第四幕:地獄の三段ティーセット

 その夜。羽瑠の家。


 リビングのソファに、羽瑠は固まっていた。


 白いカーテン。ローズ柄のクッション。

 そしてテーブルには、三段のアフタヌーンティースタンド。

 サンドイッチ。スコーン。小さな焼き菓子。

 見た目は、完璧だった。


 問題は、その光景の中心にいる三人の格好だった。


 左端――黒ロリに身を包んだ乙羽。

 クラシカルなレースのハイネック。カチューシャ。もこもこ黒ルームシューズ。


 右端――甘ロリ姿の羽瑠の母。

 淡いピンクのジャンパースカートにボンネット。ティーカップを持つ手が妙に優雅。


 そして、真ん中――クラロリを着せられた羽瑠。


 薄いグレー地に白レース。スカートは控えめな広がり。

 胸元にはリボン。袖はふんわり膨らんでいて、動くたびにレースが揺れる。


 羽瑠は、完全にフリーズしていた。


「……え、え、えっと……」


 唯一まともな音声は、ティーカップの“カチャ”という接地音だけ。


「今日は本当に、よく頑張ったわね羽瑠。延長戦、惜しかったわ」


 羽瑠ママが、自然体で微笑む。

 そのピンクのリボンが揺れるたび、羽瑠の脳内では警報が鳴り響いていた。


「そ、そうですね……私も、最後の踏み込み、ちょっと冷や冷やしました」


 乙羽は、スコーンにナイフを入れながら、優雅に相槌を打つ。

 話題が完全に剣道の戦術論なのに、見た目はまるで英国令嬢の社交場。


「でも乙羽さん、本当にありがとう。あなたが処置してくれなかったら、羽瑠、あそこまで動けてなかったと思うの」


「いえいえ。私にできる範囲のことをしただけです」


 乙羽が、にこっと笑う。


 そのやり取りを真ん中で聞いていた羽瑠は――

 口を開こうとして、何も言えず、紅茶に口をつけかけて手が震え――


 フリーズ。


(なんで私、クラロリ着てアフタヌーンティーしてるの!?!?)


 内心の絶叫をよそに、外見は完璧な“お嬢様”。


 あの帰り道の感動はどこへやら。

 気づけば、足首の包帯もレース付きの白ソックスに包まれていた。


「おかわりは?」


「……ッいらない……いらな……」


 震えながら返すその姿を見て、乙羽とママは顔を見合わせ――


「「かわいい……」」


 息を合わせたように呟く。


 そして羽瑠は、ついにテーブルに顔を伏せた。


「もう……殺してくれ……」


 ソファの中央でフリーズしたままの羽瑠は、消え入りそうな声で呟いた。


「……け、剣道をたてに、ロリータはしないって、言ってたのに……

 お礼はしなきゃって思ってたけど……この空間、いったい……」


 クラロリの袖口に隠すように拳を握る。

 小さな反抗。それでも、羽瑠にとっては精一杯だった。


 すると、向かいに座る乙羽がティーカップを置きながら、まるで当然のように言った。


「え? そんなこと言ったっけ?」


「なっ……!」


 羽瑠の顔が真っ赤に染まる。


「言ったし! 言ったよ! “剣道を穢すようなことはしない”って!」


「あー……言ったね、ごめんごめん」


 ぺこりと謝りながらも、乙羽はまったく悪びれていない。

 むしろ、顔はにこにこと緩んでいた。


「でも違うよ、羽瑠。剣道は羽瑠の大切なもの。

 “たてになんかしない”って言ったのは、本当だよ」


 羽瑠が少しだけ、口を閉じる。


 乙羽は、にこりと笑って――


「でも、ここはおうち。プライベート空間。でしょ?」


 そう言いながら、さりげなく羽瑠ママに視線を送る。


 羽瑠ママは、お上品にスコーンを手に取りながら、


「――だもんねぇ」と、可愛らしく返した。


「……剣道七段なのにっ……!」


 思わずテーブルに突っ伏しそうになる羽瑠。


 もう何を言っても無駄な気がした。


 諦めたように息をついて、ケーキスタンドの中段からクッキーをひとつ手に取る。

 控えめにかじって、口元にほろりと笑みが浮かぶ。


「……おいしい……」


 乙羽が、頷きながらしみじみと口にした。


「かわいいねぇ……」


「か、かわいくないっ! お菓子に罪はないの! ……それに服も……服も……」


 視線をそらしながら、羽瑠はぽつりと呟いた。


「……最近、悪くないかなぁって……思えて……」


 乙羽と羽瑠ママは、そろってニヤニヤ。


 その顔を見た羽瑠は、すぐに両手をバッと広げて慌てて叫んだ。


「ち、ちがうから! ちがうからね! たまに! たまになら着てあげてもいいってだけでっ……!」


 その言葉を聞いた乙羽は、ニヤニヤをさらに加速させた。

 そして、手元のスマホを操作する。


 ぽちっ。


 「……たまになら着てあげてもいいってだけで」


 羽瑠自身の声が、スマホのスピーカーから流れた。


「う、うわあああああっ!?!?」


 椅子から転げ落ちそうになる羽瑠。


 すかさず、羽瑠ママが微笑んで言った。


「まあ、それなら今度、三人でお買い物に行きましょうね。自慢の服装で!」


「賛成〜!」と乙羽。


 盛り上がる2人を、呆然と見つめる羽瑠。


「ち、ちがうから! ちがうんだから! 本当に“たまに”だからあああっ!!」


 その声が、紅茶と焼き菓子の香りに混じって、リビングに響いた。

 

 (おわり)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る