リアルダンジョンには金も名誉も何もねえ!

黒井 創人

第1話「ダンジョンは災厄か、それとも日常?」

 赤と青のストロボライトを点滅させて、パトロールカーがとある民家の前で停まった。家の前には近所の住民らしい人々が集まっているが、誰も声ひとつ出さないのが不気味であった。

大柄な警官が二人パトロールカーから下りてくると、住宅の玄関前に詰めかけていた人々が道を空けた。

「家の中に声はかけたのか?」

 警官が誰にともなく声をかけた。

「悲鳴が聞こえたけど、玄関には鍵がかかっていた。返事はなかった」

 誰かが答えた。

警官はグロック22を挿したホルスターに手をかけながら庭にまわり、窓から慎重に中の様子を伺った。

「侵入された形跡はない。中に人間はいない、動く物はない……だが、灯りがないな」

 まだ薄暗い早朝のことで、住人が起きていれば照明を点けるはずだった。

一人が、こん棒にもなるような大型マグライトで家の中を照らした。リビングの中は何もかもがベールのような白い膜で覆われていて、まるで度を超したハロウィーンパーティの飾り付けをやったような有様だった。

突然、窓の内側に黒い巨大な何かが覆い被さった。マグライトの光を反射して、いくつもの眼が赤く光る。二人の警官は呻き声を上げて後じさった。片方はホルスターから銃を抜き出してしまった。

「マイゴッド! ダンジョンだ!」

「みんな! すぐ家に帰れ! 許可があるまでドアを開けるな!」

 集まっていた人々が悲鳴を上げて逃げ出した。

「州兵に来てもらおう。この一角は封鎖だ」

 一人がパトロールカーに走って戻り、無線で方面本部長を呼び出した。

「キャナル6A4よりスタッフ・ツー、緊急連絡! ハイランド通り1243番地、住宅内でダンジョン発生。生存者は不明。周囲を封鎖する、州兵の出動を要請する」

 ドライバーの警官がパトロールカーに戻って来て、シートに座ると大きなため息をついて胸の前で十字を切った。

「あそこは両親と女の子二人、男の子が一人だったはずだ」

 通話を終えてマイクを戻した警官は、悲しそうに顔をしかめて首を振った。

「あれじゃ……ダメだな」

 カーテンの隙間から見えたリビングは、人間が生きていられる光景ではなかった。恐らく全ての部屋がダンジョンに飲まれてしまっただろう。

「これで、二つ目だな……今月に入って」

 ドライバーが帽子を取り、額に浮いた汗を拭いながら言った。薄ら寒いほどの気温であるのに、二人の警官は汗にまみれていた。

 ある日突然、所構わずダンジョンは出現するのだった。道路がいきなり陥没したり、今日のように建物の中に出現することもある。埋めたり爆破すれば、またすぐに別の場所に出現するので手も出せない。付近を封鎖するしかないのだった。

「知ってるか? ニホンじゃわざわざダンジョンに入って行ってモンスターを狩るそうだ」

「何てこった。それじゃ逆じゃないか!」

 アメリカを初めとする多くの国では、ダンジョンから出現するモンスターに怯えているのに。

「モンスターを殺して、ポイント争いをユーチューブで配信までしているらしい」

「……狂ってる」

「ニホンだからな」


 俺はチェーンがたるんだ自転車をこいで、今日も立川ダンジョンに向かう。西3丁目公園にある出入り口から、お昼に出てこられる深度まで。

「おはようございまーす」

 公園の柵に自転車を繋いで、入口脇にあるダンボのテント……ああ、ダンボってのは『ダンジョン保安管理協力会』の略だ。そこが出している受付所にいるおっさんに挨拶する。

 ダンボはNPO法人で、ダンジョン探検にやってくる人間の出入り記録とかダンジョン内公衆Wi-Fiの管理とかレスキューをボランティアでやっているところ。

 ボランティアではあるけど、テントには『ダンジョン用ポケットWi-Fiレンタル』の幟が立っている。レンタル代千円と保証金5千円で借りられて、その何パーセントかがダンボに入ってくる。まあ、そう言うことだ。

「あー、おはよう空吹くん。昨日ね、一人で入った田口って人が出てきてないんだ。もし見つけたらよろしくね」

 そう言って管理の『杉村のおっちゃん』は、俺に濃い緑色をした重いゴム引き袋を押しつけた。死体収納袋だ、朝から気が滅入る。これの中身入りをカーゴに乗せたら、肝心の『砂』が入らなくなるのだ。

「これって……高校休学中の、ボランティアでもない未成年のオレにやらせることですか?」

 行方不明者が出るとこうしていつも頼まれるのだが、文句だけは言っておかなくてはならない。本来は自分の仕事なのに、このおっちゃんは何でもオレに押しつけようとするのだ。

「頼むよー」

 おっちゃんが手を合わせる。でもオレは仏様じゃない。

「見つけたらですよ、回収やってる余裕があるかどうかも判らないんだから」

 実は、俺はこのおっちゃんには恩義がある。ダンジョンの歩き方を教えてくれたし、レスキュー作業のことを事務局に交渉してくれて、本来は無償のけが人や死体の回収作業を1件あたり2万円の手当てをつけてくれたのだ。

「その人、目標書いてます?」

 ダンジョンへ入るには住所氏名年齢緊急連絡先と目標の階層なんかを用紙に書いて、ドックタグを受け取って行かなくてはならない。ドックタグは首から提げる2枚の小さなステンレス板で、2枚に同じ通し番号が打たれている。

 死体が回収できればいいけど、原形を留めていなくて回収できない状態だったり危険で回収できないときはタグを一枚だけ外して持って行く。『ダンジョンスター』ってスマホのアプリでその位置を記録して、後で回収に来るのだ。

「田口さんはねー」

 おっさんは入構記録用紙を覗きこんだ。

「第15から20まで生配信」

「あれ? 20層って、回線繋がったんですか?」

「先週工事ドローンでアンテナ運んで行って、25まで設置したって」

「そんなサービスするから、バカが配信やりに入って死ぬんじゃないですか」

「通信会社が商売でやってることだからねー、ウチらは何も言えないよ」

 俺も一応入構記録用紙に名前なんかを書き込む、おっちゃんの手元にある記入済みの用紙に目が留まった。

「もう入ってる人いるんだ」

「ああ……何だか国土交通省から来た人たちが、視察したいって入った。ガイド無しで大丈夫かって聞いたんだけど、詳しい人がいるからなんて言ってたけどねぇ……」

 ダンジョンの中に詳しいガイド役は、ダンボに登録しておいて紹介してもらう。潜る深度によって一日5万とか高いと10万。その何パーセントかは、ガイドからダンボに手数料として支払われる。まあ……すべてカネなのだ。

 俺はため息をついてドックタグを受け取り、でかいキャンプ用カーゴに嫌な袋を乗せてダンジョンの入口に向かう。15層から先に行かなければいいだけのことだ。

 みんなにダンジョンの掃除屋と言われているけど、オレの本職はガラス職人だ。ダンジョンに出現するモンスターを砂に変えて、ガラスの工芸品を作るのが本来の仕事なのだ。

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