魔女と聖女と悪役令嬢 ~ときどきおじさん~
@jinka_hatsu
魔女と聖女と悪役令嬢~ときどきおじさん~
「……え? わたしが『聖女』?」
フィオナは、神殿の大聖堂で唐突にそう告げられた。
彼女は小柄で、茶色い髪をふんわりと伸ばした、どこかぼんやりした雰囲気の少女。生まれも育ちもごく平凡で、特に信仰心が厚いわけでもなければ、修行に励むタイプでもない。むしろ神殿に隠れて昼寝をするほどのぐうたらぶりで、見習い聖女たちからは白い目で見られていた。
そんな彼女が、なぜ『伝説の聖女』に選ばれてしまったのか――誰にもわからない。神官長でさえ首をかしげるばかりだ。
「えっと、どうしてわたしなんでしょう……他にもっと、ねえ? ちゃんと祈ってる子とかいるのに」
フィオナは当然の疑問を口にするが、神殿の司祭は汗をかきかき困ったように首を振る。
「選定の儀式で神託が下ったのだから仕方ない。汝こそが聖女……すぐに旅立ち、世界を脅かす魔王を討つ準備を始めねばならぬ。フィオナ、神が汝を導かれんことを」
「え、ちょっと! 待ってください。わたし、お昼寝は欠かせないし、長時間歩くのも嫌だし……って、置いていかないでくださいよ!」
ぐいぐいと神官たちに押されるまま、フィオナは半ば強制的に出立の準備をさせられた。小さな鞄ひとつ――中には貴重な神殿秘蔵の聖女装備が入っているらしいが、フィオナは正直、興味がない。
「ふあぁ……。どっかで寝たいなあ……」
まだ朝だというのに、すでにあくびをしているフィオナ。こうして『聖女』としての旅が、不本意ながら始まったのだった。
――――
当てもなく旅に出たフィオナは、最初に立ち寄った小さな村で思わぬ人物と出会う。
そこは長閑な農村で、のどかな草原が広がり、牛や羊が放牧されている。村の人々は素朴で親切だが、どうやら夜な夜な襲撃してくる魔物に悩まされているらしく、少し暗い空気が漂っていた。
「わたし、聖女なんですけど……あんまり自信はないんですよねえ。とりあえず、何かお手伝いできることがあれば言ってください」
村長から魔物について相談されたフィオナは、渋々ながらも引き受けることに。幸い、司祭から預かった聖女装備の中には、それなりに魔除けの効果があるらしい。だがフィオナは、手にした聖杖を眺めながら嘆息するだけだった。
「……寝る暇、あるかな」
村の宿屋に入ると、そこには小柄な女性――いや、実年齢はそこそこいっているかもしれないが、見た目は華奢で若々しい雰囲気の『魔女』がいた。淡い紫色の髪を高い位置で一つにまとめ、その先をふわりと揺らしながら、ちびちびと酒を飲んでいる。
「ん……? おやあ、あなた新顔ねぇ。ふふ、いい香りがするじゃないの……はちみつみたいに甘ーいオーラがあるわ」
「えっ? は、はあ……どうも?」
フィオナが少し後ずさりすると、その女性――エルミナはにっこりと笑った。よく見ると、テーブルの上に置かれているのははちみつ酒。グラスに口をつけては、ちゅぅ、と犬が水を飲むみたいに可愛く舐めている。
「うう、美味し……でも、酔っ払う……でもやめられない……」
顔が真っ赤になりながら、エルミナはとろけるように笑う。どうやら彼女、酒にめっぽう弱いくせに大好きらしい。しかも甘党ときているので、はちみつ酒を見つけては延々と昼から飲んでしまうとか。
「わたし、フィオナといいます。実は聖女らしいんですけど、自覚まったくなくて……あなたは魔女、ですよね?」
「ええ、エルミナよ。私、甘いお酒が世界でいちばん好き。んふふ……。一応、魔法もそれなりには使えるわよ。頼りになるかはわからないけど」
ベロベロになりかけのエルミナだったが、何か底知れぬ雰囲気を醸し出している。フィオナはピンときた。
(……この人、絶対強い。なんか危なそうだけど、頼って損はないかも)
フィオナは勢いで尋ねた。
「エルミナさん、よければわたしと一緒に旅をしませんか? 魔王を倒すように言われてるんですけど、わたしだけじゃ無理そうなので」
「魔王ねぇ……まぁ、ひとりで行くよりは楽しいかもね。いいわよ、面白そうだし。お酒が呑めるならどこに行ってもいいわ。よろしくね、フィオナちゃん」
「ありがとうございます……ってあれ? もう寝てる?」
酒に弱いエルミナは、はちみつ酒のグラスを握ったままウトウトしていた。こうして、フィオナは予想外の仲間を得るのだった。
――――
翌朝。フィオナとエルミナは村を出ようと準備をしていた。エルミナは頭を抱えながら宿の前でため息をついている。どうやら二日酔いらしい。
「うぅ、頭ぐるぐる……もう飲まない……っていつも思うんだけどね……」
「あ、あはは……大丈夫ですか? 水分とらないと……」
そんな二人の前に、突然にぎやかな馬車がやってきた。窓には豪奢なカーテン、車体には金細工がキラキラと施され、やたらと金ぴかで目立つ馬車だ。そこから現れたのは、金髪をふわりと巻き、ドレスをひるがえす一人の令嬢だった。
「フィオナ様……ですわよね? 初めまして、わたくしルチアナ・グランドールと申しますわ。元・王太子妃候補でございますの」
「え? あ、はい。聖女のフィオナです。初めまして……」
彼女は上流階級の令嬢らしく、気品ある身のこなしをしている――と思いきや、うっすらと焦りの色がある。それもそのはず、実はこの令嬢、かつて王太子から婚約破棄を言い渡されたという噂の『悪役令嬢』だったのだ。しかも理由は「金への執着心がすごすぎて、性格に難あり」らしい。
「今、わたくし少々困っておりまして。あの裏切り者の王太子を見返すためにも、ぜひ聖女様の旅に同伴させていただきたいのです。名声も富も、わたくしが望むものはすべて手に入れてみせますわ!」
「え、ええと……」
ルチアナは、目を爛々と輝かせる。どうやら彼女、非常にお金に執着しているようだ。フィオナは正直、こういうタイプが一番苦手だ。だが、断りきれない。
「お金大好き! 権力大好き! わたくしは最高の条件を求めてるの! ですから、聖女様のパーティに入れてくださるわよね?」
「え、いや、それは……」
「聖女のチームに所属して手柄を立てれば、わたくしの評価もうなぎ登り! ああ、すてき! お金も集まり放題かも!」
フィオナは少し引き気味だったが、隣のエルミナは寝起きでぼうっとしながら、口をはさんだ。
「……人手が多いほうがいいんじゃないの……? あと、彼女の馬車に乗せてもらえると楽できそう……ぐへへ」
「それは確かに助かるかも……。あんまり歩きたくないし……」
疲れたくないフィオナと酔いが残るエルミナ――二人の思惑とルチアナの我欲が一致し、なんだかんだで三者三様の凸凹パーティが誕生してしまったのだった。
――――
そんな彼女たちの前に、旅の道中、たびたび現れる謎の存在がいた。
最初は村の酒場でバーテンダーとして。次は移動手段を借りようとした馬車の御者として。そして宿をとった先では宿の店主として……なんだかやたらと顔を合わせる『おじさん』だ。
「おや、聖女様……お久しぶりですなあ。今日はどんなご用件で?」
「え、あなた……こ、こないだバーテンダーじゃなかったでしたっけ? 今度は馬車の御者に……?」
「いやぁ、わたしはいろんなところで働いてるんですよ。ふふふ。さて、温かいお酒でもいかがです?」
「はあ……」
フィオナは混乱するばかり。エルミナは酒好きなのでおじさんに親近感を覚えているらしく、既に呑む気満々だ。ルチアナはというと、「あのおじさんは胡散臭いわね」と鼻を鳴らして警戒心を見せるが……
「まあ、こういう人もいるのよ。そうよ、世の中は広いわ!」
フィオナは最終的に流されがちだった。道中で出くわすたびに妙に馴れ馴れしいおじさん。彼の目的はいったい何なのか――そんな疑問が残りつつも、三人の旅はまだ始まったばかりだった。
――――
次に三人がやってきたのは、「湯ノ神村」という温泉で有名な小さな集落。
ここはかつて、神の加護を受けたと言われる秘湯があり、多くの湯治客でにぎわっていた。しかし最近、「温泉に入った客が全員カッパになる」という怪現象が起きているというのだ。
「カッパって……あの、川に住む妖怪のカッパ?」
フィオナは首をかしげる。ルチアナは呆れた声をあげた。
「そんな馬鹿な話、あるわけないでしょう? ただのデマかしら」
だが、村の人々は真剣そのもので、温泉に入って出てきたら頭に皿が生えていた、というケースが実際に多数報告されているらしい。そのせいで観光客は激減、村は存続の危機に陥っていた。
「でもわたし、聖女だし。たぶん神の加護があるから大丈夫じゃないかな? というか、ちょっと温泉でゆっくりしたいし……」
「フィオナ、危機感なさすぎじゃない……?」
エルミナは肩をすくめるが、酒好き&甘党の彼女も、疲れを癒す湯浴みには興味津々のようだ。
「温泉旅館って高級料理が出るのかしら? 値が張るならそれなりのサービスを……」
ルチアナはまた金の話をしている。
こうして三人は、呪いの噂に怯える村の宿へと向かった。宿の女将は泣きそうな顔をしている。
「最近、湯守のおじさんが行方不明になってしまって……。そのすきに、怪しいおじさんが勝手に温泉を管理しているのですが、何だか嫌な雰囲気があって……」
「怪しいおじさん……?」
フィオナたちは胸騒ぎを覚える。まさか、あの頻繁に現れるおじさんでは……?
しかし、深く考えるより先にフィオナの中の温泉欲が勝った。
「まあまあ、せっかくなので入ってみましょうよ。神の加護で、呪いなんてきっと何とかなる……と思う」
「そうね。お肌もツヤツヤになるかもしれないし、私は賛成よ」
「ふん、わたくしも同意。こんな怪しい村で終わるわけにはいかないけれど、まずは一風呂浴びて体力回復が先決ですわ」
こうして三人は、期待に胸を弾ませながら温泉へ。
ところが――
「きゃあああああ! なに、これ……頭にお皿がああああ!」
湯から上がったフィオナは、自身の頭部をまさぐって絶叫した。丸いお皿がぴこんと乗っかっている。よく見ると、エルミナの背中には緑色の甲羅がはえているし、ルチアナの口は嘴のように尖っていた。
「これ……わ、わたしたち、完全にカッパじゃないですか……!」
「か、カッパじゃないわ! これは……うーん、妖精の緑バージョンよ! そ、そういうことにしましょう!」
「無理があるよ……」
フィオナは頭を抱える。いつも眠たそうな彼女だが、今はさすがに目が覚めたようだ。
「どうするんですか、これ……ここまでガチに変化するとは思わなかった……。ああ、もうお昼寝どころじゃないよ……」
カッパ状態のまま、三人は村人たちに詳しい話を聞く。すると、どうやら湯守のおじさんが急にいなくなったあと、どこからともなく『別のおじさん』がやってきて温泉を勝手に管理し始めたという。そいつが怪しいのではないか――そう囁かれていた。
「また……おじさん……?」
三人の脳裏には、あの顔がよぎる。どうやらこれも一筋縄ではいかない問題のようだ。
――――
呪いを解くには、元凶を突き止めるしかない。そう確信したエルミナは、魔女としての分析魔法を駆使し、温泉の源泉や浴場をくまなく調査した。すると、湯の中に微弱な魔力の流れが仕込まれていることが分かった。
「やっぱり、人為的に魔法がかけられてるわね。しかもこの魔力、複数の魔道具を使って拡散しているみたい」
「それを壊せば、呪いも解けるってこと……?」
フィオナは皿のついた頭をぽりぽり掻きながら尋ねる。ルチアナは嫌そうに嘴を撫でている。
「そういうことよ。探して破壊しましょう。それさえできれば、私たちも元の姿に……」
しかし、その場に突如として現れた人物がいた。やはり『あのおじさん』だ。彼は怪しげな笑みを浮かべ、手のひらに黒い小箱のようなものを乗せている。
「おやおや、皆さん。カッパになってしまいましたか……ふふふ、さぞ不便でしょうなあ」
「やっぱりあなた……! この温泉に変な魔法をかけたのは、あんたなのね?」
ルチアナが憤然として指を突きつけると、おじさんは無言でクククと笑うだけ。そして背後からさらなるカッパたち――つまり、この温泉に入ってしまった客や村人が大量に押し寄せてきた。
「みんな、頭に皿をつけてる……!」
「お、恐ろしい光景ね……」
「私たちも同類なんだけど……」
エルミナが冷や汗をかく。するとおじさんは、三人が探していた『カッパ化魔法を拡散する魔道具』をすっと掲げてみせた。
「ああ、これが欲しいんですか? 残念でしたね、もうわたしのものですよ。この魔道具さえあれば、いつでもどこでも好きなだけ河童になれるという……ふふふ、素晴らしいでしょう?」
「いや、誰が喜ぶんですかそれ……! あなた、いったい何者……?」
フィオナはあきれ顔だが、おじさんはその問いには答えず、ニヤリと笑って手をかざす。途端にカッパ化した群衆が「ガァー!」と雄叫びをあげてこちらに襲いかかってきた。
「え、ちょっと待って待って! 怖い!」
「こうなったらやるしかないわ! ルチアナ、フィオナを守って!」
「わたくしがお金のためだけにここにいると思わないでいただきたいわね……いっちょ、見返してあげる!」
ルチアナは持ち前の財力で集めた高級魔導具を取り出し、エルミナは酒の力……ではなく、生来の優れた魔力コントロールで攻撃魔法を展開する。フィオナはお昼寝好きとはいえ一応聖女だ。聖杖を握りしめて浄化の力を振りかざした。
「みんな、カッパから人間に戻るように! わたしの――えっと、うまくいくかな……聖なる光、カモーン!」
杖の先から白い光が放たれ、カッパ化した村人たちは徐々に動きを止め、やがてその姿が薄れていく。完全に回復、とはいかないまでも、正気を取り戻しているようだ。
「さっすがフィオナ。呪いに少しは対抗できるのね!」
エルミナとルチアナが連携して群衆を防ぎつつ、カッパ化魔法を拡散する装置を破壊しようと近づく。だが――
「おっと、これはいただいていきますよ。またお会いしましょう」
おじさんはスッと身を翻して魔道具を抱えたまま逃亡した。三人も追いかけようとしたが、暴走しかけのカッパ軍団を抑えるので手いっぱいで、取り逃がしてしまう。
「くっ……逃げられたわ!」
「追いかけたいけど、まずはここの混乱を沈めないと……」
カッパと化した村人を浄化するのは至難の業だが、エルミナの魔法、ルチアナのサポートアイテム、そしてフィオナの聖杖の力を合わせて、なんとか落ち着かせることに成功する。
「でも、肝心の魔道具を持って行かれちゃった。世界を救うより先に、あのおじさん止めないと……」
「まったく、誰なのよあいつ……。王太子よりも厄介かもしれないわ」
三人は深く息をつきながらも、ひとまず温泉のカッパ騒動を収束させることに専念するのだった。
――――
長かったようで短かったカッパ事件も、ひとまずの終わりを迎えた。呪いの元凶である魔道具はおじさんに奪われてしまったが、温泉そのものの悪影響は除去できたようで、村の人々は徐々に人間の姿を取り戻していく。
「いやあ、助かりました! もうカッパになりたくありませんよ……」
「本当にありがとうございました!」
感謝の声が響く湯ノ神村。その一方で――
「フィオナ、もう部屋で寝るの?」
「うん……起こさないで……わたし、夕飯までぐっすり眠りたい……」
フィオナは自室に直行して、幸せそうにふわふわの布団にダイブする。いつも通りのマイペースぶりだ。
「エルミナさんは何飲んでるの? 朝からまたお酒?」
「……甘口の日本酒の湯割りがまた最高なのよ。んふふ……」
エルミナはご機嫌で、しかしすぐに前後不覚になるほど泥酔してしまい、畳の上でとろけていた。
そして、ルチアナはと言えば――
「ええと、解決料は三十金貨くらいかしら? 旅の資金にさせていただきますわ。え? そんなにお支払いできない……? んー、困りましたわねえ」
「うう、ルチアナ様、もう勘弁してください……」
事あるごとに「報酬! 手柄! お金!」と村人にせびりまくり、呆れられている。そういう貪欲さが彼女の強さでもあるのだろうが、苦笑いする人が大半だ。
とにもかくにも、温泉は平和を取り戻した。三人もゆったりと湯に浸かり直し、ようやく落ち着いた夜を迎える。
「……あのおじさん、またどこかで出てくるんだろうな」
フィオナは布団の中で目を閉じたままつぶやく。ルチアナとエルミナも、それぞれのやり方で同意するように微笑んだ。
「ええ、出てくるでしょうね。そんな簡単に消えてくれる相手じゃないわ」
「でも、今はゆっくり休みましょ。酔っ払ったし……寝る……」
ごろりと横になるエルミナ、そして「もう、勝手に寝ないでよ!」と苦言を呈しつつも、ルチアナも自室に戻る。
こうして、凸凹な三人の旅はまだまだ続いていく。魔王討伐という大きな使命があるはずなのに、どこか事件が起きるたびに邪魔をしてくるおじさんの影――。その謎を解くのは、まだ先のお話。
今宵もぐうぐうと幸せそうに眠るフィオナの寝息を聞きながら、遠くの夜空では星が瞬いていた。
彼女たちの冒険は、道半ば。
次はどんな事件に巻き込まれるのだろうか。
「……うん……ふあぁ……おやすみなさい……」
かくして、今日もフィオナの眠りは深い。世界の運命を担うのは――明日から、でいいじゃない。
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