尊さは止まることを知らない

【放課後、階段踊り場での出来事】


七瀬ユナが階段を上っていた、

まさにそのとき。

上の段から、急いでいた一年生の女子が

足を滑らせ、バランスを崩した。


「きゃ――っ!」


ガタンッ、と靴音が響く。

咄嗟に、ユナの体が動いた。


「……っ!」


滑り落ちる前に、その子の身体を腕で

しっかりと受け止める。

思いきり抱きとめて、のけぞるように

踏ん張った。

髪がふわりと宙を舞い、階段に一瞬、

静寂が訪れる。


「……ったく、どこ見て歩いてんのよ。危ないじゃない」


「……あ、あの……七瀬……お姉さま……っ!」


抱きとめられた女子は、顔を真っ赤に染めて、ぶるぶると震えていた。



【翌朝:校内の空気がざわついている】


「ねぇねぇ聞いた!? 昨日、階段で落ちそうになった子を、七瀬お姉さまが助けたんだって!」

「しかも、腕の中で支えたまま“危ないじゃない”って! もう……少女漫画じゃん……!」

「スローモーションで見えたって! 髪が揺れて、スカートが翻って――まさに蒼姫降臨……!」


「いや、スローモーションは幻覚でしょ……!」


ユナは隅っこで頭を抱えていた。

「なんで、ただ一人支えただけで……なんで、そうなるのよ……」



【教室のドアが開く】


バンッ! 勢いよくドアが開き、春原ひよりが駆け込んできた。


「お姉さまっ! 昨日のこと、ほんとに素敵でしたっ!」


「……もう、その話題やめて。恥ずかしいから」


「だって、わたくし見てしまったのです。階段の上から、お姉さまの髪がゆっくりとなびいて……

まるで、青薔薇の精霊が舞い降りたみたいで……!」


「だから言ってんでしょ、それ幻覚!!」


机に突っ伏すユナの背中に、今日もそっと白薔薇を添える手があった。



【翌日:掲示板更新】


《青薔薇の会・速報!》

特集:「受け止められた奇跡」

・撮影された現場スケッチ(誰が描いたのか、やたら劇画調)

・「守られたいランキング」急上昇

・会内通達:「お姉さまに触れられた者は神聖なる者とする」



【昼休み・食堂にて】


プリンを見つめながら、ユナがぼそりと漏らす。


「……ねぇ綾小路……あたし、ただ反射で支えただけだったのよ……?」


「それは、理解している」


「誰か止めてよこの流れ……あたしもう、“女神”とか“天上の微笑み”とか……

意味分かんないのばっか付けられてるんだけど……!」


「だが、そんなあなたを好きになる子たちがいるってことではないかな?」


「そういう問題じゃ――……ないわよ……」


スプーンが、静かにプリンに沈んでいく。

ユナは、空を仰いだ。


「……ほんと、どうしてこうなっちゃったんだろう……」


今日もまた、明後日の方向を見つめながら。



観測日:4月×日(金)

観測者:岸田蓮華

観測対象:七瀬ユナ先輩


【本日の主なデレ行為】

・1人の女子生徒を華麗にお救いになった。

午前10:47(50点)

・その功績を鼻に掛けず謙遜なさっている。

午後0:30(30点)


【総合評価】

我が会員に怪我が無くて何よりであった。

それにしても颯爽と救いの手を差し伸べるとは……我らが蒼姫様!


本日の七瀬デレポイント:80点



次回 後日談

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