ある吸血鬼の物語

@kuma-apple

第1話 目覚める吸血鬼

神歴1520年

多くの種族が暮らすライタルオス王国の北にある小さな村。近くにある街のための食料や資源の生産を目的として開拓され作られたこの村では、小麦栽培を中心とした農業や山のふもとに広がる広大な森から採れる良質な木材の生産が盛んにおこなわれている。そんな村で暮らす十歳の少年ルノは優しい両親と共に暮らしていた。


家の中で家族でテーブルを囲み仲睦まじく会話をしながら食事をする様子は一見すると普通の家族のようだが、そんなことはない。今、笑顔で両親の片付けの手伝いをしているルノは、魔力低下症によってもう残り一年ほどしか生きられないといわれているからだ。


魔力低下症、それは扱える魔力の量と魔力への耐性が低下していき、体が周辺の魔力によってむしばまれ、最終的には体が魔力の結晶体になってしまう病だ。この病によりルノは、その濃さは違えどどんな場所であっても魔力が存在するこの世界を生きることができない。


現在はルノの姉が開発した「吸魔石」と呼ばれるものによって周辺魔力を調整しルノの低下した耐性でも生きれるようにしてはいるが、症状が進行し魔力への耐性が完全になくなると吸魔石では体の結晶化を防ぐことはできなくなる。そんな病を抱えてはいるものの、ルノは幸せに暮らしていた。


村の作物の収穫が終わり冬に向け様々な準備が行われる秋の終わり頃、いつも通り両親と食事をとり、ルノは休みが始まって帰ってくるらしい姉との再会を楽しみにしながら眠りについた。しかし、ルノが平穏な明日を迎え、姉と会うことはなかった。村からは完全に明かりが消え、外を照らすものは月明かりのみ。そんな深い夜だった。


◆ ◆ ◆


凄まじい痛みと熱で僕は目を覚ました。激痛に身を捩り声を出して助けを呼ぼうとするが声が出ない。どんどんひどくなる痛みと熱、力が入らなくなっていく体、死ぬのかもしれないと思った。


でも、いくら時間が経ってもそれは訪れず、痛みや熱も治まった。それはいいことだったけれど、それらが治まった直後から僕はひどい空腹感を感じていた。何か食べようと思い寝床から起き上がるとき、自分の手や腕が異様に細く、白くなっていることに気づいた。


さらに起き上がった後も目線がかなり下になったように感じられる。近くの窓で自分の体を確認しようと僕は窓に映る自分の姿を見た。その窓にはよく見知った自分の顔が反射しているはずだった。でも、その窓に映っていたのは僕の知らない白い髪に紅い目を持つ女の子だった。


「・・・は?」


驚きのあまりでたその声もいつもの自分の声より可愛らしい女の子の声でただただ困惑と混乱が広がるばかりだった。とりあえず心を落ち着けたい・・・が、こんなときでも空腹感がおさまったりはせず、なんならより一層ひどくなっていた。なので、まだ理解ができていないながらもその小さくなった体で扉を開けて台所へ向かった。


台所には、いつも食べている少し硬めのパンがあったので、それを手を切らないように注意しながら切り分けて食べた。けれども、何枚か食べても全く空腹感はおさまらないし、喉のひどい渇きも感じてきた。


そんなとき、どこからかとてもいい匂いがしてきた。どこだろうと匂いの元へ向かってみると、それは外から匂ってきているようだった。こんな夜になんだろうと疑問に持ちながら外の様子をみると、おそらく夜の警備担当と思われる二人が歩いているのが見えた。気づいたときには僕の目は、自然に彼らの首へと向かっていて、思っていたことが口から出てきた。


「美味しそう」


そう口にしたあと、視界が真っ赤になりプツンと意識が途切れた。次に僕の意識が戻ってきたときに見たのは、僕が馬乗りに抑えている一人の怯えた表情ともう1人が剣を抜き僕に向けている光景だった。そして剣を抜いたほうが恐怖が感じられる声でこう言った。


「ゲースから離れろ!さもなくば・・・この剣で斬るぞ・・」


僕はただ、怖かった。剣を向けられていることもそうだが、なぜこんなことになっているのか、なぜ美味しそうだと感じてしまったのか。それらがとても怖かった。だから、僕は逃げ出した。


ほんの少しの時間で村から離れ、もうあんなことにならないようにと人がいないところに逃げるため、道から外れたところに見えた深い森の中に入った。村からでたことすらなかった僕からすると初めて入る森は、とても怖かった。


月明かりが木々によって遮られてもなぜか視界の明るさは変わらずにあたりをみることができたけど、それでも木々が茂っているせいであまり遠くまで見えないことや風か何かによって葉が擦れる音がとても不気味だった。


でも、もう村には戻るわけにはいかないという思いがあり、僕はひんやりとした空気を全身で感じながら家から出てきたまま靴下でどんどん森の奥を目指して進んでいった。進んでいる途中、自分の体がどうなってしまったのか考えた。


僕の体は魔力が全く使えないのに加えて、治癒魔法のような魔力を使われることも命に関わる。でも、村で人を襲った時の動きや逃げた時の速さは魔力が使えないとできる動きじゃない。それに気づいて、身につけていた吸魔石を見てみると、色が変色して割れている。


これではもう機能していないはず、ということは魔力低下症が治った?ということなのだろうか。魔力低下症が治ったということ自体はとても嬉しいことのはずだ。完治する方法がなく、少し前まで死を受け入れていたのだから。


けれども、こんな体・・・おそらくは吸血鬼になってしまったことはもしかしたら魔力低下症で死ぬことよりも良くない状況かもしれない。僕の知る限りでは吸血鬼は人を襲い、その血を貪る化け物だ。吸血鬼を勇気のある者が倒すという物語はありきたりなものであり、実際に街で複数人食い殺した吸血鬼が討伐されたという事例も多い。つまるところ、僕は自分の命は助かったけれど他者の命を奪う存在になってしまったということなのだ。そんなことをしてまで生きていたくはない。


そこまで考えたとき、ガサガサと一際大きな音がなりその方を見た。そのとき、風を切り裂くような音と共に腕から激痛が走り、うめきながらその激痛のもとを抑えると、片腕がなくなっていることに気づいた。


突如として襲われたことと腕を失った恐怖と痛みに体が硬直し動けないくなる。そうしていると、音の鳴った方から一匹の巨大な鹿が出てきた。体は緑の美しい毛皮に覆われており、目は青い。頭から生えている青いツノはキラキラと輝いている。


明らかに普通の生物ではない容姿から、目の前にいるのが、魔力の影響で変質した生物である魔獣で、先ほどの攻撃は魔法なのだと分かった。いよいよまずいと硬直している体を無理やり動かして逃げようとするが、無理やり動かしたためか大きく転んでしまい、地面に腕をつく。


その瞬間失ったはずの片腕がしっかりとついていることに気づいた。そして、村で人を襲う直前のように赤く染まっていく視界の中で、化け物になってしまったことをまた一つ自覚させられながら意識を失った。




次に意識を取り戻したとき、まず気づいたのは口の中のむせかえるような獣臭さとどろどろと口に残る苦みだった。そして次に気づいたのは僕の目の前に広がっていたバラバラにされて近くの木に吊された鹿の魔獣の手足と内臓、成果を示すかのように置かれた頭だった。


それそのものも不気味だが、この状況で最も不気味に感じられたのはこんなにバラバラにされているのに一滴たりとも血の跡がないということだった。その理由は考えなくてもわかった。口の中に残る感覚と、無くなった空腹感がそれを証明しているのだ。


僕は自分が恐ろしくてたまらなくなった。これが村で人間に行われそうになっていたということが怖い。同時に、またこんな光景を自分が作り出してしまうかもしれないという不安も襲ってきた。


「は、はやく村から離れないと・・・」


人を巻き込まないためには人がいないところに行けばいい。そう考えて、森の奥へ奥へと向かう。すると、大きな山にたどり着いた。この山は村からも見えていたもので、これを超えるとドワーフの国が広がっていて、その奥には人の住まわないアリヒタリムという大地が広がっていると聞いたことがある。


今の今まで明確な目的地はなく進んでいたが、人がいないところというならそのアリヒタリムがちょうどいい。そう思ってその山に登ろうとしたところで、雨が降ってきた。この時期の冷たい雨によって山を越えるのは難しくなり、仕方なく近くの岩の隙間で時間を潰すことにした。


ちょうどよく見つけただけの岩の隙間だったが、入ってみるとかなり奥行きがあり洞窟のようになっていることがわかった。入り口にいてもあの魔獣のようなものに見つかりやすいだけであるのに加え雨を見ていると負の感情が強くなる気がして奥にいくことを決めた。


進んでいくと壁に光る苔のような植物が生えてきて、さらに進むと壁にその苔が一面に生えている明るい広い空間に出た。そこに座れそうな石があったので座ると、眠気が襲ってきた。あれがあったことで自分の意識を手放すことに少しの恐怖がありしばらく耐えていたが気持ちの疲れと満足に眠れていなかったということもあってか眠ってしまった。


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