1-3 貴方の体、貴方のお話
サイボーグのカリュードを保護してから、一ヶ月。
メカニックのスピカが彼の手足を直したと医務室にやってきたのだけれど、その格好にあたしは目を見開いた。
あらやだ! メカニック、顔も髪も作業服も油汚れまみれでひどい有様!
全く、医務室全部消毒しなきゃならねぇだろ汚いまま入ってきてんじゃねぇこのドアホ後でドクターに絞ってもらうからな。そんな気持ちを込めて睨みつけると、メカニックは「最近睡眠不足なんスよ〜」と笑った。はたくぞ。
「それより試運転してみてくださいよサイボーグ氏〜」
「ああ」
両手足を装着したカリュードは直ぐに立ち上がり、よろめくことなくスタスタと歩き始めた。重心がぶれている様子はなく、安定した歩みだ。
「どうスか、前と同じ重量スか」
「ああ」
「腕の中のギミックとかも確認したいんで、ウチの射撃場行きましょ」
「射撃場があるのか」
「ありますよ〜、稀に射撃下手なスピカが生まれちゃうことあるんで」
くそっ、恥ずかしいこと言うな。
その後カリュードはシュガーホイールの射撃場に足を運び、両腕から隠しエネルギー銃をガシャッと出して、見事な早業で全ての的を撃ち抜いた。
「おお、素晴らしい腕前。ウチの兵士にも見習わせたいくらいッスわ。銃の調子は前とお変わりなく?」
「ああ。全て変わらない」
「それは良かった。メカニック冥利に尽きます」
うんうん、彼の体は元通りになったみたい。ひとまず安心。じゃあそろそろ、個人用宇宙船を出さなくては。
「メカニック、ターミナルラウンジに船を用意はしてますね?」
「あ、それなんスけどね女王。それ、分解しましたわ」
「は?」
「いやサイボーグ氏の手足直すのにパーツ足んなかったから」
「……報連相ちゃんとしろやッ!」
思わずメカニックの頭にチョップをかました。
「痛ぇ〜〜!」
「……カリュード、申し訳無いのですが貴方がこの船から出ていけるようになるまでもう少し時間が掛かりそうです」
頭を抱えて痛がるメカニックを尻目にカリュードに向き合うと、彼は静かに『構わない』とだけ言った。
もろもろのプラン変更だ。用意するものが沢山。食事、寝床、それに彼が退屈しないような 娯楽も。
ここまで忙しいのは、オリジナルが死んでから千年ぶりかしら。
***
早速カリュードをシュガーホイールの食堂に案内した。するとあたしたちが彼に興味津々で取り囲む。
「へー! これがお客様かー!」とシェフスピカ。
「なんか良い射撃の腕ってメカニックから聞いたよ〜、ホントホント?」と兵士スピカ。
「ねーねー、他の星のことお話して〜!」と農民スピカ。
【兵士】十人。【シェフ】五人。【農民】十五人。
その他、【女王】【側近】【メカニック】【ドクター】、そしてチビスピカ。それぞれ一人ずつ。
合計、三十五人。
全員同じ顔(可愛い)、同じ青い髪、同じ青いセーラー服。一見ティーンエイジャー。
これがあたしたち、スピカ・スペア。
「……他にクローンの軍団を知らないが、なんとなく少ないような気がするな」
カリュードは彼に群がるあたしたちを眺めながら言った。
あたしも他所のクローン軍団を知らないが、この宇宙船シュガーホイールはざっと百人は住める規模の大きさだ。実際数百年前は百人のクローンがいた。だが現在、諸事情によりこの数になっている。
彼は食事を一人で摂りたい(多分頭のヘルメットを外したくないんだろう)とのことなので、タッパーにご飯を詰めて渡すことにした。
「ほーらあんたたち、彼から離れて! 触らないの!」
「女王様だけゲストとお話できるのズル〜い!」
「あったりまえでしょ。あんたたち質問攻めばっかなんだから!」
あたしが他のスピカにそう怒ると、カリュードは、
「構わん」
と、食堂の席に着いた。
「俺の星の話くらいなら、多少してやる」
それから彼は故郷の話をしてくれた。
そこは、サイバネティクスで己を改造することが正義とされる世界。誰しもが簡単に己の姿を強くできる世界。
年に一度開かれるコロシアムで、二つの勢力の代表者同士が戦い、今後の一年間の優位性を決める。
負けた方の代表者は、駄目になった部品と共に捨てられる。ゴミのように、何の感慨もなく。
「俺は負けた。負けて、仲間から、群衆から、クソほど痛めつけられた。俺の手足が壊れたのはそのせいだ。しかし胴体の中の生命維持装置のせいで仮死状態になり……それから、いつの間にかガラクタ・ジャンクションとかいう星にやってきていた」
彼の機械の手が震えている。
あたしはそっと、その手に触れた。
彼が目覚めてすぐパニックになったときのことを思い出した。彼はきっと酷い悪夢を見ていたのだ。その時のことを。
あたしは「ここには貴方を害する者はいない」と再び告げた。
震えが止まった。
「……」
あたしは、彼にようやっと安心感を与えられたことを、とても嬉しく思った。
スピカ・スペアとしての使命を果たせたことと。
それから、なんだか妙な、庇護欲を満たすことができて。
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