アクトヒーロー

高倉アツシ

第1話 熱鉄のヒーロー

 動画に映っていたのは、銃を構えた3人の銀行強盗と、1人の青年だった。

 腕を撃たれて血を流す青年が、強盗の1人に近づくなと叫ばれた後、叫びながら強盗たちに向かって走り出す。

『それでも……ヒーローは前に進むもんだろっ!』

 1億回以上再生されたその動画は、現在のヒーロー活動活発化の契機となった。

 青年は銃で撃たれながらも強盗の2人を殴り倒し、1人を羽交い締めにしてるところで警察の機動隊が銀行に流れ込んできて、動画は終了する。


 何度も何度も何度も。

 繰り返し見て、観て、魅た動画だ。


 少年に憧れと夢を、少女に笑顔と希望を。

 オレの理想のヒーローの動画だ。


 そんな動画をスマホで見ながら、目の前で倒れている男を蹴って転がす。

 名前は忘れたが、現在のヒーロー戦国時代において自身もそうあらんと無謀にも挑戦し、そして失敗した男の末路だった。

 名前は忘れたが、動画配信者としてはそこそこの知名度があり、ヒーロー名を名乗り始めたときも動画再生回数は100万回を超えたらしい。

 この程度の【ニセモノ】が、だ。


 オレはオレの憧れを貶めるモノを許さない。

 ヒーローは本当にカッコよくて、常に前に進み続けなければならない!

 だから、オレは敵前逃亡したこの男をぶちのめして張り紙を貼った。


『敵前逃亡はヒーローにあらず』


 そうして、オレは最高のヒーローの動画を見ながら真のヒーローを待っていたわけだが……。


 現れたヒーローを見て溜め息を零す。

「現着一番乗りはお前か、禅堂ぜんどうナガラ。期待外れだ」

 現場に急いで駆けつけたであろうナガラは、オレを見ながら肩で息をしていた。

「またですか、アクトさん。元相棒バディのあなたのせいで伊丹さんが引退したばっかりなのに。どうして……!?」

「ヤエもヒーローではなかった。それだけだろ」

「伊丹さんは最高のヒーローだったさ! 【熱鉄ねってつの英雄】と呼ばれたあなたが今や犯罪幇助者ヴィランヘルパーとして堕ちてしまったのさえ、あの人は最後まで心配していたくらい、芯の芯までヒーローだった……」

 精悍な顔つきが苦悶で歪む。

 ああ、だからな、お前じゃ——


「とんだ期待外れだ、禅堂ナガラ。オレが熱鉄と呼ばれたのは何故か、もう一度、目の前でその理由を教えてやろう!」


 ヒーローたるもの、どんな時でも、どんな相手でも、どんな理由があろうとも!

 苦悶の表情を浮かべるなんてのは論外。0点の回答だ。


 オレは手に持っていたスマホを胸ポケットにしまうと、全力でナガラに向かって駆け出す。

 オレが突き出した拳を両手で受け止めたナガラは、即時に右足で前蹴りを繰り出す。その足を体を捩じることで腹筋で受け止めると、オレはナガラの右足を掴んで空中で振り回して放り投げた。

 空中に投げられたナガラは慌てず体を回転させて両足で着地する。素晴らしい体幹バランスがあればこそ成せる芸当だろう。


「相変わらず、超人的な身体能力だ。さすが【超合筋の英雄】。現役ヒーローのトップ5に名を連ねるだけのことはある」

「体温が上がるほどに血管や筋肉、果ては皮膚までが収縮し異常な硬さを得るあなたの【熱鉄】はどうしてもその性質上スロースターターになりがちだ。それなのに私の【超合筋】と渡り合えてる時点であなたも十分超人ですよ」

「青いな、禅堂ナガラ。お前は先輩たちに何を教わってきた?」

「どういう意味です……?」


 眉根を顰めるナガラに、オレは肩を竦めて黙る。

 ヒーローというのは民衆に讃えられ、褒めそやされて、勘違いし勝ちだ。

 そう、"自分は特別だ"という優越感に浸り勝ちだ。

 だから、【超合筋】である自分と生身で戦えるアクトが凄いのだと勘違いする。

 それは驕り以外の何物でもない。

 ヒーローたるもの、如何なる悪と対峙しても真っ向から戦うには、生身で超人と戦えるなんてできて当たり前なのだ。

 むしろ、そんな特別な肉体を持ちながらその程度の戦いしかできない自身の青さに気づけてない時点で、ダメなのだ。まったくもって論外なのだ。


 押し黙るオレに対して、痺れを切らしたナガラが接近する。

 得意のフラッシュジャブだろう。

 普通のボクサーが放つジャブならば避けるにも値しないが、それを【超合筋】であるナガラが放つとどうなるか。

 以前、取材動画で威力を示すためにマンホールの蓋に向かってフラッシュジャブを放つ姿が映し出されていた。

 ボゴンボゴンと鉄が歪み、ひしゃげ、最後には降参するように『く』の字に蓋が折れ曲がっていた。

 だからナガラのフラッシュジャブを正面から受けるわけにはいかない。

 ————普通、ならだが。


「ぐっ!」

 フラッシュジャブを受けて肉体が抉れる。

 臓器が中で弾けたように痛みで飛び回り、歯が簡単に折れた。

 肩は脱臼したかもしれない。

 だが、オレはそれら痛みの嵐に耐えながら、不敵な笑みを絶やさずにナガラの後ろ首を掴むと、全体重を乗せてナガラの上半身を前傾に倒す。

 ナガラに打たれたオレの肉体は最高の熱を放っており、自分自身の闘志も相まってようやく最高硬度に到達したことを自覚した。

 前傾姿勢に崩れたナガラの頭めがけて、ダイヤモンド並みの硬さを誇るオレの膝蹴りを食らわす。


「がああっ! う"ぅ……」


 よろめくナガラに追いすがって追加の肘エルボーを決めると吐血しながらばたんと倒れこむ。


「禅堂ナガラ、痛み程度で体を崩すな。どんなに苦しくても、前に進むのがヒーローだろ」

「ぅぁ……」


 小さくうめき声を上げたナガラに溜め息を零していると、足音が聞こえた。

 振り向くと、タバコを加えながらヤエが笑顔で立っていた。


「相変わらずヒーローバカで安心したよ、阿久斗アクト

「お前には失望したよヤエ。ヒーローを辞めたそうじゃないか」

「ふぅー……。元々、ヒーローバカのあんたのために始めたことだからね。あんたのために終わらせるなら悪くないと思っただけよ」

「それでも……ヒーローは前に進むもんだ。違うか?」

 オレの問いに、ヤエが悲しげに目を逸らす。

「そうね。今はちょっと後悔してるわ。辞めるなら、一緒に始めたあんたも一緒に終わらせるべきだった」

 タバコを投げ捨ててオレを見つめる。

 その目は昔のヤエと寸毫も変わってはいない。

「——そうだ。それでいい。ヒーローは前だけを見ろ。ヒーローなら倒すべき敵だけを見据えろ!!」

「そうね。そしてもう、今日は敵を倒し終わったわ」

「……は?」


 オレが呆気あっけに取られていると、ズリズリと男を引きずりながらこちらに近づいてくる足音。

 見れば、【千弦の英雄】ヴァン・ミレーヌが糸でがんじがらめにしたヴィランを引きずってくるところだった。

 オレの横でヤエがおかしそうにくつくつと笑っている。


「あんたが用意したヴィランはもう捕まえたからね。今日は私たちの勝ちよ。ヒーローなら、ヴィランを最優先で倒すなんて当っったり前じゃなーい」


 屈託のないその笑顔で毒気どくげを抜かれたオレは、頭を掻きながら空の雲を見上げる。


「全くもってその通りだ」


 オレの答えに、伸びているナガラを回収していたヤエが満足そうに頷く。

 本当に、ヒーローってのは遅れてやってくるのが好きらしい。


「次はもっと早く来いよ。ヒーロー」


 オレは最後にありったけの皮肉を込めて言った。

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