本の中のあなたと出会いました

勇気

第1話 はじまり?

『ねえ、おかあさん。おとうさんはどこにいったの。』


わたしは、あの時何歳だった?

祭壇の真ん中で楽しそうに笑う父。


『おとうさんはね、とおいところに行ってしまったの。』


母はわたしの頭を撫でながらそう言った。

小さかったわたしは父にまた会える、そう思っていた。











「母さん。わたし仕事いくねえ…」


朝8時。

わたしは30歳になった。



「父さん。行ってきます。」


仏壇に手を合わす。

あの時と同じ笑顔の父さんの写真。

写真でしか父さんの顔を覚えていない。

でもこの写真を見るたびに思う。

父さんは優しい人だったんだろうなと。



「行ってらっしゃい。紬。」


「うん。今日も遅くなるかも。」


わたしは看護師になった。

毎日毎日残業。



ただ、仕事はきついけどやりがいはある。

でも30まで実家暮らしと言うのには抵抗あるけど。



「おはようございます。」


職場到着。

スクラブに着替える。

茶色がかった赤色のスクラブ。

昔は白衣とナースキャップに憧れたが、ワンピースの白衣はほとんど見なくなったし、ナースキャップも感染の観点から廃止になった。



みんな就業前から情報収集中。

真面目だなー、と思いながら一旦病棟をまわる。


「おはようございます。沢田さん。今日は顔色がいいですね。」


一人一人に挨拶をしてそれから夜勤帯の患者がどんな状況だったか情報収集する。

それが仕事の時の流れ。


他の人は他のやり方をしてるんだろうけど、わたしはこんな感じ。



『昨日、発熱してんのか。じゃあ今日Dr.検査出すよね』



今日のバイタルサインにも注意が必要だな、なんて思いながら、情報収集する。


それが毎日の日課。

次に4回夜勤があるくらい。


恋人もおらず、仕事だけの毎日をこなしてる。



「立花さん、おはようございます。」

「おはようございます。」



後輩の鈴木美里。

笑顔で挨拶してくれるかわいい子。

わたしがこんな感じの子だったらすぐに恋人とかできたかもしれない。


「今日、入院3人予定らしいですよ。ほんといやになりますよね。」


「え、マジ?誰がとるの?」


「鈴木さんとります?」



なんてやりとりしてたら朝の朝礼が始まった。

今日も一日が始まる。



「あー!疲れた!」


気づくと21時。

就業時間12時間超えてるぞ?


看護師になる前は、看護師という仕事はこんなにも大変だと思わなかった。

給料がとりあえずいいと聞いていたし、シングルマザーの母を助けるには看護師かな、と思って看護師の道を選んだ。

いざなってみると、今日みたいな時ばかり。

いや、嫌いじゃないんだけどね。

とりあえず明日は夜勤だし、ちょっとお酒でも買って夜更かししよう。



そう思いながら、帰り道を急ぐ。



たまによるコンビニ。

あ、新しいスイーツ出てるかな。

21時すぎてるけど…。

まあそんなの関係ない。疲れてる時こそ甘いのだ!

なんて頭の中であれこれ考えながら、どれがいいか選んでた。


『じゃあそれにしよー。』


るんるんでスイーツとつまみ、酒を持ってレジへ。


「1152円になりまーす。」


はいはいと思いながらお金を取り出す。

その瞬間、大きな音がした。




















眩しい…。



目を閉じててもわかる眩しさ。



あまりの眩しさに恐る恐る目を開ける。


「外…?」


あれ?コンビニじゃない?

わたしなんで外にいるの?


え?夢?


家にいつのまにか帰ったとか?

飲みすぎた?

夢?


「うーん、待って。」

「ここどこ?」


わたしは誰なんてことは言わない。

わたしは立花 紬。


うんそう。


でもやっぱりここどこ?


空は雲ひとつない晴天。

周りは…海。



わたしがいるのは…







船。




大きな…帆船。


その真ん中に漫画でみたような、海賊のマーク。



「海賊船…?」



え、待って。気絶しそう。

どうしてわたし海賊船に?


どこかの国の諜報員に誘拐されたとか?


何が起こったのが全くわからない。

どこかの国の諜報員に誘拐されたにしても、こんな目立つ海賊船なんて乗ってるなんてことはない。



「あ、目が覚めたか」



男の声。

気づくと数人に囲まれていた。


みんな見るからに海賊…?


そんな格好をした男たちがわたしのことを囲んでいた。



「急に空から降ってくるからびっくりしたぞ。」



そう言った男はきっとこの海賊船のキャプテン。

左の目に傷。

海賊船の旗の髑髏の左目にも傷が入ってるから。




なんとなくだけど、そうなんとなくだけど。


昔から家にあった本に海賊の話があった。

その中にシルバーの髪に左目の一本傷。

無精髭をはやした、海賊の船長。


海賊だけど凄く男気のある船長で。


好きな本だった。


その船長に似てる。




きょとんとしてたのだろう。

船長は満面の笑みで笑う。そして問う。



「どこから来たんだ?」

「どこに行く予定だ?」



と。


船長さん。

わたしには全くわかりません。


ここがどこで、わたしがなんでここにいて、どこに向かってるのか。
















あれから


わたしは頼み込んだ。

この船に置いてもらうことを。

だって、どう考えても夢じゃない。


だって目が覚めない。

今流行りの転生ものと考える。

そしたらわたしは本の中にいるってことにする。


どうせ目が覚めないのなら、目の前に好きだった海賊の船長がいる。

この状況を楽しまないわけにはいかない。



「紬。さぼんなよ」




わたしは船に雑用で乗せてもらった。

行く宛なんてどこにもないけど。











  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

本の中のあなたと出会いました 勇気 @tamagooao

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ