第5話 投影する
諒がメモリーカードをハルに手渡すと、ハルは自らそれを自分の側頭部にあてがった。
隠された差込口が開き、その中にメモリーカードを挿入する。
「ねぇ、コアがもとに戻ったらハルはどうなると思う?」
「今のドジっ子とはおさらばする。高度なロボになるはずだ」
物を壊したり、ドアから出て元に戻れなくなったりする心配はないわけだ。
だけど高度なハルなんて想像ができなくて困惑する。
「ちょっと、待って」
データを読み込もうとしているハルに声をかけるけれど、一歩遅かった。
ハルの青い目がチカチカと点滅して読み取りを開始してしまった。
「どうした? ドジっ子ハルに会えなくなるのが寂しい?」
諒に本心を見透かされてムッとしてしまう。
「そんなことないし」
と、口を尖らせて反論する。
ドジなハルには迷惑していたけれど、その分可愛くもあった。
そんなハルとはもう会えないのだと思うと少しさみしい。
「読み取りを完了しました」
ハルが今までとは違いスムーズな口調で説明した。
その声もこころなしか凛としているような気がする。
「よし、いいぞハル」
諒がハルに一歩近づいたそのときだった。
ハルが後を向いたかと思うと目から光線を出し、壁に光が当たったのだ。
その光の中にはこの部屋が映し出されている。
「これ、写真か?」
諒が呟いたとき、光の部屋の中の右手からおじいちゃんが姿を現した。
「これは動画みたい」
あのメモリーカードに保存されていたみたいだ。
ハルに読み込ませることで、自動再生されるように設定されていたらしい。
《やぁ、こんにちは》
生前の祖父がパソコンデスクの前に座ってこちらへ呼びかけてくる。
その姿に不意に涙が出そうになった。
おじいちゃんとはもう何年も会っていなかったのに、懐かしさがこみ上げてくる。
《君が誰かワシには見えないが、これを見つけてくれて感謝する》
白いあごひげを蓄えたおじいちゃんはまるでサンタクロースみたいだ。
けれどその表情は険しくて、こらから話すことが楽しい内容ではないことを予感させた。
《ワシはもうすぐ病気で死ぬ。もう十分生きて、未練はなにもない。でもひとつだけ、これを見つけた人に託したいことがある》
おじいちゃんの映像はとても鮮明で、手を伸ばしたら触れられるんじゃないかと錯覚してしまいそうになるほどだ。
《ワシはずっとロボットの研究を続けてきた。それと同時に時間の研究もしていた》
「時間の研究? 諒聞いたことはある?」
「いや、ないよ」
諒が首を左右に振る。
《いつかタイムマシンを作ってみたい。そう思っていたんだ。そしてそれはついに完成した。過去や未来の旅行を楽しむことができると思っていた。でも、それがそもそもの間違いだったんだ》
おじいちゃんが大きくため息を吐き出してモニターへ視線を向けた。
映像の中のモニターにも難しそうな文字の羅列が映し出されている。
《ワシの作ったタイムマシーンを狙うヤツが出てきた。だから、タイムマシーンはどこにも発表することなく、隠す他なくなってしまったんだ。このデータを発見したお前なら、きっとタイムマシーンの有りかを探し出すこともできるだろう。でもそれは決して使うべきじゃない。すぐに壊す必要がある。タイムシーンを破壊できるのはただひとり……ハルだけだ》
その言葉に私と諒は同時にハルの後ろ姿を見つめた。
ハルにそんな大きな役目があるなんて思ってもいなかった。
《ハルはタイムマシーンを守ることと、破壊することのためだけにワシが作った。ハルは使命を果たしたとき、その動きを生涯止めることになる》
それからもおじいちゃんはなにか言っていたけれど、重要な箇所はそれだけだった。
やがて映像は途切れ、ハルがこちらを振り向いた。
大きな青い目がこちらを見つめ、そして不思議そうに小首をかしげている。
「タイムマシーンなんて、本当だと思う?」
十分に時間を置いてから私は諒に質問した。
諒は首を左右に振って「さすがにそんなものは作れないんじゃないかな。過去や未来を旅行するなんて、ちょっと考えられないよ」とため息まじりにこぼす。
私も同じ意見だった。
おじいちゃんがどれだけ優秀なロボット博士でも、タイムマシーンなんてものは荒唐無稽すぎる。
「ハルはなにか知らないか?」
諒が質問するとハルが首を真っ直ぐに戻して諒を見つめた。
「37.523314,136.80876、S、3ma→wa→ta↓ra↑」
「なんだ?」
「私は守ります。大切なものです」
ハルがスッと胸を張ったように見えた。
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