3 週末
教育実習の最終週は俺はまた最初の週と同じように遠くから先生を見つめるだけで。
でもこれまでとは違って、俺は焦れることなく日々過ぎていくのを待っていられた。
先生との約束があるから。
「先生、三週間ありがとうございました」
実習の最終日、帰りのホームルームで俺たちのクラスはみんなで書いた寄せ書きを渡した。副委員長の女子が寄せ書きを手渡したいというのでそこは譲り。結局女子にも男子にも懐かれて、先生はみんなと仲良くなっていた。
「こちらこそどうもありがとうございました。ここで学んだことをしっかり今後に活かしていきたいと思います」
先生はお礼にとみんなにラミネートフィルムの栞をくれた。小さな押し花と折り紙が挟まっていて、手作りっぽい。女子は先生は彼女と作ったのかもしれないとこそこそと話していたが違う。先生に彼女はいない。性的指向的に多分。
一人一人の机まで歩いて、先生はお礼を言いながら栞を配った。
……俺の分にはそれだけではなく、二つに折った小さな紙がついている。
ホームルームが終わった後にそれを開くと、明日の時間と待ち合わせの場所が書かれていた。
嬉しいのか悲しいのかわからない。先生には会えるけど、それは終わりの始まりで。
それでも一緒にいたいと思った。ちゃんと終わらせるために。
結局俺は振られている。先生は互いに後腐れがないようにしてくれてるだけだ。
ショッピングモールの駐輪場に自転車をとめて、待ち合わせの場所へ歩いて向かう。すぐ横の立体駐車場の入り口が待ち合わせ場所だった。車で来ているのだろう。
「相良君、こっち」
すでに先生は来ていた。ジーンズにシャツという格好は新鮮で。学校ではスーツ姿しか見たことがなかったから。先生というよりは大学生、そんな感じだ。本物の短大生だし。
あの中学校に実習に来ていて、なおかつ卒業生ということは家は同じ校区内なはずだが、先生はずっと離れた、新幹線が停まる大きな駅の近くに住んでいた。一人暮らしらしい。じゃないと俺を呼べないか。
軽自動車に乗せてもらって立駐から五分、背の高いマンションの二階に先生の部屋があった。
「どうぞ、ワンルームの狭い部屋だけど」
鍵を開けて中へ入る先生に続いて玄関に入る。
……本当に部屋に上がっていいのだろうか。今更ながらに思う。
「どうしたの?」
靴を脱がない俺に、先生が短い廊下で振り返る。
「先生、いいんですか?」
「何に対して? 今は先生じゃないから一応倫理的にはクリアしてると思うし、僕が君と寝ることに対していいのかということなら、いいよ。君とそういう約束をした。じゃないと連れてこない」
寝る……って。初めて聞いた生々しい言葉にどくりと胸が鳴った。キスの続き、はそういうことでいいということか。互いの認識にズレはなくて。ベッドに並んで眠るということではない。そんな響きではなかった。
「やめてもいいよ。相良君のしたいように僕はする。お茶だけ飲んで帰ってもいい。君の気が済むのならそれがいいかもしれない」
先生までの数歩の距離が遠く感じた。やっぱり先生は大人で俺はガキだ。怖気づいてどうしようか迷ってる。想像が追いつかないような所へ足を踏み入れることに、自分がどうなってしまうのかわからないことに恐怖を感じる。
でも。このまま帰りたくない。怖いけど、帰ったら絶対後悔する。今帰ればもう次はない。触れたくないわけじゃない。触れてみたい。
俺は靴を脱いで部屋に上がった。
「じゃあ、おいで」
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