第2話 お金がない

 走っていたルキは、気が付くとある建物の目の前に建っていた。通りに面したその建物のドアには「宿屋」と書いた看板が掛けられている。は、こいつ私とここで泊まる気?何考えてんの?リーナがマントの下から杖を取り出そうかと思った瞬間、ルキは意外な一言を言ってその宿屋のドアを開けた。

「ただいまー」

 宿屋の扉を開けると、ルキはリーナを自分の肩から下ろした。扉の前には宿屋のカウンターがあって、その奥の部屋から「あら、意外と早かったじゃない」と言いながらふっくらとした中年の女性が出てきた。

「母さん、お客さん」

「母さん?」

「あら、いらっしゃいませ。まぁ、なんだか珍しいお客様ね」

 女性は少し驚いたような顔をしてにこやかに笑った。

「お腹すいてるみたいだから何か出してあげてよ」

「あら、えーと、何かあったかしら」

 そう言って母さんと呼ばれた女性はカウンターの奥にある部屋へまた入っていった。

「食堂はこっちだよ」

 ルキはそう言って、宿屋の奥へと入っていく。リーナがついていくと、そこにはテーブルと椅子が並んだ食堂らしき部屋があった。外から見るよりも、中は広くて、思った以上にちゃんとした宿屋だった。

 リーナが椅子に座ると、ルキが水を持ってきてくれた。

「お腹、空いてるんでしょ。今、母さんが何か出すから」

「あ、すいません」

 リーナはよくわからない状況になっているなと思いながらも、お腹がすいて倒れそうなのは事実なので、食事の提供を受け入れることにした。

「すみません。突然運んできてしまって。でもなんだかあなた疲れてそうに見えて。あいつら意外と厄介だし」

「お知り合いなんですよね」

「幼馴染です」

「へぇ」

「まぁでも、俺が入らない方が色々とうまくいったのかもしれませんね。あなたには、その杖があるし」

 ルキはそう言って、リーナのマントの中を指さす。

「あ、いや、そしたらあの居酒屋の天井に穴があいてたかもしれないし。そもそもお腹が空いていたので、そのままあの二人に襲われてたかもしれません」

「あはは、あいつらは厄介ですけど、そんなに悪い奴じゃないですよ。ただ、あなたが物珍しかっただけで」

「物珍しい、ですか?」

「この町にはあなたのような恰好の人はいません。魔法使いですよね。僕、初めて見ました、魔法使いの方」

「初めて!?」

 リーナはかなり驚いた。

「はい、絵本とか、あとは、新聞とか。そこらへんでしか見た事ないですよ。この町にはまずいません」

「そう、なんですね。私の周りには魔法使いしかいなかったから…ずっと魔法学校だったし…。そうか、この恰好、目立つのか…」

 リーナはその時、初めて自分が声をかけられた理由がわかった。

「あ、自己紹介が遅れました。私の名前はリーナ。リーナ・デュマと言います。えっと、この恰好を見ればわかると思うけど私は魔法使いで、今は色々と旅をしています。先ほどは助けて頂き、ありがとうございました」

 リーナは深々とお辞儀をする。

「あ、どうも。僕はルキです。ルキ・セロン。この町で林檎農家とこの宿屋をやっています。旅…へぇ。学生さんではないですよね?普段はどういったお仕事をされているんですか?」

「えーと、うーん、今は休職中です」

「あ、そうなんだ。てっきり、国家魔導師とかそういった方かと。旅って、視察とかなのかなと」

「あはは、そうであればいいんですけどね」

 リーナはそう言って少し落ち込む。魔法使いと言えば、国中で称えられている人種である。仕事は第一級のものに就けるし、学生以外は何かしら重要な職業についているのだが、リーナはただのフリーターである。

「あ、母に食事、早くするよう呼んできます」

 気まずい空気が流れたと察したのか、ルキがそう言うと、それと同時に、ルキの母親が「お待ちどーさまー」と言ってお盆にいくつかの料理を乗せて持ってきた。ライスにスープ、大皿には鶏の唐揚げとサラダ、野菜炒めが盛られていた。

「ほとんどうちの夕飯の残りだけど良かったら。部屋も一部屋だけだけど、掃除したばかりの部屋があるからそこへ泊ってってちょーだい」

「いいんですか!!?」

「泊まるところが他にあるならあれだけど。あるの?」

「ないです!ここ最近ずっと野宿で」

「野宿?女の子が一人で!?それは危険よ」

「いや、まぁ、はい。でもだからもうお腹が空いてお腹が空いて」

「どんどん食べてちょうだい」

「はいっ!!!いただきます!!」

 リーナがまともな食にありついたのは3日ぶりだった。それまで森の中で持っていた非常食のクッキーと水でやり過ごしていたし、木の上や根本で寝ていたりしていた。魔法で火は使えるし、野宿は魔法学校の授業でよく行われていたので慣れてはいたが、魔法学校の野宿は友達とやっていたし、一人の野宿は怖いというよりは、とても心細く辛かった。リーナは食事を次々に口へ運ぶ。あまりの美味しさに目が潤んでしまうし、あまりの食べっぷりにルキもその母親も少し驚いていた。

「こんなに喜んでもらえるなんて、作った甲斐があったわ。デザートもあるわよ」

 あたたかい食事と屋根があることのありがたみを感じながら、リーナの頭は別の事がよぎっていた。お金がないのである。居酒屋で一食分くらいならあるが、宿代となるとたぶん絶対に足りない。もうすぐ手に入りそうな算段はあるのだが、明日の朝宿代と食事代を請求されたらどうしよう、という思いが頭をよぎっていく。この町に来た意味があるといいのだけれど。食欲が満たされながら、そんな心配が心の中に膨らんでいくリーナなのであった。

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魔法学校首席卒業の私がフリーターになったワケ 深見秋 @fukaki1214

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