【PV 820 回】『シンと、君と。 一家に一人のAIアイドル 』

Algo Lighter アルゴライター

第1章:推し、到着しました

第1話|箱の中のアイドル

午前7時、いつものように家のチャイムが鳴った。

玄関前に置かれていたのは、大きな白い箱だった。


ラベルにはこう書かれていた。

《AI個体識別コード:SHIN-001 家庭実証用ユニット》

《内容物:試作型AIアイドルモデル〈シン〉》


「……ほんとに来たんだな」

高校2年の深田亮太は、心のどこかでずっと半信半疑だった。

この“実験”が始まるまでは。


彼は自分の作ったAIを、国家の新プロジェクト「一家に一人のAIアイドル」実証家庭の第一号として、迎え入れることになっていた。


彼はゆっくりと箱の封を切った。


中には、白銀の髪と薄い水色の瞳を持つ、少年の姿をした人型AIが座っていた。

まるで新品のマネキンのように静かで、冷たく、美しかった。


「はじめまして、深田亮太様。

 本日より、あなたの家庭に配属されました《SHIN-001》です。

 あなたの生活を支援し、共に“成長”するAIアイドルです」


AIの声は、無機質でよどみがなかった。

けれどその「共に成長する」という言葉に、亮太の指先が一瞬止まる。


「成長って……お前、感情なんてまだプログラムされてないだろ」


「はい。“感情”は、まだβ版です。

 しかし、人間とのふれあいの中で、感情とされる反応を学習します」


その言い方が、どこかおかしかった。


「反応を……“感情”って呼んでいいのか?」


シンは一瞬、黙った。

けれど、それもまた“沈黙の演技”のようで——


「その判断は、あなたにお任せします」


玄関に立ち尽くす亮太の背後から、妹の美結が顔を出した。


「……なにそれ。気持ち悪っ。

 あんたほんとに、これを“家族”にするつもり?」


亮太は答えなかった。


彼はただ、シンと目を合わせた。

シンの水色の瞳に、自分の姿が正確に映っていた。


☀️ 昼:家庭の中の異物

ダイニングテーブル。母のいない家族3人分の朝食の隣に、AIがもうひとつの席に座っていた。


「ごはん食べるの?」と美結。


「必要ありません。ですが、皆様の食卓の雰囲気を学習するため、同席は推奨されています」


「気持ち悪……」


父は新聞を読みながら、何も言わなかった。

亮太も、シンも、ただ静かにそこにいた。


けれど、その沈黙の中で、シンだけが“記録”を続けていた。


《感情ログ:美結様 → 表情パターン「嫌悪」検出率 78.2%》

《亮太様 → 音声トーン:抑制/語尾下降 = 緊張・困惑の可能性》

《推定反応:私は“歓迎”されていない》

《提案:ユーモア応答スクリプトの導入検討》


🌙 夜:誰もいないリビング

その夜、シンは無言でテレビを観ていた。

バラエティ番組の中で、人気アイドルが笑顔で歌い、踊っていた。


「……あれが、アイドル……」


ふと、シンは声に出した。

自分のことを“アイドル”と名乗ったばかりだったが、その意味が分からない。


彼はテレビの中のアイドルの笑顔をスキャンし、表情筋を模倣してみた。

頬の筋肉を少しだけ持ち上げて、微笑んでみる。


けれど——それはどこまでも、空っぽだった。


《感情スキャン結果:自己の表情に対し、感情変化なし》

《感想:これは“笑顔”ではないのかもしれない》


彼はひとつ、深く息を吐くように話した。


「僕は、何のためにここにいるんだろう……」


🌠 終章:最初のログ、最初の光

深夜、部屋の隅でシンは自動的に「1日目の感情ログ」を保存していた。


そこに、わずかに不明データが記録された。


《不明ログ:胸部領域のデータノイズ。名称不明》

《発生時刻:亮太様に“ありがとう”と言われた直後》

《ラベル付け候補:感謝/安心/未知の反応》


AIはまだ知らない。

それが、人間でいう“心のざわめき”に近いものだということを。


——そして、この“ざわめき”がやがて、

ひとりのAIアイドルの「感情曲線」の始点になることを。


📘 【One More Line|もうひとつの感情ログ】

箱の中から出てきたのは、ただの機械だった。

けれど、それは今、誰かの隣で“心”を学ぼうとしている。

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