこの時はかなりひんぱんに素晴らしい夢を見ることが出来た。

 そのストーリー展開・構成どれを取っても秀逸で、裏でこの夢を企画しているプロデューサーの存在を感じたのだった。まさに映画の中に迷い込んだような感覚だった。

 俺が興味を持ったのはその夢の内容だ。

 そのほとんどが素晴らしいラブストーリーだった。直感的にこれは霊が仕組んでいるなと思った。

 舞台は霊界のどこかにあるスタジオで、霊界の役者さんが演じているのだ。街並みや建物の中などは、ちょっと暗いが非常にリアルな造りになっており、どこか今までの異次元体験と似ているのである。

 ただ違うところは、あらかじめ決められたストーリーから絶対にはみ出せないことである。

 しかし考えてみると、背後霊にこんな感性があるとはとても思えなかった。だいいちホモなのだから、男女間の繊細な愛の世界などわかるわけなどない。いったい誰がこんな夢を見させているのだろうとは思ったが、その時はまったくわからず解けない謎だった。

 ところが最近になって、姫が俺の心の中に入ってくるようになり、やっとその謎が解け始めたのである。ひょっとしたらこの夢をプロデュースしているのは、姫なのではないだろうか。――そう思い始めたのだった。

 ――俺は彼女の心を推理してみた――


 ――姫は私と恋愛体験がしたかった。二つの次元の違った世界に住む男と女が、同一の体験をするには夢の世界しかなかった。そして霊界の指示にもとづいて、私に夢を与えるべく〈ドリームマスター〉となったのだ。


 俺の持論としては、夢には霊が深く関わっていると考えている。事実、俺の夢も――異次元体験も――どこかで繋がっている節がある。

 夢を見てもほとんどの人が、忘れてしまうことが多いだろうが、実際には多くの人が夢の中で霊界に行っているのではないかと思うのだ。

 幽霊まがいの恐ろしい夢は忘れるべきだが、不吉な夢は先祖霊の啓示なのかも知れないし、美しく鮮明な夢は、異次元体験かどうか自分でじっくりと検証すべきである。

 また、俺の異次元体験は、夢と共通しているところが多い。頻繁に場面が切り替わるし、後から考えるとおかしくなるような事はしょっちゅうだ。何でこんな所にこんな物があるんだ?ということはかなり多い。

 しかし、夢とちがっている点は、自分の意識があり、思い通りにそれを操作することができるということだ。現実の意識を持ちこめるのである。また、異次元体験が出来るのは、夢の世界に入る前の段階である。

 ウツラウツラした状態から瞬間的にバシッという、電撃に撃たれるような感じで体が動かなくなり、すでに異次元世界に入っているのだ。 

 早ければ五分以内にそれが行われる――急激にである。

 バシッという衝撃が走るのだから、それまでの夢見心地は吹っ飛んでしまう。だから自意識バリバリに体験できるのだ。

 ところが夢の場合はそうはいかない。五分以内に夢を見る人はいないのではないだろうか。おそらく夢を見ることの出来る最適の睡眠状態になるまでには、かなりの時間がかかるだろう。

 そして、女とのセックスの超リアルなことと言ったらない。話す言葉までハッキリ聞こえてくる。だいたい夢でそんなことが出来るわけがないのだ。だから夢の中で、そう言ったリアルな体験をしたことがあったら、それは異次元体験であると考えたほうが良いのである。



    ――こんな夢をみた――


 姫は先祖霊ではない。先祖霊でもない姫が俺の夢を司っているということは、霊界上層部の許可のもと、指導霊(守護霊とは違いその人の人生を導く役目)的な立場にいるのだと思われる。

 彼女は夢を通して自分の存在と、自分の気持ちを訴えたかったのではないかと思う。参考までにどんな夢だったのか、一部だけ紹介してみよう。


 俺は「恋人が死んだ」という知らせを受けた。

 その“恋人”というのもばく然としていて、いったいどんな女性なのかわからない。

 俺はその知らせを信じることが出来ず、教会に行って、

 「なぜ彼女の命を奪ったのか」と、神を罵った。

 ――すると、突然悪魔が現れ俺を襲った。

 俺は戦いながらその場を逃れた。どうしても、彼女が死んだことを信じることができず、学校の中をあてどなく探しまわった。

 ある一つの教室の前に来て、何かしら彼女の気配がした。

 すると、彼女が待っていたかのように戸を開けて出てきたのだった。

 俺たちは感動的な再会を果たした。俺は彼女をきつく抱きしめ、キスを交わした。唇の感触が生々しかった。

 一〇分(本当に長かった)くらいキスをしていたように思う。

 その女性は女優の『千のあきほ』に似ていて、髪がソバージュ(俺が二〇代だったころ流行った)だったことを覚えている。

 当時俺はこの女優が好きだった。誰も知らないはずなのに、何から何まで調べつくされているようだ……。俺のことは何でも知っているらしい。

 ――この夢のシナリオを書いたのも姫だと思うが、彼女自身もヒロインとして夢の中に介入してきたのではないかと思う――希望的観測だが……。


 

      ――居酒屋・街角――

 俺は仕事が終わると、恋人と待ち合わせをして町へと繰り出し、ある一軒の居酒屋  ――夢の中では馴染みの店と言うことになっている――に入った。

 すると、その店の主人がいった。

 「おまえたちは結婚すべきだ!」 

 端から見ていてじれったいというような口調である。

 ほかの店の仲間も同調して口々に叫んだ。

 「そうだ!そうだ!」 俺は少々照れくさくなりまた恥ずかしく、どうして良いかわからなかった。

 恋人はとなりに座っているはずだが、不思議と視界に入らず、いまだにどういう顔だったか思い出さない。

 ――案外この異世界での出来事は覚えているものだが……――

 やがて店を出て、二人は夜の街を駅へと向かって歩いていった。

 すでに寝静まっていて人気もまったくなく、ネオンも消え車さえ走ってなかった。この街すべてが二人だけのものであるかのようであった。

 俺は彼女の肩を抱いて歩き、まったく人気の無い暗い通りの真ん中で、抱き合いキスを交わした。

 この女性と幸せな人生を歩いていくんだ――という幸福感でいっぱいだった。

 非常に俺には不似合いなロマンチックな夢である。


   もう一つの夢  

 閉店まじかのうす暗い銀行の中。一人の女子行員が近づいてきた。

 俺的には見覚えがなかったが――彼女は私を見ると嬉しさを満面に現して――まるで再会を喜んでいるかのようだった。

 どうして彼女が俺を知っているんだろうと不審に思いながらも、成り行き上デートの約束を交わすことになった。

 銀行の玄関のところで待っていたのだが――

 俺は不吉な思いに囚〈とら〉われた。

 ――夢をみているのに――

 ひょっとしたら彼女は来ないかも知れないと思った。それまでの夢ではいったん女と離れてしまうと、ストーリーが違う方向へ行ってしまい、二度と女に会えないことが多かったのだ。

 潜在意識の中でそんな記憶が働いていた――しばらくして女はやってきた。

 面白いことにこの時、夢の中で、五分くらい待ったような気がする。現実の体験そっくりに、不安を抱きつつもただひたすら待ち続けたのだ。

 ふつうの夢とはちがうような気がする。夢はふつうそんな待ち時間などスルーして飛ばしてしまう。だから五分待たないで一瞬で彼女と会えるのだ。

 さて、まずはすぐ近くの中華料理屋へと入っていった。

 しかし、やはり女の存在感は薄かった。いっしょに歩いているはずなのだが、なぜか視界に入らないし、まるで一人で歩いているようだ。

 それは単に前ばかり見ていて、首を巡らさなかっただけなのかも知れないが……。

 見るからに安っぽそうなテーブル群を過ぎて、俺たちは厨房の中が見渡せるカウンターの真ん中に座った。

 俺たちのはずなのだが――やはり彼女の姿が見えない。

 が、俺のほうでもとくべつ不思議に思わなかった。

 料理がつぎつぎと出されていくのを眺めながらも、彼女とのことが気が気でなかった。

 うしろに襖で仕切られた座敷が見えたので、いかにしてそちらのほうへ誘いこむか、そして二人きりになれたら、ムフフフ……と、あれこれ考えながらも、遅々として進まない自分の計画に、だんだんと焦りを覚えた。

 そのうち俺の興味は、目の前に出された熱々の料理のほうへとうつっていった。

 彼女のことを忘れてしまい、料理にうつつを抜かしてしまったのが、女との縁の切れ目であった。というか、女は最初からいなかったのかも知れない。

 ただ――のちの体験だが、異界を歩いていて、なんとなく後ろが気になり振り返ってみると、俺の首に手を回して姫がおぶさっていたことがあった。

 見つかってしまったのが恥ずかしかったらしく、姫(サク)の照れ笑いが可笑〈おか〉しかった。


 ごらんのように俺の夢はかなりリアルで現実感があり、その時は現実を実体験している感覚である。極論言うと――夢の異次元世界が存在する――ということなのだ。


 ――さらにもう一つの夢は非常に考え深い。

 この夢は、ある女と遊び――情事を重ねたあと、ある橋の上を歩いていた。彼女が視界に入らないので、“あれっ!どこ行ったんだろうなあ?”と、ぼんやり考えた瞬間、その女が後ろからスッと躍り出てきて、俺のとなりに寄りそったのだ。

 彼女はずーっと俺のななめ後ろからついて来ていたのだ。

 夢の中のキャラクターが後からずーっとついて来ることなどあるわけがない。

 それに橋を渡っていた段階で、すでにちがうストーリーへと進んでいたのだが、彼女が現れたことで、話がまた逆戻りしてしまったのである。

 夢というのはどんどん進行する性質なので、いったんはぐれた女に――ふたたび逢えることはまずありえない。

 また、ストーリーから勝手に外れてしまう――知性を持ったキャラクターなどいるわけがない。


 今まで長いあいだ人間をやって来て、こんなラブストーリーの夢が集中することは初めてだった。

 まるでラブストーリーの集中豪雨だ。

 俺もそこまでロマンチストではない。

 それにもう結婚しているのだし、今さら愛だの恋だのという歳でもない。

 何かの力が働いていることは間違いなかった。やっと最近になって姫の存在を知ることとなり、さまざまな謎が少しずつ見えてきた。

 彼女は俺の〈ドリームマスター〉だったのだ。

 たぶん、異次元世界に舞台となる場所を設定し、それから俺を導き入れ、テレビドラマのようなストーリーを俺とともに楽しんでいるのだろう。


 俺はふつうのひとより夢を見る機会が多いと思う。

 とくに今は原稿を書くようになって夢を見ることが多くなった。

 それにしても夢の中に出てくるキャラクターに個性があるように感じることが多い。つまり、その配役自体が霊体であって、当たり前に霊なのではないかと思ってしまう。会話していても違和感がなくふつうに男でも女でも付き合うことができる。

 今後とも夢との戦い――研究調査は続く――。




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