第三章 お手々 いてて
3-1 出発、右手
さあさあさあ、とうとう出発の時だ。
二十一隻の小型宇宙船がシュガーホイールから出ていく。
回収部隊のスピカは一隻に二人で、兵士スピカは一隻に一人。だが、例外が一隻あった。ゲストであるカリュードの旦那を乗せる船は、女王とオレ、メテオスピカがお供する。
なんでかって? 女王は
計測器諸々が並ぶコックピットの硬い席に座って、オレは右隣の旦那を見つめた。おわあ、旦那のハンドルを握る手つき、格好いい。革手袋、いいなぁ。あのヘルメットもクールだよな、触ってみたい。いや、指紋がついちゃうか。
「何を見ている」
「い、いえ! 何も!」
旦那に見惚れてましたなんて言えない言えない。慌てて前を見る。
「これが宇宙ですかぁ! 初めて見たけど真っ黒ですねぇ!」
「ああ」
「あ、目の前のあれがガラクタ・ジャンクションなんスかね! お〜、ほんとにゴミだらけだ。色もちぐはぐで宇宙から見るとモザイクみたい。ねぇ旦那、あそこって匂いとかどうでした? 臭い感じ?」
「知らん」
「そっかぁ、旦那はあそこにいる間寝ていたらしいですね。ドクタースピカから聞きましたよ!」
「そうか。……やかましいぞ、少し」かとなく、声がより低くなった気がした。
「オレ製造されたばっかりなんで、意味記憶は染みついてるんスけど、エピソード記憶はまだまだ空っぽで、だから他のスピカと違って何もかも新鮮に見えちゃうんスよ〜!」
「……意味が分からない単語をやめろ」あら、もっと低くなった。
「そりゃ失礼しました! えーつまりオレには思い出が無いってことっすね。思い出ってのは例えば、他の新しいスピカ・スペアは旦那のことを知ってるんですよ。どうやってここに来たのか、どういう風に看病してたとか」
「……」
「でもその代わり他のスピカに教わりましたよ! ドクターとか。あ、ちんちんにカテーテル入ってたって本当すか? 抜くときって痛かったスか?」
「黙れ」
「え……」
わ、ヘルメットの奥からゾッとするほど重い声が聞こえた。
オレはつい眉毛を下げてしまう。
すると旦那は、
「……飴玉なめてろ」
飴玉数個を手渡してくれた。やったあ。適当にリンゴ味を選んで口に入れた。あっ、おいしい〜。
「女王の姉御、飴ちゃんおいしいっすよ!」
後ろの席に座っているはずの女王に顔を向けると、彼女はぐっすり寝ていた。鼻ちょうちんまで出して恥ずかしい。それに頭から王冠が落ちてら。
「……最近はよく眠っている気がするな」と、旦那がぽつり呟いた。
オレは何の気なしに、「女王ですからね、そりゃそうッスよ」と返した。
すると、「……女王だから?」と疑問符を浮かべられた。
「ん? あ、え、知りませんでした? 女王はスピカ・スペアの中でも経験豊富で稼働時間が多い者が選ばれるんです。そっちの方が信頼がおけるんで」
「……それで?」
「稼働時間が多いってことは、寿命が短いってことスよ。平均八十ぐらい?」
「……は?」
「んでスピカ・スペアは、死にそうになると眠たくなっちゃうんス。女王は今、六十三歳っスね。もうそろそろっぽいかな」
「…………はぁ~~~~?」
特大のはぁが出た。疑問と怒りを含ませる声だ。
なるほど、『あたしたち』以外の、普通の人間の反応はこうなのか。
というか、アレだな。なーんか良くない気がする。情報の断絶、というか。
ううんと……スピカ・スペアとカリュードの旦那には、情報に差がある。そしてそれを埋める機会が少ない。だって、あたしたちはあたしたちだけで完成されているから。相手に何が不足しているのか、めったに考えないのだから。
ああ、そうか。これが集合記憶システムの弱点。
我々は全にして一である。
それゆえに、他者の存在、介入を想定できない。
ぽつり、旦那は言った。「故郷の星にお前達の内の一体を連れて行ってやりたいと思っていたが」
「はい」
「……そこのにすべきだろうか」
彼の表情はヘルメットで読めない。当てになるのは身振りと声。
先程まで不快な様子だったと思う。でも今は、よく分からない。
とりまオレは「そこの」と首を傾げた。
「オレ?」
「違う」
***
それっ、と宇宙船の扉からジャンプした。
降り立った足元は乾いた土。見渡せば画面が割れたテレビや頭のないロボット、あるいはどこかの戦争のおかげでぼろぼろになった宇宙船の残骸。まともな重力なら歩くのにも一苦労しそうだが、もう一度ジャンプする。ぽわん、不思議な浮遊感。よし、これならここを歩くのは大丈夫だろう。
「ごめんねメテオ〜、貴方の初仕事がこれなんて〜……、ふあ〜」
「かまいませんよぉ〜」
オレの背中には紐で宇宙服ごと括った女王。おんぶの形である。眠たくて眠たくて仕方ないそうだからこうしたのだ。
それより心配なのはカリュードの旦那だ。宇宙服なしで船から降りちゃった!
「だ、旦那? 大丈夫ッスか?」
「ああ。俺は手足だけじゃなく、肺機能諸々も改造してある。酸素無しでも生きていける」
「へぇ、便利……なんスか?」
「どこでも戦闘ができる」
「戦闘民族〜」
まあまあ重い荷物を担ぎながら星を歩いて三十分。向こうの高台から、「おーい」とオレンジ色のタスキを担いだ宇宙服がオレの隣の旦那に手を振る。メカニックだ。何かを見つけたのかも。
呼ばれちゃいないが何となく俺も手を振り返した。
ピシュンッ、という音が聞こえた気がした。
今のは……何の音? いや宇宙空間じゃ音しないんだっけか……?
ふと、振っていた右手に風を感じた。風、宇宙で? まあ、そういう宇宙もあるか。
なんとなく右手を見てみると、ぽっかりと穴が空いていた。
その瞬間、
遅れて、
鋭い痛みが走る。
ぎゃ、ぎゃ、ぎゃあああああ痛い痛い痛い痛い痛い痛い血が出てる真っ赤な血があああああ助けて助けて誰か誰か、
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