第120話【ロイ】の猛牛討伐(2)
パフェルの先導で、もう見飽きた通路を何度か曲がると、突然視界が左右に拓けた。
ちょっとした広場には等間隔に柱が並び、紫色のたいまつの炎に照らされて濃い影を落としている。
その奥が祭壇のように一段高くなっていた。
「いた……」
ルビーがフルフェイスの兜の下から、くぐもった声を出す。
祭壇中央には、両刃の斧を持ったミノタウロスが片膝をついて静止していた。
もうお互い十分に視認できる距離に入っているが、こちらが舞台に上がるまで動くつもりは無いらしい。
「魔王シュシュが乗ってきたミノタウロスと比較するところからはじめようと思う。私とパフェルは観察に注力するから、攻撃誘発はロイさんに任せていいかな」
慎重で良い作戦だ、という賞賛を込めて強くうなずく。
「
「スモーカーさんはミノタウロスと戦ったことないと思うから、最初は一緒に動きの確認しよう」
「確かに、戦ったこと
スモーカーの返答に、パフェルが微かに眉を動かした。
パフェルに言われて気にしてみれば、確かにあいつ、前から言い回しがちょっと変なとこあるかもしれんなぁ。
具体的に何がって言われると、俺は思い出せないけど。
昨晩のパフェルの話はとどのつまり、パーティーを組むにあたって、今一つスモーカーを信用できないという内容だった。
今回スモーカーは、俺のツテで呼んだメンバーだったから、そう言われると「すんません」と謝るしかない。
そしてもう二度と、ルビーのパーティー招集にスモーカーは呼ばない。
俺がスモーカーと組みたければ、別のパーティーを探すだけだ。
冒険者の世界は、ただそれだけのシンプルでドライな掟で回っている。
ルビーのゴーサインで、俺を中央にミノタウロスを包囲するように配置につくと、牛の頭から起動音のような荒い鼻息が吐き出される。
「これがおまえさんの本来のサイズか? いっちょ力比べといこうぜ!」
脳天狙いの振り下ろし攻撃は、挨拶代わりだ。
片膝の姿勢のまま、ミノタウロスは斧の柄でそれを受け止めた。
押し合う力は巨大ミノタウロスと比べるまでもない、ワンチャンただの腕力勝負に持ち込めそうな感触もある。
ただ、反応速度はこっちの方が格段に早い。
素早く柄を引いて、押し返す間に立ち上がり、片手で斧を大旋回されると、一旦こちらも下がるしかない。
「このぐるぐるする振り回し、前のには無かったね!」
「体のサイズが小さい分、動作間の隙がありません、大技を入れたければ動きを止める必要があるかと」
声を飛ばし合うルビーとパフェルの後ろで、肩の後ろに槍を回してリラックスした姿勢のスモーカーが尋ねる。
「オレ、何しましょうかー?」
おま……そういう態度だから、パーティーに呼ばれなくなるんだぞ!
さらに俺がヘイトを維持したままチマチマと切ったり引いたりし、観察タイムが終了。
魔王戦の巨大ミノタウロスと同じ、物理攻撃主体のパワー型だと結論づけて、ルビーが討伐作戦を発表した。
「なるべく四方向から囲む陣形を維持して、手足中心にダメージ入れていこう。動きが鈍ったらアタシかロイさんがドンといく」
「かしこまりました」
「あっすー」
返答と同時に、全員が攻撃に転じる。
ルビーはジャンプからの上段攻撃を仕掛けがちだ。
最初はクセなのかと思っていたけど、ちゃんと理由がある。
竜刀【業火】の炎の輝きは、強くモンスターの視線を誘導するから、ルビーに上を攻撃されると、たいてい足元がお留守になる。
その隙をついてパフェルの短剣【狐火】が、地を這うような強烈な下段攻撃を入れやすい連携になっているのだ。
スモーカーは毎度武器を変えるけど、実は攻撃スタイルに強い一貫性があって、メンバーが誰も動いていない時に仕掛ける。
つまり、スモーカーがいると、パーティー戦で唯一の穴ともいえる攻撃の切れ目ができない。
これが極めて上級者の戦い方なのは、魔物だけじゃなく、パーティーメンバー全員の動きを把握しないとできないことだからだ。
誰も彼もが頭に血がのぼっている戦場で、自分に大きな攻撃チャンスが回ってきても、あえてそれを見送って、次に備えられる精神力は並大抵じゃない。
天井すれすれを走った炎に、牛の大頭がのけぞる。
足首に入った素早い連撃で、再び片膝をついたミノタウロスは、背後からの槍の一突きで両手まで床につけることになった。
倒れてもなお大斧を離さなかった毛むくじゃらの親指は、俺の大剣にあっさりと切り離されて壁際まで飛んだ。
「モォオオオオオ!」
血走った目をむいて、ミノタウロスが咆哮する。
「あー、戦いやすいわー」
思わず声が漏れた。
でも俺は「戦いやすい」と感じた瞬間から、そのパーティーと一旦距離を置くことを考える。
長く組むことで育まれる信頼より、油断や甘えのリスクがデカいと感じるから、俺は固定のパーティーの一員になれない。
パフェルはスモーカーを信用できないというけど、戦士が戦場で信じるべきは、究極的には自分ひとりだと思う。
普段使わない頭の領域をフル回転させながら戦ったせいで、なんか妙に疲れた。
「ルビー、とどめは譲るぜ!」
「はいっ……やあぁぁぁ!」
ルビーが気合の声と共に走り出す。
迷いの無い、無邪気な覇気が背中いっぱいに満ちているようだった。
紫色のたいまつを塗りつぶすように炎の赤が祭壇に広がり、収束した時には牛の首がゴロリと静かに落ちていた。
「今回は次の五層探索も目標なんだから、あんまりいっぱいは持ってけないよ?」
祭壇奥にすぐ発見された五層への階段をパフェルが調査してくれている間に、ミノタウロスの立派なツノをどうにかもぎ取れないか四苦八苦。
「分かってる、でも片角だけ……なんとか」
ツノっておでこにくっついてるんじゃないのかよー、どうやってももげないぞ。
やばい、パフェルが戻ってきてしまったので、慌てて「雑にドーン」方式でツノを切り離す。
せっかく黒光りしてるカッコイイ角だったのに、根本の方が砕けてしまって、泣く泣くザックにしまい込む。
「そんなにそのツノ欲しかったんですか?」
俺の奮闘を面白そうに見学していたスモーカーが尋ねてくる。
「きっとラフィーは冒険者試験に合格しただろうから、お祝いがてらオンジのお土産にしたくてさ。あ、オンジは知り合いの解体屋な」
小走りにこちらに向かってくるパフェルの方に顔を向けると、スゥっとあたりの気温が下がったような気がして、ちょっと肩をすくめた。
「確認して参りましたが、五層への下り階段が凍り付いていて非常に危険で……」
「ロイは解体屋と、知り合いか」
はりあげたパフェルの声に、スモーカーのぼそぼそ声が完全に重なって聞き取れなかった。
「すまん、聞こえなかった」
振り返ると、いつものつかみどころのないにこやかさでスモーカーは言う。
「いえ、大したことじゃないです」
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