中学生迄

要想健琉夫

      

 今年の四月の上旬、俺は中学から高校へと進学した、受験を何とか熟した俺の先には新生活というものが待ち構えていた。

その新生活というものは――散々なものであった。



 四月十日、俺は母さんとバスの次に列車に揺られていた、今日は高校の入学式、俺は既に憂鬱であった、逃げだしたくあった、しかし列車のドアは固く閉ざされていて逃げ場などは到底有るわけもない、俺は母さんの隣で向こう側の車窓をただ見つめていた。

俺とは相反して列車に伴って車窓は乗り換えた駅から離れていく「あの車窓から飛び降りてやりたい」とその車窓からの眺めを見てそうも思った。

 母さんは隣でスマート・フォンを弄っており、俺は諦めて膝に置いてあるスクール・バックに手を伸ばした、チャックを引いてバックの中から文庫本を取り出した、俺はこの文庫本を開いてこの時間をやり過ごすことにした。



 列車に暫く揺られる時間が終わりを迎えて、俺と母さんは列車を下車し出口に続く階段を上がっていった、階段を上がり終えると何時もよりも目立つ進学先の制服を着た同級生達を見かけた、俺は制服のネクタイを特に意味もなく触り母さんに導かれて改札を潜った。

改札を潜って出口の階段を下り幾度もなく歩んだ、高校まで続く道のりを歩いた、道中の木々には桜が咲いていて、たまに俺の制服に桜の花びらが吹かれてきた。

俺は桜の花びらを制服に乗せながら新入生にとっては不安を拗らせつつも待ち侘びた時間を桜と共に過ごした。



 馴染みのない同級生たちとの対面を終わらせて俺は他の同級生たちと同様に体育館でパイプ椅子の席に着いていた、俺はさながら友達など作る気では無かったが、独りと思われて小馬鹿にされるのも癪だから取り敢えず隣に座る同級生に話しかけた、初対面だけあって特別やりにくかった。

その同級生とは何処から来たかとか趣味のことだとかに就いて話を交わした、その話と言うものは大して「談笑に華が咲いた」と言うものではないがそれなりに楽しかったことを記憶している。

 新入生の点呼だとか校長の話だとかで度々同級生たちが立ち上がり(もちろん俺も立ち上がった)何時の間にか入学式と言うものは終わっていた、体育館を出て最初顔を合わせた教室に戻っては俺は一応同級生のと連絡先の交換をした。

友達が出来なかったよりかは幾分も増してマシであろう。

 担任に依る色々の話が終わってから俺は真っ先に教室を出た、それほど此処から離れたかったのである、ホームシックとはまた異なるが俺は早くに――彼奴らに会いたかったのである。

 母さんと共に学校を出て学校最寄りの駅に帰り、駅で定期券を買ってから俺と母さんは帰りの列車に乗り込んだ、実家への郷愁の念を抱いて俺はまた文庫本でその時間をやり過ごした。



 四月十一日八時過ぎ、俺は密室空間に閉じ込められていた、その前に俺は乗り換え先の駅で跋扈する人達を確かに見掛けていた、休日では絶対に眼にしないような光景を確かに見掛けた。

 しかし、こんなにも通勤ラッシュの時間帯が苦しいとは思っていなかった、思っていたとしてもその想像を優に越していたのだ、車内というものは基の車内の匂いが消えて一周回って無臭で有った、そうして車内には人達が厳格に立ち尽くしており車内は何処か強迫観念で満ちていた。

皆が虚ろな眼を俯き加減に下に向けて俺は大量の人達に押し込まれていた、時にはわざとか偶々たまたまかはわからないが俺を更に押し込む社会の縮図が出来上がっていた。

 俺はこの先への不安をより大きくして逃げ場も無い場所で文庫本を周りに配慮しながら開いた、つり革というものは返って不必要であった、人達が押し寄せているのだから倒れ掛かろうがそう簡単に倒れる事は出来なかった。

俺は存外にも読書に集中して車内では短編を二つ読み終えてしまった。



 自然の読書灯が車窓から姿を消して列車は目的地に到着した、車両のこちら側のドアからは人達が綺麗に整列しているのが見えた、俺は何故だが寒気がするのを感じてから一目散に列車から降りた。

定期券を手に摘み、俺は他の人達と同じように出口へと向かった、出口に出ると更なる出口が遠目越しに姿を現し俺はその出口まで足早で向かった。

 定期券を改札機に入れて改札機はフラップを開いて、改札機からは定期券が出てきた、俺は定期券を掴んでから労働の駅を後にした。



 通学生たちがそのうちに眼に入って来て俺は昇降口から下駄箱で靴を履き替えた、下駄箱の下の段に靴を入れて上の段から上靴を取り出した、上靴に手を入れて上靴を履くと俺は下駄箱を後にした。

四階までの中途半端に長い階段を上り俺は自分の教室を遠目越しに見掛けた、見慣れた教室に入って俺は昨日と同じ席に座った、人は一目で見慣れてしまうらしい。

 教室の席に着いてから三十分弱ほど経った頃担任が姿を現した、担任は教卓に向かい合って朝のホームルームを始めた、俺は朝の通勤ラッシュをもろに喰らったからか終始疲れ果てた様子で担任の話を耳に入れていた。

 次第に会話のテンポが悪くなっていき俺は他の皆のように立ち上がって礼をした、ホームルームは終わったようであった、皆が立ち上がって教室を彷徨う中疲労して塞ぎ込んだ俺に昨日の彼が話し掛けてきた。

彼は俺を見て先ずは取り敢えず「おはよう」と言った、俺もその挨拶を返してその疲れ切った身体に鞭を打ち彼との談笑に華を咲かせることにした。

 彼との会話というものはが無くならない限りは楽しいものでありそれと同時に時にはその掛け合いに疲れてしまうときがある、だがそんな彼との会話をこの時の私は楽しんでいた。

お互いの趣味だとかそこから飛躍して好きなアーティストとか、俺は正直に言うと高校で彼という友達と本当に出会えてよかったと心の底から思っていた。

 彼との談笑に時間を掛けていると壁掛け時計は何時の間にか九時を指していた、それを知らせるようにスピーカーからはチャイムが鳴り響きクラスメイト達が廊下からなだれ込んできた。

俺は彼と「またあとで」と別れを告げて席に着こうとする彼を見送った。



 初日の二限の授業は当然すぐに終わりを迎えてクラスメイト達は帰り支度をしていた、俺はスクール・バックに文庫本諸々の荷物を仕舞って自分の席を離れて彼の席の元へ駆け寄った、彼は安堵の笑顔を浮かべながらこちら側を向いて言った、

「ふぅー疲れたなぁ」

「ああ、そうだな」

俺は彼にそう返事してから彼に続けて言った、

「良かったら一緒に駅の方まで行かないか?」

「おー良いなそれ」

彼は机に置いてあったスクール・バックを背負ってそそくさと教室を出た、それを見て僕は彼の後ろをつけた。



 昇降口と正門とを抜けていって俺達は気付いたら駅の階段を上がっていた、階段を上がりきって中央改札口の前で俺と彼は懐から定期券を取り出した、その定期券を見て彼は思い出したかのように言った、

「あーそうか、お前○○か」

「そういうお前も○○○だったな」

俺と彼はそんな深い他愛も無い話をしてから言葉を紡いで会話を続けた、

「なぁ」

「あ?どうした?」

「明日ここで待ち合わせしないか?」

「おお、いいねぇ」

「良いぜ、中央改札口な」

「了解、了解」

彼は会話を終えると改札を潜ってこちら側に手を振って言った、

「そんじゃまた明日だな」

「ああ、そうだな、また明日」

彼は俺の視界から遠ざかっていき、俺は少しの未練をため込みながら帰りの列車に乗り込んだ。



 四月十二日、俺はまたあの駅にやってきていた、八時過ぎ人々が何の気もなしにすれ違っていき俺はそんな群衆たちを掻き分けて改札を潜って改札の外を出た、改札の外には彼が居た、しかし俺は彼が全く知りもしない人物と話しているのを見て驚いた。

俺はおずおずと彼とその見知らぬ人物に近づいた、彼の知り合いらしき人物はどうやら同級生か何からしい、彼は俺の方に気付いて俺に声を掛けた。

「お――来たか」

「おはよう」

「――おはよう」

「友達?」

「ああ、たまたま会ってな」

 俺は思わず見知らぬ人物がこちら側を見つめている時にここから離れようとした、だがそういう訳にもいかず俺はイヤイヤながら引き攣った笑顔を見繕った、

「ああ、おはよう」

「おはよう!」

俺は彼に静かに不信感を抱いていた、しかし、れっきとした妥協案というものも無い為、俺は彼のその知り合いと彼と学校にまで行くことになった。

 彼の知り合いは俺が暫くと呼ぶに等しいやつである。



 一日の学校生活を終えてまだ澄んだ青空を見上げながらその下を歩いていた、帰りは散々なものだった、帰りの駅にて俺は彼とそのとそれぞれの帰りの列車に乗り込む為に別の線に乗ろうとしていた。

 しかし俺が彼奴の最寄りの駅が自分の最寄りと近いことを忘れていた、有ろう事か彼奴と俺の帰り道は一緒であった、俺は急行と普通どちらかで彼奴と別れようと画策していたが彼奴は俺をつけてきた、何故つけてきたのかは理解出来なかったが彼奴は俺と一緒に急行に乗り込んできた。

車両の右側のドアに互いに手すりやつり革を掴んだりして乗り換え先、最寄りの駅まで義務の会話を繰り広げた。

 そうして、列車から下車をしてバスに乗り換えて最寄りのバス停から降りて現在時刻は午後五時過ぎ、俺は度々苦労の溜息を誰にも聞かれることもなく漏らしてふと自分の左手の掌を見た。

掌の薬指沿いに胼胝タコが出来ていた、俺はその胼胝を見て、てんで気にしない様子で玄関の扉に手を掛けた。



 四月十四日の朝、深海の底の様に青を濃くした群青色の空を見て俺は眼を開けた、俺は早朝らしい空をその眼に入れて薄くなった掛け布団で自分を覆って幾度も無くこう思った。

「行きたくない」

俺の昔からの悪癖であるが昨日さくじつに夜更かしをすると俺は次の日の朝が直視したくない現実と成ることが有るのである、今日もその一つだったみたいだ。

 不慣れな環境に自分から飛び込んでいき、いざ仲の良い友人を作ってもその友人に友人が重なっていきそれにより返って感傷的になり撃沈する、滑稽なものである。

 俺は朝を受け入れられずに二度寝を決め込んだ。



 朝九時過ぎ、俺は今日も彼と彼奴とで学校に通った、二度寝が祟って時間に余裕の無い通学を済ませて俺は自分の席で自分を責め立てていた、あの群青色は消え失せて澄んだ青空に舞い戻っている、教室の外から見える青空は郷愁を誘わせるものであった。

そうやって、茫然ぼんやりとしていると学校は次第に勤勉な姿に姿を変えた、俺はそれに乗り遅れないように出来るだけ真面目に自分を見繕った、しかしその今朝の憂鬱はまだ幾分か姿を増していき、その錘に圧しつぶされていた。

 そんな中授業はガイダンス模様で近くの人達と自己紹介をする事になっていた、俺は空気を読まない企画に嫌気を差しながら近くのクラスメイト達と自己紹介を済ませた。

名前、趣味、誕生日をそれぞれ紹介していく内に俺は自分の趣味と一致する仲間を見つけ出した、俺は彼に積極的に話を吹っ掛けて彼との仲を育んだ。

 彼とは好きな作家の話について盛り上がった(彼も読書家だったようだ)彼との話し合いではネタに困ることが無く話していて気苦労のしない会話だった。

 学校が終わるまで彼と語り合い、学校は時間を忘れさせて終わっていた、俺は何時もの彼を眼中に入れず今日の彼と帰り道を辿った。

帰りの列車に乗っている時、蚊帳の外の彼からは明日一緒に学校に行かないかと誘いが来ていた、俺はその誘いを快く受け入れて新たな彼との友情に想いを馳せた。



 四月十七日、新たな彼とも従来の彼とも俺は上手くやっていた、学校が始まって七日間が経った、俺は早くも高校に馴染んでいる内の一人だと思い込んでいた、しかしそんな順調なことが有る筈もなく無常と言うものが近付いて以来俺の生活は狂わされた。

 俺が何時ものように帰り支度をしていると新たな彼がこう話し掛けた「今日一緒に帰らへん?」俺は彼の提案を勿論快く受け入れて言った。

「ああ、一緒に帰ろうか」

そんな時だった、後ろから従来の彼が俺達二人に語り掛けてきた「なぁ、二人共、俺も一緒に帰って良い?」俺はこれを機に二人が仲良くなったら良いと思って俺はさっきのように快く返事した。

「良いよ――良いかい?」

「ああ、大丈夫やで」

「よし、そんじゃあ三人で行くか!」

 そうして三人は正門を出て駅の帰り道までを歩いた、三人での会話は一対一の時とは違い、特異な面白さがありその場は盛大に盛り上がっていた、丁度駅の改札を潜ろうとした時だっただろうか、従来の彼が回数券か何かを財布から取り出した時、従来の彼に話し掛けてくる奴が居た。

「よぉー奇遇やな」

それは彼奴であった、彼奴である、いけ好かない彼奴である、ことごとく邪魔をする彼奴である、俺は自分のペースで一人一人と仲を深めようと努力をしているが悉く邪魔をするのは何時だって彼奴である。

 新たな彼と俺が動揺していると彼奴の後ろからは二三人、人がやって来た、制服を着ていたから同級生か何かだったのだろう、それから彼奴らは俺達に向かって言ってきた。

「俺らも入れてよ」

「そうやん、入れてくれよ」

俺は従来の彼に判断を委ねた、だが彼に判断を委ねたのが俺にとって間違いであった。

「ええよー、一緒に帰ろうぜ」

 俺は呆れかえった馬鹿々々しさに打たれて、新しい彼に別れを告げてそうっとその場から退散した、彼には悪いことをしたかも知れないがどちみち彼も彼で彼処あそこから逃げ出そうとする努力はするだろう、そんな考えを抱きながら俺は帰りの列車に乗り込んだ。

帰りの列車の車内でスマート・フォンを見つめていると、スマート・フォンに一件の写真が添付された、その写真は従来の彼と新たな彼と彼奴らが楽しそうに最寄り駅近くのショッピングモールに映る写真であった。

俺は外套の懐にスマート・フォンを半ば強制的に仕舞い、遣る瀬無い心地と怒りを背負って下車した先で夕闇に沈む太陽を見送った。



 学校に通い始めてから大方二週間が経っていた、あれからというものは彼奴らが俺達の仲に半ば強制的に出入りし、俺は次第に彼らと一対一で話すことが出来なくなっていた、俺は対人のコミュニケーションに於いては集団で早々と関わるよりかは一人と一人とゆっくりと関わっていきたい性分なのだが、どうやら彼らは「人が一杯居た方が楽しい」のだそうだ、解らない、いや、正確には解っているが、それは半分である。

大勢の人と関わるのは当然楽しいのだろうが案の定疲れてしまうのである、だから俺は四人以上の群衆共が嫌いである、人に依るものかも知れないが(ここでいう人に依るとは当然人に依って価値観が違うことも意味するが、その付き合っていく人に依ることも含んでいる)

 そんな散々な結果からか俺は幾度も無く逃げを経験した、何時だって疲れたら中学時代の地元の友達、彼らの元へ駆け込み訴えた、愚痴を垂らすことも度々あっただろうか、そうやって俺は新しい彼らではなく懐古的な彼らに依存していった。

 しかし我ら学生は青春の狭間に飛び込む青いガキ共である、俺は彼らに依存していたが彼らはそんな俺に嫌気が差したのだろう(それは必然である)彼らは高校の新しい友達と青春らしい時を過ごし始めた。

 とうとう俺は実質上の独りになったのである、解消方法は懐古的な彼らとのバランスの良い交流と新しい彼らとの交流であった、俺は絶望した出来っこない、正確には出来るが、そんな疲れるような交流を俺はしたくないのである。

そうもしないと流れに置いて行かれることも重々承知であったのだが、俺は今更新しい環境に飛び込むことが出来なくなっていた。

 彼らとの関係はそれこそ中学生迄だったのだろうか、そうも幾度も無く考えた、俺は前進をしないと行けないらしい。

畢竟、俺は前進するのを辞めた。

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