第12話 設計図

夜明け前のおじいちゃんの家を取り囲むように警察車両が停まっている。

地下室から脱出して柴田家に戻ってからすぐに警察を呼んだものの、家の中には誰の姿もなかった。


けれど誰かが侵入した形跡は残っていたので、私達は警察に何度も事情を聞かれるはめになっていた。

「そうするとその男は拳銃を持っていて、自分の娘を撃ったんですね?」

年配の男性刑事に質問されて私は頷く。


信じられないことが起きたことで、なんだかまだ頭には霧がかかっているような感じがする。

それでもこうして受け答えできているのは諒が寄り添ってくれていたからだ。

「わかりました。また後日詳しく話を聞かせてください」

私たちが解放されたのはもうすっかり夜が明けてしまってからだった。


☆☆☆


翌日はなにもやる気が起きなくて昼まで客室の布団に丸まっていた。

「真子、ハルを迎えに行こうと思うんだけど」

さすがにずっと引きこもって私を見かねたのか、諒がそんな提案をしてきた。

「でもハルは動かなくなっちゃったから」


ハルはタイムマシンを破壊するために自分自身を殺してしまった。

もともとおじいちゃんがそういうプログラムを組んでいたから仕方ないことだけれど、もう二度とハルと会話できないのだと思うと胸が苦しい。

「いいから。行ってみよう」

しつこく誘われて私はしぶしぶ布団の中から体を起こした。


昨日の騒ぎのせいで知らない間にあちこち筋肉痛になっていて、少し動きだけでも背中が痛む。

顔をしかめていると諒が笑って「緊張しっぱなしだったから体がやられたよな」と自分の首筋に手を当てた。

諒もあちこち傷んでいるみたいで、互いに目を見合わせて笑った。


笑顔を浮かべたことで少しだけ心が楽になり、諒と外出する気分になれた。

「愛ちゃんと連絡は?」

歩きながら質問されて私は自分のスマホに視線を落とした。

警察が去った後に何度かメッセージを入れたけれど返事はない。

電話も通じない状況だった。


「無事かどうかもわからないの」

「そっか」

諒も深刻そうな表情でうつむいてしまった。

今一番気がかりなのはやはり拳銃で撃たれた愛のことだった。

私をかばってくれた愛の姿が脳裏に焼き付いて離れない。


その愛もまた、現場から忽然と姿を消してしまっていた。

それこそ、全員でタイムマシンに乗って違う時代に行ってしまったのではないかと、勘ぐってしまいそうになる。

おじちゃんの家の周りの規制線は解除されて、今では一応出入りできるようになっていた。


割られた窓ガラスがそのままになっているから、後で直しておかなきゃと頭の中で考える。

諒と共に玄関から中に入り、地下室へとつながる廊下を歩く。

捜査のために地下室も調べてもらったから、今その扉は開けられたままになっていた。

「こんなところに地下室があったなんて、本当に知らなかった」

私はため息交じりに呟く。

生前のおじいちゃんのことをなにも知らなかったのだと何度も確認させられる出来事となった。


「そう気を落とさなくっていいと思う。俺なんて実の両親の顔すら知らない」

明るい声でそんなことを言われて私は苦笑いを浮かべた。

「そうだったね、ごめん」

「大丈夫だって。人間って以外と頑丈にできてるから、生きていけるもんだからさ」

諒はスルスルと地下への階段を下りていく。

私もその後に続いた。

地下室には相変わらずたくさんも研究機材があり、開け放たれた金庫と、バラバラに破壊されたタイムマシンの欠片が残されていた。

そしてその中央にハルが立っている。


「ハル、おはよう」

声をかけてみるけれど反応はない。

試しに右手を差し出してみるけれど、それにも応答しなかった。

完全に目の光を失っているハルに目の奥がジワリと熱くなてきて、慌てて上を向いて涙を押し込めた。

「ハルの電源はどこにあるんだろうな?

「わからないの。段ボールから出したときにも勝手に電源が入ったから」


諒とふたりでそれらしいものを探し、ハルの体に触れてみるけれどやっぱり反応はない。

「ハルと初めて会ったときはビックリしたよ。小さくて可愛いロボットが急に動き出したんだもん」

諒とふたりで地下室にあったまる椅子に座り、ハルの思い出話をする。

「そのときハルはちゃんと動いてた?」

「自己紹介はできてた。でも握手はできなかったよ。それからハルに片付けの手伝いをしてもらったんだけど、これがひどくってさぁ」


思い出すと今でもおかしくて笑えてくる。

ハルは食器類を片付けるのが壊滅的に苦手で、いくつも皿やグラスを割っていた。

「だけどコアが戻ってからはそんなドジっ子じゃなくなって、ロボットらしくなった」

「少しさみしかった?」

諒に聞かれて素直に頷く。

ドジっ子ハルも結構可愛かったから。


でも、迷惑をかけられていたから賢くなって随分安心したものだった。

そんなハルはもう動かないけれど。

ハルの目の前でいくら思い出話しをしてみたところで反応はない。

それが悲しくてまた涙が出てきてしまった。

こんどは我慢できそうになくて、ブワッと一気に溢れ出してくる。

視界が涙ににじみ、ハルの姿もにじんで歪んだ。

「ハルは私達を守ってくれたんだよね。ありがとう」

声が震えているのを隠すためにハルに近づき、抱きしめた。


その手触りは人間の皮膚みたいに柔らかい。

心地よさを感じてずっとこのままでいたいと思ったときだった。

一粒の涙がハルの頭に落ちた。

それがハルの顔へと流れていく。

そのときだった。

突然ハルの体がビクリと震えたのだ。


驚いて身を離し「ハル?」と話しかける。

するとハルの目に青い光が戻ってきたのだ。

「嘘だろ、どういうことだ?」

諒が驚いて椅子から立ち上がり、私の隣に立った。

「真子ちゃん、諒くん、こんにちは」

ハルが私達を認識し挨拶してくる。

「私達のことを覚えてるの!?」


驚きと嬉しさがないまぜになってまた泣きそうになってしまう。

「もちろん」

「でも、どうやって起動したんだ?」

諒が不思議がっているとハルが私を指差してきた。

「関係者に振れられることや、その体液で反応するよ」

「さっきスイッチを探したときには反応しなかったじゃん!」


「それは時間が来ていなかったから。タイムマシンを壊したあと一定期間置かないと、再起動できないからだよ」

ハルの説明に全身の力が抜けていく。

ハルは自分の身を守るために動きを止めるように設定されていたようだ。

元に愛の父親は壊れたロボットを相手してはいなかった。

「それならそうと、おじいちゃんも言っておいてくれればよかったのに」


ホッとため息を吐き出すと同時に憤りを感じる。

ハルが完全に止まってしまったと思ってどれだけ悲しかったか。

「おじいちゃんからの伝言は他にあるよ」

ハルはそう言ったあと壁に向いて立った。

灰色の壁の中に映像が流れ始める。

これはタイムマシンの話を聞いた時にも同じようなものを見せられたっけ。


ハルが記憶している、おじいちゃんの映像だ。

『やぁ、また会えたね。この映像を見ているということは無事にタイムマシンを破壊することができたようだね』

おじいちゃんの表情はすごく穏やかだ。

ここ残りだったことが解消されたような顔にこちらも嬉しくなる。

『妙なことに巻き込んで悪かったね。前川くんとも会ったかもしれない。危

険な目に遭っていなければいいけれど』

「十分危険な目にあわされたよ」

私は映像のおじいちゃんへ向けてふくれっ面をする。

人生において二度と経験できないだろうという経験をしてしまった。


『その前川くんなんだから、きっとワシのことを恨んでいただろうね。ワシが研究を奪ったと思っているかもしれない。でも、これには理由があるんだ。前川くんと共にタイムマシンの研究を進めていくうち、彼の目は欲望に満ちていった。過去に戻って憎い相手を殺すとか、ギャンブルで金持ちになるとか、そういう話ばかりをするようになったんだ。そんな前川くんを見てワシは危機感を覚えた。マイムマシンが完成したとき、彼のせいで歴史が大きく歪んでしまうと思ったんだ。ワシはそんなことのためにタイムマシンを発明したいんじゃない。悪用はしないと決めていた。だから、残念だけれど前川くんには研究を下りてもらったんだよ。本人はそうは思っていないだろうがね』


一気にそこまで話しておじちゃんは大きなため息を吐き出した。

『でも、タイムマシンは前川くんなしでは絶対に出来上がらなかった。だから、段ボール箱に彼の名前も入れておくことにしたよ』

おじちゃんの言葉を聞いて私は地下室の済に放り出されている大きな段ボールへと近づいた。

最初に目に入ったのはおじいちゃんのサインだ。

けれど段ボールをひっくり返してみるとそこにはMAEKAWAとローマ字で書かれているのがわかった。


おじいちゃんは決して愛の父親を裏切ったわけではなかったのだ。

『それから、ワシの作ったタイムマシンの設計図をここに残しておく。君ならきっと作り出すことができるだろう。そして今度こそ、楽しい未来のために役立ててほしい』


この言葉に振り向くと難しい数式がズラズラと壁に投影されている。

諒が目を見張り、それを食い入るように見つめていた。

私にはなにがなんだかわからないけれど、諒にならわかることかもしれない。

タイムマシン2号については諒に任せてもいいかもしれない。


おじいちゃんもきっと納得してくれる。

やがて映像は途切れて私はハルに近づいた。

「ハル、おかえり」

「ただいま、真子ちゃん」

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