第9話 斜め前に傾く人

 佐伯は、いつだって斜め前に傾いていた。電車を待っていても、立ち話していても、なぜか前のめり。まるで「未来にツッコんでいく漫才師」みたいだった。


「お前、前のめりすぎてそのうち転ぶぞ」

 と友人に笑われたが、

「未来ってのは、転びながら進むもんだろ?」  

 と本人はどこ吹く風だ。なんなら、そのまま走り出しそうな勢いだった。


 夢は大きく、目標も具体的。

「30歳までに起業! 35歳で世界進出! 40歳で宇宙旅行!」

  誰も聞いてないのに、予定だけは宇宙規模だ。


 そんな佐伯がある日、駅の階段をダッシュで駆け下りていたときのこと。

「いける!この電車に乗れば、打ち合わせに3分早く着ける」


 勢いよく踏み出したその足は、地面に届かなかった。


 スローモーションのように、佐伯の体は前へ、さらに前へ。もう、これは派手に転ぶ未来しか見えない!


 と思った瞬間、彼の体は、宙に浮いた。


「え?」


 見上げると、そこにはふわりと宙に浮かぶ階段のようなものが現れ、その先には“まだ誰も知らない道”が続いていた。


 未来は、ほんのちょっと“前のめり”の人にだけ見えるのかもしれない。


 佐伯はにやりと笑って、浮いた階段を一歩踏み出した。


「宇宙旅行、もうちょっと前倒しでいけるかもな」

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