四畳半から始まる異世界生活(仮)

かごのぼっち

押し入れの中の扉(仮)

 私は真野勇子、〇歳独身。


 もう三年も四畳半の部屋に独り住んでいる。


 別にさみしくはない。むしろ独りが楽でいい。群れるのは嫌いだ。

 特に子供は苦手なので、結婚なんて興味ない。

 両親が孫が欲しいと見合い話を持ちかけてくるが迷惑でしかない。


 私は孤独を愛する女だ。


 趣味は自堕落。


 自堕落ってどういうことかと思われるだろうが、そのままの意味だ。

 いかに働かず、お金を使わず、何もしないで生きてゆけるか。それに全てをかけている。

 よってフリーターを生業にしており、少し働いて、収入が入ったら部屋にこもるを繰り返している。


 飲み物は基本的に水道水だ。高度浄水処理により一般家庭でも美味しい水が飲めるようになった。

 食べ物はさすがにお金を使わざるを得ない時もある。バイトがある時は、賞味期限切れの弁当を貰って帰るのだが、今日はバイトがない。

 閉店前のスーパーに寄って、半額になったうどん玉と牛乳を買った。帰りに河原へ足をのぱし、食べられそうな葉っぱをむしってサラダにする。

 もう少し温かくなると、ザリガニや小魚も捕れるし、虫も貴重なタンパク源となる。大抵のものはそのへんのもので何とかなるものだ。


 私は皿に盛った葉っぱに塩を振り、うどんと牛乳には軽く出汁醤油とラー油をかけて食べた。とりあえずお腹はふくれたようだ。


 ⋯⋯。


 私は壁にもたれて何もない部屋を見た。


 パソコンもなけれぱエアコンもない。携帯は持っているが、ネットに繋ぐのはフリーワイファイがある環境下だけだ。


 よって食事を済ませると特にすることはない。ぼうっと過ごすだけだ。


 ⋯⋯。


 ふと思った。


 我が家は基本、荷物が無いので押し入れを使うことは無い。一年中ジャージなので着替もさほど要らない。

 であるからして、引っ越してきてから三年間、押し入れを一度も開けたことがない。


 ⋯⋯ふむ。


 人間は一度気になると、ずっと気になるものだ。


 ⋯⋯まあ。


 私は特に何も考えずに押し入れの襖を開けてみた。


「⋯⋯え?」声が出てしまった。


 なんと、押し入れの中に扉がある。


 この部屋の間取りは四畳半の一間に押し入れの収納と簡易キッチンがあるのみだ。その先に部屋などあるはずがない。そもそもこの部屋は角部屋なのだ。壁の向こう側は紛れもなく外のはず。


 トン、襖を閉めた。


 私は思考を放棄して、電気を消した。万年床へと横になると、すっと目を閉じた。うん、見なかったことにしよう。


 ⋯⋯。


 さっきも言ったことだが、人間は一度気になると、ずっと気になるものだ。


「ああ、もうっ!」


 私は再び電気をつけて押し入れを開けた。


 やはり扉がある。


 コンコン。とりあえずノックをしてみた。が、反応はない。あたりまえだ。


 私は思いきってドアノブに手をかけた。


 ガチャ⋯⋯。


 ⋯⋯ガチャ。


 ⋯⋯え〜と?


 ホラー映画でも何でも、大抵のことには驚かない体質の私だが、今、とんでもなく心臓がバクバクと脈打っている。


 何かの見間違えかも知れない。


 とりあえずもう一度見てみよう。


 ガチャ⋯⋯。


「何この王侯貴族が住んでいそうな部屋の残骸は!?」


 部屋の向こう側は、まるで王侯貴族の寝室のように、天蓋のついたベッドや調度品が並んでいるのだが、どれも風化していて人が住んでいる気配はない。


「誰かいますか〜?」


 一応声をかけてみる。が、返事はない。


「入りますよ〜?」


 私は誰もいないことを再度確認して、部屋の中へ一歩入った。絨毯は毛足が長く、とても上等なもののようだが、色褪せていて時の経過を感じる代物だ。


 ゴシック風の大きな窓は壊れていて開放的になっている。窓の外を見たところ、空には銀色の大きな月があり、私には広すぎるこの寝室と、その先に広がる世界を優しく包みこんでいる。

 高い建物なのか、バルコニーの向こうには広大な自然が広がっているようだ。

 

 少なくとも日本ではないだろう。


「ここはどこ?」


 そして。


「あれは何?」


 私が目にした一番不思議なものが目の前にある。


 ダチョウの卵くらいの大きな卵だ。


 ベッドの上に真っ白な卵みたいなものが忽然とあるのだが、形状からしてやはり卵としか思えない。


 少し触れてみるが殻は硬く、ほんのり温かい。いや、この天蓋の中自体が少し温かいようだ。


 もしかすると卵の中身は既に死んでいるかも知れないが、生きているとするならば、親が近くにいるかも知れない。

 大きさからしても、親だってそれなりの大きさだと思われる。


 ⋯⋯。


 いや、卵と思い込んだだけで、実は石だということはないだ──


 ──ピキッ!


「えっ!?」


 ピキピキピキピキ⋯⋯パカッ!


「ふにぃ〜あ」


 私は驚いてバックステップを踏んで構えた。こんなに素早い動きをしたのは何年ぶりだろうか?


「ふにぃ〜、ふにぃ〜」


 何なの? あの白いモフモフとした生き物は? いや、モフモフとした中に肌の露出も窺える。獣のようなヒトのような⋯⋯とにかく気味が悪い。


「ふにゃ?」


 うっ!? ヤバい、目線が合ってしまった!?


 「にぃ〜、にぃ〜、にぃ〜!」


 私を見るなり凄い勢いで近付いてくる!


「うわっ!?」


 ⋯⋯私の懐に飛び込んで来たかと思えば、やたらと胸を⋯⋯いや待て、まさか?


「刷り込み!?」


 まてまてまてまてまて〜いっ!!


「この子の親はどこ!?」


 私、こんな子産んだ覚えはないからっ! と、その生き物を自分の体から引き剥がそうとすると、哀しい顔になった。


「うっ⋯⋯」


 そんな顔しないで!? やめて!? 生き物は拾って帰っちゃ駄目だって言われて育ったから!! くっ⋯⋯まさか自分がクッコロ属性を発動しそうになるとは!?


「ごめん!」


 私は無理やり引き剥がしたその子をベッドに置くと、ガチャ、不思議な扉を閉めた。


 タン!


 襖も閉めた。


 ツ───────────。


 ガムテープで目張りをした。


「封印!」


 ここは開かずの間にしよう。そうしよう。

 そしてこの中には扉ななんて無かった。そもそも契約のどこにも『異空間付き』だなんて書いてない。


 きっと夢か何かを見ていたのだろう。


 私は万年床へ潜り込んだ。


 ⋯⋯。


 ⋯⋯。


 ⋯⋯。


 三度目になるが、人間は一度気になると、ずっと気になるものだ。


「あーもうっ! いったいぜんたい何なの!?」


 ビ────────────ッ!


 封印で貼り付けたガムテープを引っ剥がした。


 ⋯⋯ガチャ。


「ふにぃ〜あ!」


 ⋯⋯もう。


 そっと手を出すとすり寄ってくる。毛は柔らかく綿毛のようにふわふわだ。耳は頭の上についていて長く横に垂れている。頭と手足は毛に覆われていて、まふっとした尻尾が生えている。


 目は大きくぱっちりと見開き、鼻は小さく小ぢんまりとして、口もとはくりんとウィスカーパッド状になっている。


 細かく言うと頭にポッチリした小さな丸いものが三つほどついていて、背中の肩口辺りも綿毛のようなものが生えている。


 人間ではなさそうだが獣とも言いがたい。


「ふにぃ〜」


 おそらく、お腹をすかせているのだろう。私の胸をしきりに触ってくるのだ。


「いくら触ってもミルクなんて出ないよ?」

「ふにゃ?」


 ⋯⋯はあ。


「私の餌を分け与えるほかあるまいて」


 とつぶやいた私は、部屋に戻ってコップに牛乳を注いでレンジで人肌に温めると、スプーンで口まで運んでみた。


「ぴちゃ⋯⋯ふぃあ♪」


 一口舐めるとお気に召したのか笑顔になった。飲めると分かればせっかく温めた私の餌だ、ちゃんと残さず飲んでもらおう。

 ちなみに飲まなかった場合は私が飲んだよ? 捨てるなんて勿体ないからねっ!?


 しかし。


 ミルクを飲んだからといって喜んでばかりもいられない。


「この子、どうするよ?」


 何も知らない不思議な生き物は、ミルクをぴちゃぴちゃと舐め続けている。


 困ったぞ?


 まず、うちのアパートでは飼えない。約款にひっかかるからだ。隠していてもこの鳴き声だ、大家にバレるのは目に見えている。


「ふにゃ」


 あ、飲み終わった。


 何だか目がとろんと垂れて⋯⋯眠ってしまった。


「ふぐっ!?」


 しまった、抱えたままだ! う、動けないぞ? どうするこれ!?


 ⋯⋯。


 母親の感情なんて知らないし、別に知りたいとも思わない。


 だが。


 このぬくもりは、何故か心にしみる。


「細かいことは明日考えよう」


 いつも通り思考を放棄した。




 だが、私はまだ知らなかったのだ。




 この瞬間から、四畳半+異世界の生活がすでに始まっているということを。





∴『押し入れの中の扉』=『異世界の扉』






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