・2-11 第19話:「朗報」

 決して完璧とは呼べないのに、それでも、胸の内に、心に響く、不思議な曲。

 秘密の鍵はボーカルが握っているはずだ。


 しかし。

 その人は、すでに亡くなってしまっている。


 聞きづらい雰囲気があったためにあまり詳しいことまではたずねることができなかったが、不慮の交通事故であったらしい。

 一時期、本格的にデビューする話まで来ていた[サラスヴァティー]が解散し、その楽曲がすべて過去のものとなってしまったのも、メンバーの中核でありリーダー的な存在であったボーカルが失われてしまったためだった。


 くーの落胆は大きかった。

 せっかく、自身が「ありふれている」と評されてしまったパフォーマンスを脱却し、一人前のシンガロイドになるための糸口が見えたと思ったのに。

 目に見えて元気を失っており、瞳からもハイライトが消えているようだった。


(何とか、励ましてあげられないかなぁ……)


 翌日。

 少しでも力になろうと、相変わらず同じ曲を聞き続けていた奏汰は、そんなことを思いながら下校していた。


 今日も、何度も再生してみたが。

 結局、どうしてこれほど魅力を感じてしまうのか、熱い感情が生まれてくるのかは分からなかった。


 やはり、自分はなにもできていない。

 そんな自己嫌悪と、焦燥感ばかりが強くなってきてしまう。


(せめて、くーの歌を聞ければなぁ)


 そうすれば比較することができ、彼女が「ありきたりだ」、つまりは個性が無いと言われてしまった理由が分かるかもしれない。

 しかしこれも、現状ではどうすることもできなかった。

 シンガロイド専門の技術者でも知り合いに居れば話は早かったが、そんなツテは無いのだ。


 阿良川クリニックの忠重がくーのためにできるだけのことをすると約束してくれてから数日が経っているが、音沙汰が無いのは進捗が無いからなのだろう。

 医師としての本業もあるし、専門分野が違うアンドロイドのことについては、難航するのも無理はない。


(帰ったら、くーの喉が直ってたりしないかな)


 途方にくれた奏汰はそんな都合の良い願望を抱きながら商店街のアーケードに入って行った。

 少し歩けば、鬼嶌青果店の店頭が見えて来る。


 すると。

 昨日はあれだけ落ち込んでいたはずなのにやたらと明るい表情になったくーがこちらに気づき、長ネギを片手にしたままぴょん、とお立ち台から飛び降りて駆けて来た。


 ピロン♪ と、スマホが鳴る。


『おかえりなさい、奏汰さん! 』

「う、うん。

 ただいま、くー。

 けど、どうしたの?

 何か嬉しいことがあったの? 」

『はい!

 それは、もう! 』


 にこにことした笑顔でうなずくと、シンガロイドは片足を軸にしてくるくると回って見せた。

 バレエダンスやフィギュアスケートのような動き。

 体幹がしっかりとしていて所作が整っており、きれいだった。


『実は!

 私の喉が、直るかもしれないんです! 』

「えっ!?

 ほ、本当っ!? 」


 着信したメッセージに目を通して、奏汰は驚きに目を丸くする。

 すぐにくーが、何が起こったのかを教えてくれた。


『実は!

 ついさっき、忠重さんから夏芽さんに、ご連絡がありまして!

 アンドロイドの技術者が知人にいて、その人から手助けしてもらえることになったそうなんです! 』


 また、驚かされる。


 専門分野が違うから難航するかもしれない。

 忠重はそう言っていたのだが、意外なことにその畑違いに知り合いがいたらしい。


 どういうことなのか。

 帰宅を済ませてから直接連絡を受け取った夏芽にたずねてみると、いきさつを教えてもらうことができた。


「ああ、それな。

 どうにも、正確にはアンドロイドの技術者じゃなくって、アンドロイドの、[声帯]の技術者なんだそうだ」

「アンドロイドの、声帯の技術者?

 お医者さんがどうしてそんな人と知り合いだったの? 」

「声を失ってしまった人間用に、人工声帯っていうのがあるらしいんだが。

 どうも、使われている技術は、アンドロイド用のものと同じらしくってな。

 学校の同期にその分野を研究していた仲間がいて、そいつが今、アンドロイドの関係で働いていたんだってさ。

 しばらく会っていなかったからすっかり忘れていたのを思い出して、連絡を入れたら、昔のよしみで助けてもらえることになったらしい」


 なんという幸運な巡り合わせだろうか。

 だがそのおかげで、物事は一気に、それも良い方向へと進むはずだった。


 相手の技術者も忙しい身で、しかも遠方にいるので直接くーの喉を診てもらうことは難しかったが、次の休日に、ネット回線を通して破損の状況を観察し、修繕方法について教えてもらえるらしい。

 そこですぐに元通り、とはいかないのかもしれなかったが、アンドロイドに関係する仕事をしている専門家だ。

 いろいろアドバイスをもらえるだろうし、なんなら、より適した同業者を紹介してもらえるかもしれない。


 不思議な曲の秘密についてはまだ手探りだったが、くーは、声を取り戻すことができる。

 それは間違いなく大きな前進だった。


 加えて、彼女が実際にどんなふうに歌うのかが分かれば。

 サラスヴァティーのボーカルに有って、シンガロイドには無いものの正体が分かるかもしれない。


 そして。

 くーはサイバーライブに戻って、[美詩 舞奈]としてデビューできるのかもしれないのだ。


(ちょっと、寂しい気もする。

 けど……)


 そうなったら、今の居候生活ではなくなる。

 憧れのシンガロイドは、奏汰の家からいなくなってしまう。


 そのことは少し残念ではあったが、それ以上に。


(くーは、どんな声なんだろう! )


 楽しみだった。

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