第10話 プールへ
思わぬ来客があった翌日、いつもどおり朝食を食べていると柴田さんから「今日1日くらい休んだらどう?」と、提案された。
「真子ちゃん夏休みに入ってから全然遊んでないんじゃない? せっかく友達が来てるんだから、どこかに行ってみたらどう?」
確かにこの夏休みは片付けとハルのことでいっぱいで、まだどこにも遊びに出かけていない。
「っていってもこの辺じゃ遊ぶ所も限られているけれど、諒が案内するから」
急に話をふられた諒は目をパチクリさせたが、すぐに「それじゃ市民プールにでも行こうか」と、提案してくれた。
家から車で10分ほどの場所にこの町唯一のプールがあるみたいだ。
「それがいいわね。水着の貸し出しもしているし、友達の愛ちゃんも誘って行ってみたら?」
そこまで言われたら断る理由はなにもない。
私は頷いて「じゃあ、お言葉に甘えます」と、答えたのだった。
☆☆☆
3人でプールへ行っている間に柴田さんがハルを見てくれていることになっていたのだけれど、出かけるころになって柴田さんの友人から連絡が入り、急遽お茶をすることが決まった。
「ごめんねハルちゃんの面倒が見れなくて」
車で私達をプールに連れて行ってくれている間、柴田さんは本当に申し訳なさそうにしていた。
「本当は自分がハルと一緒にいたかったんだろ?」
「あら、バレちゃってた? でもお友達とのお茶も大事なのよぉ」
助手席に座る諒は呆れ顔だ。
「ハルは防水だから大丈夫です。少し珍しがられるかもしれませんけど」
そう答えてクルマのトランクへ視線を向ける。
ハルは小さなスペースでおとなしく座っている。
一応体の隠れる服を来て、麦わら帽子をかぶっているからパッと見ではロボットとわからないようにしている。
バレたときはバレたときだ。
ハルはそんなこととはつゆ知らず、さっきから左右に体を揺らして楽しそうに鼻歌を口ずさんでいるのだった。
☆☆☆
市民プールには沢山の子供たちが集まってきていて、この田舎のどこにこれほどの人がいたのかとビックリするくらい賑わっていた。
「これじゃハルがロボットだとは誰も気が付かなさそうだね」
バレる心配よりも、人混みにまぎれて迷子になってしまう心配のほうが大きそうだ。
その場で水着を借りた私達は水鉄砲を携えてプールに飛び込んだ。
この水鉄砲も受付でレンタルしたものだ。
他にも浮き輪やパラソルが貸し出されていたけれど、あまりに人が多いので邪魔にならないものを選んだ。
「ハルはそこから狙ってね」
防水加工とはいえ水に浸かることを懸念して、私はハルをプールサイドに立たせて水鉄砲を手渡した。
ハル対人間だ。
「水鉄砲、初めてだから楽しみ」
ハルは人間みたいな動きでスムーズにプールの水を水鉄砲に装着していく。
みんなの水鉄砲が水で満たされたのを合図にして合戦が始まった。
「いけ! 撃て!」
諒がマシンガンのような水鉄砲をハルへ向けて叫ぶ。
「きゃあ! 冷たい!」
さっそくハルからの襲撃を受けた愛が楽しそうな悲鳴をあげて水から顔をそむけた。
「ハル、それずるいって!」
さっきまで人間らしく動いていたハルが、今は俊敏な動きで水鉄砲を噴射している。
目にも止まらなう速さで水を再装着したかと思うと、諒からの攻撃を横に転がってよける。
避けた先ですぐに体制を立て直して水を浴びせてくる。
こんな動きに勝てるわけがない。
3対1で余裕だと思っていたけれど大間違いだったみたいだ。
ハルのせいで頭からすっかりスブ濡れだ。
「ちょっとタンマ、さすがに疲れたな」
諒が前髪をかきあげる。
水滴がパラパラと落ちてきて頬に滴る様子に心臓がドクンッとはねた。
同じ14歳だとは思えない色気を感じてすぐに視線をそらせた。
「真子、また顔真っ赤だよ?」
隣の愛に茶化すように言われても顔を上げることができなかった。
「ハル、少し休憩しよう」
諒に声をかけられているけれど、ハルは水鉄砲攻撃をやめようとしない。
しかもさっきから私ばかりを狙ってきている。
「ちょっとハル、聞いてるの?」
ハルは返事をせず、無心に水鉄砲を打ち続けている。
「ハル?」
なにか様子がおかしい。
そう思ったときだった。
水鉄砲を打つタイミングにリズムがあることに気がついたのだ。
ピュッ、ピューピューピュー、ピュ
ピュッピュッ
ピュ、ピュー、ピュッ、ピュー
ハルは無心で水鉄砲を打ち続ける。
私はその水に当たりながら呆然とハルを見つめていたのだった。
緊急アラーム
久しぶりにめいいっぱい遊んでしっかり日焼けもした夜。
私はグッスリと眠りについていた。
夢の中で私はハルと一緒にお風呂に入っていて、ハルは水鉄砲を使ってこちらにお湯を駆けている。
『ちょっと、やめてよハル』
最初は一緒にはしゃいで楽しんでいたけれど、すぐに水鉄砲にリズムがついていることに気がついた。
ピュッ、ピューピューピュー、ピュ
ピュッピュッ
ピュ、ピュー、ピュッ、ピュー
昼間と同じリズムを繰り返すハル。
『ねぇ、それってモールス信号?』
私がそう質問したとき、急に目の前のハルの目がチカチカと点滅しはじめた。
そしてピーッピーッと甲高い音が鳴り響く。
驚いて飛び起きた時、隣にいるハルが夢の中と同じ音を鳴らしていた。
「ハルどうしたの?」
「緊急事態発生、緊急事態発生。大切なものに誰かが接近中。緊急事態発生、緊急事態発生。大切なものに誰かが接近中」
ハルの大きな声で鼓膜が破れてしまいそうだ。
私は咄嗟に自分の両耳を塞いだ。
「ハル、わかったから止めて!」
それでもハルは止まらない。
「緊急事態発生、緊急事態発生。大切なものに誰かが接近中。緊急事態発生、緊急事態発生。大切なものに誰かが接近中」
「どうした!?」
ハルの騒音に起こされたらしい諒がかけつけてきた。
「わからないの。急にこんな風になって」
「ハル、大丈夫か?」
諒がハルの様子を見ているが変わらない。
「笠原のじいちゃんの家に誰かいるのかも」
「こんな時間に?」
窓の外はまだ真っ暗だ。
「タイムマシンを狙ってるやつかもしれない。すぐに行こう」
諒の言葉をようやく理解したかのように、ハルは静かになったのだった。
☆☆☆
幸いあの騒音でも柴田さんは起き出していなかったので、私と諒はこっそり家を抜け出すことができた。
静かになったハルはひとまず留守番だ。
相手がタイムマシンを狙っている連中だとすれば、ハルの存在も知られないほうがいい。
夜中だと言っても外はまだムッとする暑さが残ってた。
少し走るだけで汗がじっとりと滲んでくる。
「車が止まってる」
おじいちゃんの家の門は開いていて、中に見覚えのない黒い車が止まっていることに気がついて呟いた。
「誰かがいることには間違いないな」
諒が家から持ってきた木刀を両手でキツク握りしめた。
家族旅行で京都へ行った時に購入したものらしく、店名の焼印が入ったものだ。
「玄関の鍵はちゃんとかけてあったよな?」
「もちろんだよ」
いくら田舎でも鍵を開けっ放しにはしていない。
そのときだった、日本庭園の奥からパリンと何かが割れる音が聞こえて来て身をすくめた。
「家の中に侵入されたかもしれない」
とはいえ、月明かりだけではその様子はわからない。
警察に通報したほうがいいと思ってから、慌てて出てきたためスマホを家に忘れてきてしまったことに気がついた。
「諒、一度家に戻ったほうがいいかも」
諒の服をひっぱってそう言ったとき、家の奥から女の子の泣き声が聞こえてきて自分の耳を疑った。
「この声って……」
悲しげな嗚咽を漏らすその声は愛のものにそっくりで困惑する。
どうして愛がここにいるのか。
どうしておじいちゃんの家に勝手に侵入してそして泣いているのか。
疑問が次々と浮かんでくるけれど、体が勝手に動いていた。
足早に日本庭園の奥へと向かうと割られた窓が見えた。
それは大きな窓で身を縮めたりしなくても出入りができる。
「ここからは俺が先に行く」
諒が木刀を構え直して私の前に立ち、窓の中へと入っていく。
室内は薄暗くて、暗闇が体にまとわりついてくるような恐怖が湧き上がってくる。
月明かりがなければ一寸先だって見えていなかっただろう。
靴で窓ガラスの破片を踏みつけてパリパリと音が鳴る。
その音に身をすくめて息を殺した。
近くに人の気配はなく、愛の泣き声も聞こえてこなくなっている。
なにかにおびき出されてここまで来てしまったような感覚に囚われて、足がすくんだ。
「大丈夫か?」
諒が振り向いて声をかけてくれなければ前に進むこともできなかっただろう。
入ってきた場所から廊下へ通じるドアを開けると、とたんに呼吸を感じた。
こちらの気配に気がついた誰かが廊下の先で振り向くのがわかる。
諒が木刀を構える中私は手探りで廊下の電気のスイッチを入れた。
「愛!?」
廊下の先に佇んでいる愛の姿に驚き、声をあげる。
「真子……真子ごめんね。こんなことになるなんて思わなくて」
愛の声は震え、その目には涙が滲んでいる。
「愛、どうしてここに?」
愛にはおじいちゃんの家まで教えていないはずなのに、どうして?
そう質問を続けようとしたけれど、愛の後から3人の人影が現れて言葉を切った。
黒ずくめのスーツをした三人の男だちだ。
そのうちの一人は愛とよく似た目元をしている。
「やぁ、はじめまして。愛の父親だよ」
男が愛の肩に手を置いてにっこりと笑う。
けれど目元だけは笑っていなくて冷たさを感じ、私と諒は同時に後退りをした。
「まさか笠原さんの孫と私の娘が友達同士だったなんてね。笠原さんも教えてくれないなんて、ヤボな話だなぁ」
ハハハッと乾いた笑い声が廊下に響く。
「おじいちゃんの知り合いなんですか?」
「あぁそうとも。暮らしている場所は違えどロボット研究者同士仲良くしていたよ」
「愛のお父さんはロボット研究者なの?」
そんなこと1度も聞いたことがなかった。
愛は泣きながら「ごめんなさい」と繰り返している。
「愛はなにも悪くない。私が口止めをしていたからね」
「どうしてそんなことを?」
「すべては自分の研究のためさ。私は笠原さんを尊敬していた。だから共にタイムマシンを作ろうと約束していたんだ。それなのに……あのじいさんはすべてを独り占めして、そしてさっさと死んじまったんだ!!」
途端に語尾を荒げて叫ぶ男にビクリと体が跳ねた。
愛も男の隣で怯えきってしまっている。
「私はいつかタイムマシンをこの手にすることを夢みていた。そして今その希望が叶うかもしれないんだよ」
「で、でも、タイムシンの有りかは暗号によって隠されてる!」
諒が男を睨みつけて叫んだ。
そうだ。
暗号がわからなければタイムマシンの有りかはわからない。
そう安心しかけたときだった。
私は昨日、愛にハルが暗号を呟いているときの動画を送ってしまったことを思い出したのだ。
「まさか愛、あの動画を見せたの!?」
「し、知らなかったの! タイムマシンとか、そのための暗号だなんて! ただ私はお父さんに言われるままここにきてて……だからっ」
うぅっとうめき声を上げてその後は言葉にならず、泣き崩れてしまった。
「君から愛にロボットの写真が送られてきた時、まさかと思ったんだ。ロボット研究者は他にも沢山いるからね。だけど僅かな期待にかけて愛に君とのやりとりを続けさせたんだ。そうしたら暗号までこちらの手に入ったよ」
くっくと笑い、後に控えている男へ視線を向ける。
後に立つ男の内1人がいつの間にか軽量タイプのノートパソコンを取り出して、なにやら打ち込んでいる。
「おかげで暗号の半分は解けているんだ。残るはもう少し――」
「すべての暗号がわかりました。ちょっとした子供騙しですね」
男の言葉にサッと血の気が引いていくのを感じた。
「そんなの嘘だ。あの暗号はなぜか海の中を指していたし、そう簡単に解けるものじゃない!」
諒の言葉に愛のお父さんが以外そうな表情を浮かべた。
「おや、君たちも最初の数字が座標だと気がついたみたいだね。でも残念だ。海の中というのはじいちゃんのフェイクだよ。実際にはあれは以前庭にあった大きな池を指している。水繋がりでね」
私は思わず口に手を当てていた。
祖父との思い出の中に確かに大きな池があった。
そこでは祖母が金魚を飼っていたと言っていたんだ!
「そして残りの暗号も今解けた」
「Sは方角を指しています。この場合は南です。そしてローマ字と矢印はスマホを入力するときの指の動作を指しています。《ma→wa→ta↓ra↑》つまり、メートル。そしてこれの前に3がつくので、3メートルとなります」
「なるほど。確かに子供だましな暗号だ。君たちも時間があれば解けたんじゃないかい?」
「で、でもそれだけじゃなんの意味かわからないでしょう?」
苦し紛れに叫ぶ。
これだけ暗号が解けていればもうタイムマシンの有りかはバレているようなものだ。
「そう思うかい? 残念ながら、ついさっき面白いものを発見しているんだ」
男はそう言うと大きく一歩近づいてきた。
慌てて後へ下がるが、すぐにドアに背中が当たってしまった。
いざとなれば入った窓から外へ逃げるしかない。
しかし男はそれ以上足を進めることなく、廊下の床板に触れていた。
「ここは家の南側。そして日本庭園の池があったすぐ近く。のこり3メートルの意味は……これだ!!」
男が木板の一枚に指をかけて上に持ち上げた。
それはギィイときしむ音を立てて人一人が入れるほどの入り口になっていたのだ。
地下の淀んだ空気が舞い上がってきて肌に絡みつく。
「なにこれ……」
「地下室さ。これだけ広い家だ。地下室もさぞかし広いことだろうね」
男はゆうゆうと答えて私と諒を交互に見つめた。
「君たちも一緒に来るといい。あのじじぃと私の研究を見せてやろう」
☆☆☆
逃げ出して警察へ駆け込むなり、柴田さんを叩き起こすなりすればよかった。
だけど私と諒は黒服の男ふたりに捕まってしまって、強制的に地下室へと下りてきていた。
諒が持っていた木刀は役目を果たすまもなく、取り上げられてしまった。
相手の方に愛がいるから、下手な行動もとれない。
コンクリートで固められたその部屋は屋敷と同じほどの広さがあり、大きなモニターや研究に使用されていたらしい機材がところ狭しと置かれている。
家の中とは違ってこちらは誰も出入りしていないようで、歩くとホコリの上に足跡がついていった。
「さて、ここから先は簡単だな」
グルリと地下室を見回した愛の父親が呟く。
沢山の機材や資料の中に、ひときわ目立つ金庫が置かれているのだ。
その金庫は大人ひとりが余裕で入れるくらいの大きさをしている。
私と諒は両脇を黒服の男に挟まれながら金庫の前まで移動してきた。
「お父さんもうやめて。タイムマシンなんて、もういいでしょう?」
最後尾についてきた愛が泣きながら懇願するが、愛の父親は冷たい目で自分の娘を見つめた。
「これがお父さんのすべてなんだ。娘のお前にだって邪魔はさせない」
その言葉に愛の顔色が悪くなっていく。
自分の娘よりも研究のほうが大切だと言われたようなものだからだ。
「そんな言い方ないでしょう!? 愛が可愛そうだと思わないの!?」
思わず叫んでしまう。
久しぶりにイライラとした感情が湧き上がってきて、愛の父親を睨みつけた。
「威勢のいいお嬢さんだね。でもここの暗証番号を知らないのであれば、もう不要な存在だ」
愛の父親の言葉を合図にして、黒服の男ふたりがスーツの下から拳銃を撮り出して私と諒へ向けた。
真っ暗な銃口がこちらを向いていて、今にも火を吹きそうだ。
「やめて!!」
愛が叫ぶが、その声は届かない。
この男たちは自分の目的のためならどんなことでもするんだ。
たとえ、殺人でも。
「真子、暗証番号を知らないのか?」
「わかんないよ!!」
諒に聞かれて首を左右にふる。
いつの間にか流れ出していた汗が床に落ちていく。
そのときだった。
プールでの出来事を思い出していた。
一定のリズムで水鉄砲を噴射していたハル。
ピュッ、ピューピューピュー、ピュ
ピュッピュッ
ピュ、ピュー、ピュッ、ピュー
夢の中にも出てきそのリズムを指先で刻んでみる。
そして昔面白半分で習ったモールス信号に当てはめてみる。
「お前、なにか知ってるな?」
途中で声をかけられて考えが白紙へと戻ってしまった。
顔をあげると目の前に愛の父親が立っていた。
その目はランランと輝き、獲物を目の前にした野獣のようにみえた。
今にも牙を向いて噛みつかれてしまいそうだ。
「なにを知っている?」
「……なにも知らない」
「嘘をつけ!」
間近で怒鳴られて体が震えた。
下唇を噛み締めてグッとこらえる。
そしてまた脳裏で冷静に考えた。
ピュッ、ピューピューピュー、ピュ
ピュッピュッ
ピュ、ピュー、ピュッ、ピュー
ひとつずつ、日本語に変換する。
最初の文字は『ぜ』。
次の文字は……。
「大切なものを守るのが。私の役目」
その声にハッとして全員が地下への入り口へ視線を向けていた。
そこに立っていたのはハルだったのだ。
「ハル、どうしてここに!?」
すぐに駆け出したかったけれど、拳銃を向けられているので動くこともできない。
「ほぅ、これがハルか。じじぃが作りそうなおもちゃだな」
愛の父親が小馬鹿にしたように笑う。
「大切なものを守る。四角い箱」
ハルの一言に私は壁の落書きを思い出していた。
あのときハルにはまだコアが戻っていなかった。
それでもこの金庫の記憶だけはしっかりと残っていたから、あんな落書きをしたのだと今更理解するなんて!
「そうだな。お前ならきっと金庫の暗証番号もわかってるんだろうな」
愛の父親がハルに近づいていく。
「ハルに近づかないで!」
ハルはおじちゃんとの約束を守り、ずっとこの家を守ってきてくれた。
そんなハルを傷つけられたくはなかった。
咄嗟に駆け出し、ハルの前に立ちはだかった。
拳銃を持っていた男が銃口を真上に上げて引き金を引く。
バンッと耳をつんざく音が響き渡って思わず身を屈めた。
天井からパラパラとコンクリートの欠片が落ちてくる。
「下手に動くと今度は殺す」
男の感情のない声が全身を凍りつかせた。
銃口が再びこちらへ向けられるとそこから硝煙が立ち上っているのが見えた。
私はゴクリと唾を飲み込んで必死に呼吸を繰り返す。
目の前で起こっている出来事が信じられずに今にも倒れてしまいそうだ。
「さぁハル。暗証番号を言うんだ」
愛の父親に命令されてハルが私の横に並んだ。
「ダメだよハル、言わないで」
「耳を貸すな。言え!!」
「暗証番号は……」
「ハルダメ!」
「0606」
ハルの言葉を引き金にして愛の父親が金庫へと走る。
私は呆然としてそれを見つめていた。
「どうしてハル! タイムマシンを守るためにここにいたんじゃないの!?」
「大切なものを守る。それが私の役目」
ハルが少し顔を上げてこちらを見て、言葉を続けた。
「真子ちゃんも諒くんも、愛ちゃんも大切だから私が守る」
ハルに名前を呼ばれた愛がしゃくりあげた。
私達を守るために、暗証番号をざわと伝えた?
そう気がついたとき、金庫が重たい動作で左右に開いていた。
中には大きな段ボール箱が入れられていて、側面にはおじいちゃんのサインが入っている。
それは間違いなく、私のおじいいちゃんの発明品だった。
「これが夢に見ていたタイムマシン! これさえあれば、過去に戻ってどんなことでもできる!!」
愛の父親が歓喜の声を上げ、男たちと共に段ボールをヒックリ返した。
中から出てきたのは段ボールよりも一回り小さな長方形の入れ物だった。
しゃがみ込めば大人の男性でも入ることはできそうだ。
だけどこれがタイムマシンだと言われても誰にもわからないだろう。
いぶかしく思っていると愛の父親がニヤついた笑みをこちらへ向けた。
「タイムマシンに見えなくて驚いているだろうな。でもこれは当初私とじじぃとで考えていた通りの形だ。外見ではわからないように作ったんだ」
愛の父親はそう言うと愛おしそうに箱の側面をなでた。
すると箱がそれに反応して光始めたのだ。
「扉の開き方も私達が考えた通りにしたんだな」
愛の父親がそう呟いたとき、長方形の一面が音もなく横へスライドしていたのだ。
中には日付や時間を表示するためのモニターと、小さな椅子が設置されているだけだった。
「まだ信じられない様子だな。今この成果を見せてやる。タイムマシンが完成する前に戻って、私達の研究を独り占めしたお前のじじぃを殺してきてやる! これでタイムマシンは私ひとりの研究によって作り出された未来になるんだ!」
「おじいちゃんを殺すなんて、そんなことやめて!!」
「なにをそんなに焦ってるんだ? あのじじぃには会いに来てもいなかったんだろう?」
そう言われて言葉に詰まった。
愛の父親の言う通り、私は長い間おじいちゃんに会いに来ていなかった。
今更なにを言っているのかと思われても仕方ないかもしれない。
「確かに私はおじいちゃんに会ってなかった。それでもおじいちゃんの孫だから、止めなきゃいけないの!」
叫び声を上げて拳銃を持った男を押しのける。
愛の父親が鼻でフンッと笑うとそれより先にタイムマシンに乗り込んでいた。
「それは残念だな」
「やめて!!」
叫び声も虚しく、タイムマシンの扉は閉められたのだった。
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