「空飛ぶチクワ」シリーズ ー チクワを継ぐもの ー

プラウダ・クレムニク

第1話 ハローワールド

ある人たちは「宇宙とぶ竹輪」を手にすることができなかった。


しかし、宇宙は広い。そして多様性に満ちている。


「宇宙とぶ竹輪」を掴むことができた人類がいた。


その竹輪は外宇宙から飛来した長さ32キロメートル、直径8キロメートルの物体である。


 この物体は実際には岩石でできていたが、色と形があまりに日本の食品「竹輪」に似ていたので、誰かが「フライング・チクワ」と呼びその名前が広まってしまった。


 空飛ぶ竹輪は1時間に約28回転する。また内側には逆回転する別の竹輪があることも確認された。


 ほどよく宇宙技術の発達した運の良い人類は、「宇宙とぶ竹輪」を捕らえることに成功した。


竹輪の穴に金属製の蓋をすることに成功した人類は、その内部に月から運んだ空気と水を入れて、人工都市を建造し始めた。


「宇宙とぶ竹輪」はオニールのスペースコロニーに改造されたのである。


金属製の蓋の中心部に作った宇宙港から円筒の中心部の微小重力空間へ物資を搬入し、気球を使って物資をゆっくりと降ろす。


スペースコロニー開発の初期にはそんな運送業者が大勢いる。


なかでも、凄腕と美貌で注目されているのが「荒くれイザベラ」だ。


彼女は…。


そこまでプリントした電子ペーパーを女の指がつつく。爪の色は艶々としたバーガンディ。指の皺が小娘ではないことを示していた。


「だから『荒くれ』は余計だってんだよ。身内のあんたまでそれ言ってどうすんだい」


赤いエナメル製のジャケットを羽織った女が言う。金色の髪と鳶色の瞳。髪は染めたものだった。その証拠に根元は黒い色をしている。


「ああ、姉さん。こういう評伝には大方の世間の見方を少し入れねえといい塩梅にならないんでさ。身内が書くなら尚更だ」


「そうかい。でも、それ宣伝だからさ。最後にゃあ、カッコいい。私もスペースコロニーで働きたいって思ってもらわないとね。あんた専門家だから分かるよね。広告屋さん」


「まあ、そりゃそんなんですがね。とょっと傷があるほうがリアリティがあるっていうか、共感が深くなるっていうか。そういう路線でいかしてもらいたいんで」


「まあ、いいわ。任せる。タイトルだけ、私に決めさせて」


「どんなタイトルですかい?」

男はイザベラに注目する。


「竹輪を継ぐもの」

イザベラが遠くを見る目で言った。


「竹輪を継ぐもの、ですかい。悪くない」

 男が言った。

 これから荒くれイザベルの物語が始まる。

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