■第三幕:鏡の中の私と、あの扉の向こう
玄関の扉が閉まった瞬間、羽瑠は白ロリ姿のまま、まっすぐ階段を駆け上がった。
スカートがふわりと浮き、背中の熊リュックが揺れる。
走るたびにパニエが膨らみ、ステップごとに自尊心が削れていく。
(だめだ、だれにも……家族にも絶対、見られちゃ……!)
廊下の角を曲がる。声がしないことを確認してから、全力で自室のドアを開け――
「ただいまぁっ……ッ!」
即閉めた。鍵をかけた。
床に熊リュックを投げ出して、どさっとベッドに倒れ込む。
「うぅ……終わった……全部、終わった……」
白いブラウスの袖が視界に入り、さらに恥ずかしさがこみ上げる。
ベッドの上、フリフリのスカートが無造作に広がっていた。
しばらく無言で転がっていた羽瑠は、やがてゆっくりと起き上がり、小さく呟いた。
「……こんな服、すぐ脱いでやる……」
言ったはいいが、動けなかった。
腕を動かすたびにレースが擦れ、スカートがふわりと広がるたびに、服の軽さが肌を包む。
胸元に指を当て、ボタンに触れる。
けれど――なぜか、留め具に力が入らない。
(……変だ。こんな服、嫌なはずなのに)
視線が横の姿見に吸い寄せられる。
いつも稽古前に袴の乱れを直すために使う鏡。
その中にいたのは――
“羽瑠が想像する、完璧な美少女”だった。
つやのあるブラウスの胸元。小さなリボン。広がったスカート。
そして、細くて長い手足。すらりとした首元。
ほんのり頬に差した紅は――たぶん、乙羽がどこかで塗ったんだろう。
「…………うそ、でしょ」
羽瑠はゆっくりと、手をあげる。
ふわふわの袖口を頬に寄せる。
そして――
「……こ、こういうポーズ、とか?」
鏡の中で、自分が顔の横で手を組んで、かすかにかしげた。
「いや、これは……乙羽が……勝手に……」
言い訳するように呟きながら、つま先を揃えて内股に立ち、もうひとつポーズをとる。
「う……うわ、やば。なにこの、……たのしい……?」
気づけば、羽瑠は夢中になっていた。
指先を頬にあてたり、スカートの裾を摘んでひらりと回してみたり、両手を腰に当てて小さくジャンプしてみたり。
「きゃっ……わ、わたし、なにやって……っ!」
ポーズを止めた時には、息が少しあがっていた。
笑っていた。自分でも驚くほど。
「……ばっかみたい……なにが、殺してくれ、だよ……」
羽瑠はようやく、現実に戻ろうと鏡から視線を外し――そして、気づいた。
部屋の扉が、わずかに開いていた。
「――え?」
動けなかった。
心臓が跳ねた。
扉の隙間から、小さな赤い光が漏れている。
(……嘘、でしょ……)
手が震えながら扉に近づき、そっと開ける。
そこには――乙羽と、そして、母親がいた。
乙羽はスマホを持ってにやにやと笑い、
母親は「ふふっ」と微笑んでいた。
「…………なっ」
声が出ない。口がわなわなと動く。
「な、なにを……っ」
やっとのことで、喉から絞り出した言葉。
涙が浮かぶ。恥ずかしさで、頭が割れそうだった。
「可愛いから、撮ってたの」
乙羽は当然のように言った。
母親は腕を組みながら、うんうんと頷く。
「これはもう、成長記録でしょ。アルバムに入れなきゃね〜」
「入れるなああああああああああっっっ!!!」
絶叫しながら羽瑠は突進した。
だが――
「ふにゃっ」
乙羽に、見事な背負い投げからの抑え込みで組み伏せられる。
「は、放せっ、ころせっ! もう殺せっ! すぐ殺せっ! いま殺してっっ!!」
「そんなに暴れたら……」
乙羽が、そっと羽瑠の唇に指を当てた。
「――可愛い服が、台無し」
「………………ッ!!!」
羽瑠は、顔を真っ赤にしながら――涙目で、動けなくなった。
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