holidayDAYS
一映
clear(曇り無い完全)な世界?──
Day1 『clear CLEAR』という少年漫画
毎日。ただ安穏と過ぎていく──
それがずっと続いて行くんだと幼心に思い描いていた。
自分の世界がとんでも物語設定に塗り替えられるとは想定外だった……。
─────────────────
わたしの世界は、母、父、兄二人、上の兄の友達仲間などで、形成された小さく、平凡でつまらないものだった。
今日は、兄の友人の裏山でお泊まりキャンプをする。
母思いの兄だから、ちょうど次兄が祖父母の家に泊まりに行ったこともあり、わたしを連れて行けば、母と父を二人っきりにさせられるという魂胆だったのだろうと思う。
兄が大好きだった、わたしは、兄に誘われるがままに何も考えずキャンプにやってきた。
私は今現在に至るまで、兄にとってお荷物でしかなかったと思っている。いつも兄はとても優しくて、いつも何処か仄かに陰を感じる嘘の笑顔で私を連れ歩いた。兄は私の兄を演じるのがとても上手かった。
「あんまり自分を殺し過ぎるなよ」
独りで抱えこむな、何かあったら言えと兄の最近できた友人のユウが別れ際よく言う。
兄は驚いて、お前には敵わない、俺より俺が見えてるみたいだと照れながら苦笑いしながら大丈夫と嘘吹いた。
「わかってる。無理はしないよ」
母が安心するなら上兄にとって自分の負担などどうでもいいのだろう、兄の日常や行動はとかく家族拠りで、それは異常なほど。親孝行、家族孝行、超がつく良い子ちゃんなどと言えば聞こえが良いだろうか?わたしには薄ら寒い気味悪さを覚えさせる。完璧過ぎてつくってるみたいだ。上の兄の容貌の美しさも相まってかどんなに人好きのする表情を顔に浮かべて居ようとも何かとんでもない秘密が有りそうで。わたしには上の兄からいつも何故か罪悪感のようなものが感じられた。
兄は友人関係にも恵まれた。中でも、裏山を提供してくれた澪音さんとその友人ユウとレイとは特に打ち解けることができた。彼らはわたしに優しく接してくれて、とても心が温かくなった。
「お姉ちゃんたち何してるの?」
「キャンプの準備だよ」
「私も手伝う」
「ありがとう。じゃあ一緒にやろうか」
「うん!」
こうしてわたし達はキャンプの準備を始めた
「お腹すいたー」
「もうすぐ出来るから待ってて」
「うん」
「出来たよ!食べよう!」
「やったー!」
「あっ!あかる達?どこ行った?!」
「えっ?いない!!!」
「探してくる!お前らはここにいろ!」
わたしはリスを追いかけてたら迷ったようだ。
がさがさ
「リス?……」
にしては大きい…。草むらの奥から音がする。ガサガサと音をたてながら何かが近づいてくるようだ。わたしが音のする方に顔を向けると、そこには──
みたことのない恐ろしいものがいた
人のような形で人とは違う肌のいろ長い耳裂けた口つり上がってヨダレを垂らして手には太めの振り回しても折れそうもない棒、ソレらが茂みから何匹か出てきている。
それが大きな口を開けて、わたしに襲いかかってきた!
「イぃゃああああああ!!!」
走りだしたわたしはすぐ転んで追い付かれ
恐怖で足がすくみ動けず、ただ目を瞑り食べられるのを待つだけだった。
「あーあーあー、逃げちゃダメだァ」
しかし、いくら待っても痛みはやってこない。恐る恐る目を開けるとそこには──!
「!……しぃ兄!!」
「見ろよあいつ死にそうだぜぇ、ぎゃはははー!寄越せよ、その旨そうな小さいのを、そいつを寄越せばお前は助けてやるぜぇぎゃははは!」
鉄錆びの臭いでいっぱいだ。口の中も錆びた味を感じる。兄の血が髪から滴っている、わたしの目からは涙が溢れ流れていた。
「断る」
兄の口から兄とは違う声が聞こえた。
陽炎のようによく知った姿が揺らぎ変わってゆく
あぁ知ってるこの声、容姿。
目にしたのは光に透ける金の髪、冷たく無表情な美しい顔、黒い白目に薄碧の瞳、そして頭に特徴的な二本の角、内一方は根本から折れていて、敵を切り裂く強靭で鋭利な真っ赤な爪を持つ、
鬼。
それは大好きだったアニメキャラのもの。
頭の中に流れてゆく
今、あなたの目の前に〈曇り無き
目には見えないもの──
「何処か──遠くに行きたい」
「繰り返しの退屈な日常は息が詰まりそう」
「男だ?女だ?人かそれ以外か?それがそんなに重要かァ?!巫山戯るな!
僕は僕だし、僕以外の何者でもない。あんただってそうだろう!」
「俺はあの人たちに穏やかで何気ない繰り返しの退屈な日常を幸せに終えて欲しいだけなんだ」
アニメーションのPVが主人公たちの印象的なセリフやナレーションと主題歌をバックにタイトルが浮かんだ
"clear CLEAR"(クリアー・クリヤー)
略して"クリクリ"。週刊少年漫画雑誌の人気連載作品で殿堂入りの名作でアニメ化もした。ジャンルは、現代ファンタジー異能バトルスリラー。祓い屋や退魔師、呪術。退魔師養成学校、妖魔とかでてくるやや和風よりのバトルアクション漫画、陰陽師も作中にはいる。ややダークシリアス要素もある。主人公のユウとレイの双子は一般人で、同級生の澪音(みおん)の妖魔退治の現場に遭遇後、この世界のダークシリアスな部分に関わっていくことになる。6話から登場する妖魔キャラが人気があって強かった。私も好きだった。
人に受魂して転生した上位妖魔鬼、し天こと"透乃柊士(とうのしゅうし)"
?…?…?
兄さんと名前……一緒……
物語中、し天に何度も退魔師・巫澪音は自分に使役されないかと持ちかけてくるが、力は貸すが人間に使われるのはごめんだ餌の分際でと相手にもしなかった。最終的にユウとレイ、澪音とは仲間という熱い友情で結ばれた。確か66話で"透乃柊士"は妖魔鬼の姿に転変化できるようになる。
すがり付いていた兄の姿は金の髪と黒い白目に淡く碧い瞳に頭に鋭い角を持つ大人の異形に変わっていた。
「……妖魔鬼"し天"……」
ぼそりとそう呟き、目をみひらいて鬼形態の兄を見たが、兄は微かに目を瞬いただけで何も言わない。代わりに静かに見つめ返してくれたが、直ぐに視線を外した。
「目を瞑れ、絶対に開くな。ここでじっとしているんだ、俺が"もういいぞ"と言うまで」
大きな大人の手が目隠ししてくる。手の爪は血赤で長く鋭い、特撮戦隊ものの悪役みたいな……。
爪で傷つけない為か手は目の前を二、三センチ手前でかざして視界を遮る形だ。手の隙間から自分の体と手が震えているのと草が動いているのが見える。がさがさと草むらをかき分ける音も
怖い。自分の心臓の音と呼吸音が大きく聞こえる。まぶたを兄に手の平で撫でるように閉じさせられた。
兄の手が優しく私の手を掴む。自分の耳を掴まされるのがわかった。
「耳も塞いでろ。」
姿勢を低くする為だろうか頭を自分の膝に押し付けられる。直後、側から兄が離れたのがわかった。空気が舞い上がりさっきまであったぬくもりがさっと消え、急に感じた寒気に震える。
──────後どれくらい膝に頭を押し付けてたら良いんだろ、もうずいぶんこの体制のような、それともさっきこの体制になったばかりだったか?微かに塞いだ耳に聞こえる草むらの葉と布が擦れ合う音、打撃音のようなものと周りを動き回る音。生き物の何かの臭い?目を開けても私の今この状態じゃ動けない。──────
やがて
「ぐぎゃゃぁぁぁぁぁぁぁぁ」
という断末魔の声と思われるものとともに静寂が訪れた
「……もういいぞ」
兄のいつもの声が降ってきて、私の膝に押し付けていた頭がそっと持ち上げられる。目を開けると兄さんの姿はもう人間の姿に戻っていた。黒髪で切れ長の目は、人間らしい色合いに。だが顔は血塗れだ
「あたま……血が」
兄さんは目に血が入るのか軽く袖で拭って視界を確保した。
「大丈夫。頭の傷は派手に見えるから」
兄は、そう誤魔化した、私は、ただうなずくだけにした。兄のいつもと違う余裕のない雰囲気が別人になったようで接するのが嫌だったのだ。
「あかるちゃーん!?!」
「して!、いッでぇ!」「それは人の名前じゃない!」「しー?」「柊士!!」
「しゅーしぃ~!!」
というにぎやか三人組の声が聞こえてきた。兄の異様な雰囲気が和らいだが、鼻と口からあの何かの死臭が生々しくて、今あった出来事は夢などではないと証明していた。
振り向くと、三人組が駆け寄ってきた。最初に駆けつけたユウが兄に飛びつく。
「柊士!!あんた大丈夫か!?」
兄はユウを抱きとめ、「実は、すこし痛い」と言う困り顔の兄を驚きの表情で見上げていた。
続いて走ってきたのは、ユウの双子の妹レイ
「柊士君!あかるちゃん!うわっ!血!」
レイの視線は、兄の血で染まった顔に釘付けだった。
「しゅうしぃ~!!あかるーぅ!!」
残り一人は。やや遅れて歩きながら来た澪音。
「ユウ!レイ!オレを置いて先に行くなよ!」
心配そうな顔で怒鳴りながら近づいてくる。二人の子たちはその叱責を無視して兄の安否確認を続けている。どうやら私たちを探してくれてたみたいだ。
兄に抱き着いていたユウが離れ、こちらに向かって手を差し出した。反射的にその手を取ると、ギュとやや苦しいくらい抱き締めてくれる。
「よかった、無事で」
「本当に」
とレイも抱きついて来た。 澪音は私達の後方まで行き。妖怪の死体を検分している。
澪音が妖怪の死骸から離れ、こちらに近づいてきた。その顔には警戒心と共にプロの退魔師としての冷静さがあった。
「悪い。きちんと掃除は済ませてあったんだけど。場が歪─────────」
と専門用語で兄に澪音は腕を組んで厳しい表情で説明している。
「こんな歪みが巫家の───────────」
ユウとレイが顔を見合わせる。双子は兄の顔色を伺っていたが、柊士は何も答えなかった。
ポケットからハンカチを取り出して血のついた顔を拭った。その動作には疲労感が滲んでいた。
結局、その日。私たちは、厳重に妖魔避けを施された巫邸の庭でキャンプもどきをして翌日帰途についたのだった。
家路に着く電車の中で、私は無言の兄の横顔を見ていた。
(兄は、私の兄を演じていたのではない。人間の柊士を演じていたんだ)
私が知っていた安穏な日常は、最初から存在しなかった。それは、狭い私の世界の中でだけだった。
つまらない日常は、安穏と過ぎていく。もう二度と、そうは思えないだろう。
窓の外を流れる、ありふれた風景を見つめながら、私の世界が塗り替えられ非日常の中に立っていることを知った。
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