第2話   娼婦の館

 美女と出会った二日目のことだったろうかーー。 俺はまた異次元世界へ入りこんでいた。

 初めて霊世界に入ってからすでに二十年という月日が流れていた。始めは明らかに幽霊の住む世界だなと感じていたのだが、最近になって直ちょく明るい、どう考えてもR界だなと思われる世界に入ることが多くなった。何かーー能力が進化しているのかなと思った。 昔風の造りの古めかしい部屋にいた。

 その部屋だけが明るくて、ほかは真っ暗だった。他にも誰かいてそこであれこれあったと思うが、ハッキリ覚えていない。

 やがて違う場所へ跳んだ。こういうのは何者かに操作されているような気もした。


 街灯が点々と灯(とも)る洋風の街並みを歩いていた。街角のあるモダンな建物の、外付けの階段を二階へと上っていった。階段を上りきると洒落たブティックがあり、その明るい店内に入っていった。。

 そこには二人の娼婦が暇をつぶしていた。もしかしたら店員だったかも知れないが、衣装が派手で夜の蝶といったほうがピッタリだと思ったからだ。

 二人とも髪の長いスラリとした女で、ボディコンのワンピースに、コンニャクでも詰まっていそうなムチムチギャルだった。六本木のディスコで踊っていそうな、ゾクゾクッとするほどいい女だ。

 俺は何の躊躇(ためら)いもなく、女との凹凸にのぞんだ。

 ニューヨークの路地裏で娼婦を抱くように、女を机に押しつけながらスカート越しにぶち込んだ。

 青い柄の目の覚めるようなミニスカートが捲(まく)れ上がり、俺の腰がガンガン押しつけられる。こんなワイルドな凹凸もなかなかイケてるではないか。服を着たままやるというのも日常的で緊張感がある。

 女の締め付けは凄まじかった。俺は意識が遠のきそうになっていたのに、女のほうは表情一つ変えず、どこ吹く風といわんばかりに、涼しい顔をしている。

 今までの女とは感触が違っていた。まったくお人形さんのように、感情を交えようとしないのだ。俺の存在も無視されているのか――いや、彼女は気づいているはずだ。

 ――視界には上下動する女のマネキンのような冷たい顔と、青い柄の衣装だけが映っていた。

 この女はブルーが好きらしい。俺にとってもブルーはラッキーカラーだ。コバルトブルーが、俺の場合、女を美しく見せてくれるようだ。人それぞれの感性なのだろうか?

〈霊界セックスの時の性感度は非常に高い。射精の瞬間のエクスタシーも凄いと思うが、それに至るまでの感度が強烈なのである。女も同様だと思うが、全身が性感帯になっている感じで、正確な数値はわからないが、三倍以上の高いものであると思う。おかげで人間の女では感じなくなっているほどなのだ。

 さて、あともう少しでいきそうになったその時、女は思いだしたように、

「あっ!帰ろう――」と言って、いきなりスッといなくなった。

 文字通りスッと消えてしまったのだ。

 泡を食ったのは俺だ。理想的な良い女だと思っていたのにいなくなるとは――。猟師が美しい雌鹿を見失ったように、目を点にして慌てて女を捜しにいった。

 暗い廊下を走っていくと、やがて女に追いついた。

「な、何なのよ!」

 ――執拗〈しつこ〉いわね――とばかりに俺を振り払おうとする。

 もつれ合って、階段の中ほどまで組んず解れつ転がっていった。

 ようやく女を組み伏せると、さて攻撃開始となったのだが――。

 しかしここで不思議なことが起こった。

 ――女が消えてなにも見えなくなったと思ったら、別の女がキスをしてきたのだ。

 真っ暗な中にいきなり唇とキスの感触がして、俺は完全に面食らった。

 「えっ――!」 頭が真っ白な状態になって、それと同時に目が覚めてしまった。


 不思議なことに、今回は現実世界に帰る心配はまったくなかった。呼吸も苦しくなかったし――生きている感覚さえ無かったような気がする。

 すぐに現実世界に戻ってしまいそうな時は――肉体からかなり近いところにいて――そうでない時は深層世界まで入っているように思える。


♥ほんっ当にホントのことで、けっして夢ではありません。夢でこんな体験が出来るだろうか。俺は確かに町を歩いたのだし、部屋も階段も転げ落ちた。娼婦とのセックスは現実の女とまったく変わらなかった。女性内部の感覚も全く実物と同じなのである。皆さんは好きな女性あるいは男性と、夢の中でしてみたいとか思ったことはないですか? 男性ならば、どうせ見るならばHな夢を見てみたいとか思うはずだ。

 吾輩はもちろんスケベである(断言)。女に縁遠い人生なので、そんな夢を渇望した。だが、現実はそんな甘い夢を見させてはくれないのだ。何回かはあったが、理由のわからない妄想じみた夢で記憶もない。また、未遂に終わった夢としては、世間的な常識が邪魔をしてなにも出来ず、目が覚めてから後悔することが多い。

 ところが、この体験は数十年たった今でもハッキリ覚えているのだ。そのリアルさがまさしく不思議なのである♥



   〈見知らぬ女とキスをした〉

 俺は現実世界の自分の部屋にもどってから、キスをしてきたのは誰なのだろうかと考えてみた。

 あの青いボデコン女も気になるが、あのキスしてきた女は一体何者なのだろうと首をひねった。

〈姫なのかなぁ?〉取り敢えず姫と呼んでいるが、実は名前も知らない。

 いや、姫なのかも知れない。もしそうだとしたら、キスの瞬間、びっくりして逃げたような格好になってしまった。口惜しいと同時に、自分の気持ちを思うように伝えられないのが歯痒(はがゆ)かった。

 ――そして、二日たったある夜、昔片思いだった女の夢を見ていた。

 ――俺は女と戯れていた――

 思わせぶりの彼女の手をつかみ、いよいよこれからだというその時――女は突然消え――またあの時と同じように別の女が優しく口づけをしてきたのだ。

 すでに別の異空間であるかのように、真っ暗闇に変っていた。

 少し難かしいが――夢をみていて、そこに霊が入り込んで来る――よくあることだ。 

 夢を見ていたはずが――夢のなかに割り込んできたのは女の霊だった。

 ……のだが、俺はそれにも気づいていなかった。

 そして、その昔の彼女とはとっくに切れているので――どうでもいい……適当に相手しておこう――と心うちで思った。

 一瞬で空気が変わった。

 ふつうに考えてそれは怖い……霊に心を読まれてしまうのだ。

 その瞬間――女は顔を上げ(真っ暗なので見えないが気配でそんな感じがした)しばらく俺の顔を見ていたが、スーッと消えていなくなり――同時に俺は目が覚めた。

 今までにも何度も似たようなことがあり、幽体離脱の時に、女を軽く見るような考えや、ブスだとか心の中で呟(つぶや)いたことがあった。本心ではないのだが、俺の中に可笑(おか)しな優越感のようなものがあるらしい。

 それが瞬時に読まれてしまって、気づいた時には女の霊が消えていたりとか、数々あったのである。それだけ霊のほうが真剣であるということなのか。

 人間と霊が愛だの恋だのまったく不思議な話だ。

 それでも俺はこのことを後悔した。俺にはもうこれが普通のことになっているのだ。

 ――現実に戻ってからも、彼女の柔らかくて湿った唇の粘液まで感じられ、強烈な体験であった。

 今回の体験は、ある時点で普通の夢と霊体験が入れ替わったのだと思う。

 この時彼女は、私の夢の中に入りこんできたのだ。普通の夢を見ていて、それが、だんだんと怖い夢に変わっていき、突然、幽霊が入りこんできたということは、何度も体験している。また心ならずも姫を追いはらってしまった。悔やんでも悔やみきれない……。

 しかし、夢とあの世の世界との境界線も、なんだか曖昧で、ひょっとして同じ世界ではないかとさえ思ってしまう。



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