探偵出雲の珍道中

松ノ枝

先生、どこかに頭を落としてしまいました

 先生、どこかに頭を落としてしまいました。

 そんな文から始まる手紙が私の営む探偵事務所に送られてきた。

 探偵事務所といっても事件解決に活躍したり、名推理で警察の役に立ったりするタイプの探偵はいない。いるのは日夜、探し物の依頼をこなす、平凡な探偵だ。

 今回の手紙は物を落としたので探してほしいという依頼、私が常日頃行っている得意分野と言ってもいい。

 「頭を落とした、か。ひとまず会いに行くか」

 手紙に書かれた電話番号に電話を掛け、依頼主に会いに行く。

 頭を落とした、この言葉を見たとき、私はまたかと思った。

 最近は機械式の頭が世界的に流行し、外に出れば機械の頭を持つ人をちょくちょく見かけるようになった。世界全体の割合としては一割にも満たないが、機械式頭部に置き換える人は年々増してきているらしい。こうしたものが普及すると同時に我が探偵事務所にもそれに関する依頼が増えた。今回もその類いだろう。

 しかし奇妙だとも思った。指や目を落としたという依頼は時折あるが、頭は初めてだったからだ。頭は機械式身体の中でも高価なので、位置情報が記録されている。その記録さえ辿れば見つけられようものだが、位置情報記録機能すらない旧式なのだろうか。

 そんなことを考えていると、依頼主の家に到着していた。

 「すみません、出雲探偵事務所の出雲です。アンドロメダ様のご自宅でお間違いないでしょうか」

 頭の無い相手に聞いても答えられないなと思い、別の手段を考えていると、インターフォンが微かに光を放つ。インターフォンに備え付けられた電光掲示板にどうぞ、お入りくださいと流れる。

 聞こえているのかと疑問に思ったが、後で考えることにし、依頼者の家に入った。

 家の中は四次元空間として構成されており、家全体が白で統一されている。外から見た感じより中は大きく、迷子になりそうだ。

 「お待ちしておりました。先生」

 依頼者の女性は軽くお辞儀をした。頭は当然無いが、他の機械式身体の依頼者とはどこか違って見えた。

 「依頼内容の詳細を聞かせていただきたく訪問しました」

 「ええ、リビングで話しましょう」

 彼女はそう言うと、突如周りの景色はリビングへと姿を変える。

 四次元空間の家はさほど珍しくも無い。その中でなら空間の移動くらいは朝飯前だ。とはいえ一言声を掛けてほしい。車酔いならぬワープ酔いだ。

 「さて、頭を落とされたということですがいつ落とされましたか」

 頭部はその値段ゆえに盗難や違法な売買が横行している。落とした時期が最近ならば見つけられるだろうが、一週間前やそれ以上だともう誰かが拾って売りに出しているかもしれない。

 「二日ほど前に」

 二日か、まだ探せば見つかるだろう。落とした場所が問題でなければだが。

 「その頃はどこか行かれていましたか?」

 「次元間旅行に行っていました」

 おいおい、冗談だろ。次元間旅行だと。これではどこに落としたか分かっても探す難易度は段違いだ。

 「どの次元まで行かれましたか」

 この質問は重大だ。三次元から上の次元は一次元違うだけでも空間的な広さは桁違いになる。

 次元は零次元から一次元になれば点は線になり、一次元から二次元になれば線は立体になる。次元が一つ増える。方向が一つ増えることなのだ。高次元になればなるほど空間の広がりは増す。今の私にとって次元は依頼達成の不安要素だ。

 せめて三次元に近くあってくれ。

 「確か、十次元までだったと思います」

 まずい。次元が高い。十次元に行けないわけではないし、その次元に頭を落としたというのは確定していない。とはいえ三次元よりは高い次元。これから探す手間を考えると気が遠くなりそうである。

 「そうですか‥、では落とされた頭を契約した会社の名前は何ですか?」

 おそらく位置情報すら記録していないだろうから、聞いても意味はなさそうだが、一縷の望みにかけてみたい。記録してくれているなら私の仕事は楽ではないにせよ、今の予想よりかはマシになるだろう。

 「いえ、落とした頭は契約していませんよ」

 契約していない?それは無い、頭が落ちたというならそれは機械の頭だったと考えるが自然だ。

 「契約していないとは?」

 考慮していなかった可能性が私の頭に浮上する。何も見えない海面に突如潜水艦が現れた

ように。

 「機械式の頭はあまり好かなくて。私が落としたのは生身の頭です」

 これは困った。次元間旅行だの、高次元だのと考えていたが、一番の悩みは落とし物自体とは。

 いったい何の冗談だ。よりにもよって生身の頭を落とすだなんて。


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