借りたいのは、君じゃなくて?(2)

風が校舎の隙間を通り抜けていく音が、いつもより賑やかに聞こえる。

 明日が体育祭だというだけで、空気の粒まで浮かれているみたいだった。


「ちょっと、そこの男子!」


 声をかけたのは、別に用事があったわけじゃない。

 ただ、あの後ろ姿が、借り物にされる前に私が拾いたくなっただけ。


「なんだよ、由梨。手伝わないのかよ」


「ううん、見てただけ。……あ、違った、監督してたの」


 自分でもよく分からない答えをして笑う。<br>

 だって、こうやって喋ってる時間が、結構好きだった。


「借り物競走の神様」


 ふざけた響きだけど、彼の口から「何様だよ」って返されると、それがちゃんと会話になるのが嬉しかった。


「私なら“おもしろい人”で拓海連れてくかな」


 本気でも冗談でもないラインを、わざと選んでみた。<br>

 彼が笑ったり、困ったり、言い返してくる、その全部が聞きたかった。


「さあ、どうでしょう」


 彼の表情は読めなかった。

 けど、“おもしろい人”と言った時、ちょっとだけ喉が鳴ったのは知ってる。


「……おまえが目に入ったら、呼ぶかもな」


 それを聞いた瞬間、心のページがぱらりとめくれた音がした。

 言葉にされない気持ちが、隙間に挟まる。


 図書カードの代わりに、明日の校庭に名前を書いておきたくなる。

 “借りたいのは、この人です”って。


「ふーん。じゃあ、期待しとこ」


 明日の走る距離なんて、全然怖くない。

 私が今、追いかけたいのは、もっと近くて、もっと遠いところにいる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る