・2-4 第12話:「看板アンドロイド」

 声が出ないのに、いったいどうやって客の呼び込みをしているのか。

 遠目で店頭にいるくーの姿を目にして、奏汰は夏芽がまた無茶をさせているのかと呆れたような気持ちになったが、近づいてみるとなかなかどうして、うまいことやっていた。


 シンガロイドはその名があらわす通り、歌声で人々を楽しませてくれる存在だ。

 だが、せっかく電子だけの存在から、実際の身体を得ることができたのだ。

 それを生かさない手はない。


 といことで、電脳の歌姫たちはダンスでのパフォーマンスも得意としていた。

 ライブ配信でも、コンサートでも。

 彼女たちは洗練された所作でキレのある振り付けを披露してくれ、そのレベルの高さも人気に一役買っている。


 声を出せないくーは、自身が身に着けたその技術を活用していた。


 小柄な体格を精一杯に伸ばし、動かして、長ネギを片手に笑顔でアピール。

 大きなツインテールを揺らし、くるくると回ったり、ステップを刻んだり、ポーズを取ったりする姿は、奏汰がいつも動画などで見ているシンガロイドそのものだった。


(やっぱり、本当だったんだなぁ……)


 思わずそのダンスに見とれてしまい、立ち止まった少年は、しみじみとそう実感する。

 くーが嘘をついているなどと疑ったことはなかったのだが、こうして実際にダンスをしている様子を見ると、普段は画面の向こう、手を伸ばしても届かないところにいる相手が、身近にいるのだということが分かって。

 感動してしまった。


 ミュージックもないまま、無音で振り付けをくり返しているだけなのに。

 ついつい、気になって見入ってしまう。


 くーは「自分は落ちこぼれだ」などと主張していたが、全然、そんな風には見えなかった。

 これで本当にぽんこつAIだというのならば、逆に、サイバーライブでレッスンをくり返しているシンガロイドの卵たちはどれほどレベルが高いのだろうかと、途方に暮れるような気持ちになって来る。


 彼女のパフォーマンスを気に入ったのは奏汰だけではなく、道行く人々も同じらしかった。

 鬼嶌青果店は父親の聡汰の目利きで毎日新鮮で美味しい野菜を仕入れて販売しているから一定の常連客を獲得しているのだが、くーが店頭でアピールしてくれているおかげで注目を引き、普段よりも客足が良い。

 いつもひいきにしてくれているマダムたちが「じょうずね~」と目を細めながらぽわぽわとしている横で、八百屋に用はないとばかりに普段は通り過ぎていくような人々も立ち止まり、その内の幾人かは店内に立ち寄って、何かを買っていってくれている。


 まさに、看板娘。

 いや、看板アンドロイド、といったところだ。


(すごいなぁ、くーは! )


 すっかり感心していると、唐突にシンガロイドのダンスがピタっと止まった。

 どうやら奏汰が帰宅して来たことに気がついたらしい。

 こちらに向き直り、にっこりと満面の笑みをくーが浮かべると、ピロン♪ と、スマホに着信があった。


『お帰りなさい、奏汰さん! 』

「ただいま、くー」


 これだけ真っ直ぐに歓迎してもらえると、それだけで嬉しい。

 少年は思わず笑顔になってしまっていた。


「それにしても、くー。

 すごいじゃないか!

 なんだか今日はずいぶんお客さんが多い」

『えへへ、そうみたいで。

 夏芽さんも聡汰さんも、居てくれて助かるってめてくれました!

 私のダンスでも、こうやってお役に立てるんですね~』

「くーは、すごいよ!

 だって、キミのダンス、とても上手だったし」

『……そ、そうなんでしょうか? 』

「ほら、叔母さんたちも感心してくれていたよ」


 奏汰が言うと、くーのダンスを喜んで見守っていたマダムたちがうんうんとうなずいている。


「ねぇ、奏汰ちゃん。

 この女の子、どちらの子かしら?

 とってもダンスが綺麗ね~」

「……ああ、ええっと。

 その」


 だが、話を振られると困ってしまう。


 なにしろ、くーがシンガロイドであることは秘密にしておかないといけないことなのだ。

 こんなところに居ると噂になってしまうと、きったサイバーライブが探しに来るのに違いない。

 そうなるのは嫌だと、少女は恐れている。

 だから彼女のことは知られてはいけない。


 マダムとしては、他愛のない、ほんの些細ささいな世間話のつもりなのだろう。

 だが正体を正直に明かすわけにもいかないし、咄嗟に良い作り話も思いつかない。

 お互いに日ごろからよく顔を合わせている知り合いで、相手の事情はある程度は把握している。

 半端な嘘はすぐに気づかれてしまうはずだ。



「へい、奥さん!

 今日はキャベツがお買い得だよ! 」


 タイミングよく声をかけて助け舟を出してくれたのは、夏芽だった。


「あら、おっきなキャベツ!

 すごい、美味しそうねぇ~」

「そうでしょう、そうでしょう!

 常連さんのよしみでお安くしますよ!

 どうです、おひつ?

 ロールキャベツでも、サラダにでも、いろいろ使えますよ! 」


 見るからに大振りで、ずっしりと身の詰まった見事なキャベツにマダムたちが引き寄せられていくと、奏汰は安心してほっと溜息を吐いていた。


 それから、昨日、春水がコーディネートしてくれた衣装を身に着けているものの、いつの間にかさらに一点アクセントが加わっているくーの方へ向き直る。


「それより、くー。

 そのマフラー、どうしたの? 」

『あ、これですか?

 店頭に立つ際に喉のテープが見えているとお客さんが気にするから、って、夏芽さんが貸して下さったんです! 』


 自分のために用意してもらえたことが嬉しかったのだろう。

 くーはにこにこと、自身の首に巻かれたマフラーを手で撫でている。


 かなり長さのあるものだ。

 小柄なくーが身に着けていると、先端が膝のあたりまで来てしまう。


 だが。

 季節外れなのに、ずいぶんと似合っている。

 ぶかぶかの萌え袖のパーカー姿もかわいらしかったが、丈の長いマフラーを身に着けたことで刺激的なアクセントが加わって、より魅力的に見える。


 なんというか。

 完璧に左右対称な物体は均整がとれていて美しいが、面白みに欠ける。

 だがそこにちょっとした物が加わっていると変化が出て、途端に面白くなる。

 そういう感じだ。


 この点のチョイスは、夏芽のことを素直に評価しなければならなかった。


「おい、奏汰!

 いつまで突っ立ってるんだい!?

 あんたもくーを見習って、店を手伝いな! 」


 その時、マダムたちにしっかりとキャベツを買ってもらった夏芽が、急かすような声をかけて来る。


「特に!

 今日はいつもより忙しいんだから! 」

「は~い!

 すぐやりまーす! 」


 もっとおしゃべりしていたかったが、あまりグズグズしているとゲンコツが飛んできそうだ。

 慌てて返事をした奏汰は、店を手伝う支度を整えるために急いで家の中へと入って行った。

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