・2-2 第10話:「変装:2」
夏芽が電話をかけて、少しして。
「こ~んに~ちわ~」
鬼嶌青果店を、一人の妙齢の女性が訪問して来ていた。
「よっ、ハル。
急に呼び出しちゃってすまんな~」
「いいのよ、いいのよ~。
何だか面白そうなお話だったし」
「店の方は平気なのか?
うちは聡汰がいるから大丈夫だけど」
「こっちはお母さんが元気だし、千春がお手伝いしてくれているから、大丈夫よ~」
裏口で出迎えた夏芽と親しそうに話しているのは、奏汰も知っている顔だ。
呉井
この弁天前商店街で[呉井洋装店]という、店自体は小さくまとまっているが最新のファッションから古着までを手広くカバーしていることで知られる洋服店を営む。
ヤンママとは同級生で幼馴染、親友だ。
奏汰の同級生、呉井
「こんにちは、おば……。
は、ハルお姉さん! 」
「あら~、奏汰くん、ちゃんと挨拶して偉いわね~」
母親と一緒に出迎えた少年は挨拶をしようとして、慌てて「叔母さん」という言葉を飲み込んでいた。
おっとり、ぽわぽわとした雰囲気をまとった春水から一瞬だけ濃密な殺気を感じ、(か、狩られる……っ! )と本能的に危険を察知したからだった。
お姉さんと呼ばれて上機嫌になり、微笑んだ春水は、持参した紙袋をかかげて見せる。
「電話で話を聞いて、いろいろ見繕って来たのだけれど~。
その、かわいい女の子っていうのはどこにいるのかしら~? 」
「二階だよ。
ま、ついて来てくれな」
「お~け~」
うなずいた夏芽が上へ案内すると、そこではくーが充電をしながら待っていた。
動けるようになったとはいえ、まだまだバッテリーの残量が心もとないのだ。
「あら~」
声を出したくないのでコンセントの前に座ったまま、緊張した様子で丁寧にお辞儀をするそのシンガロイドの姿を見て、春水はほくほくとした幸せそうな笑顔を浮かべる。
「か~わ~い~わね~♪
なんだか~、長ネギを持って踊ってそう~」
すると、奏汰のスマホにメッセージが着信する。
見ると、『光栄です! 』と、興奮が伝わって来るような文面が。
『私達、美詩 舞奈は、偉大な大先輩の容姿を取り入れて作られているのです!
なので、比較していただけてとても嬉しいです! 』
どうやらくーの姿は、長ネギを持って踊っていそうなキャラクターを元にして作られたものであるらしい。
そして彼女は自身の大先輩でもあるそのキャラをずいぶん尊敬している様子で、比較してもらえたのがよほど嬉しかったのか、瞳がキラキラと輝いて見える。
「ふふふ。
これは、コーデのし甲斐がありそうね~」
奏汰がスマホの画面を見せ、くーのメッセージを教えると、春水はやる気のスイッチが入ったかのようにむふーっと息を吐き出しながら笑った。
それから彼女は、持参した紙袋の中から次々と衣装を取り出していく。
「この子に似合うのは~、どんなお洋服~?
これかしらね~、それとも、こっち~?
あ、くーちゃん、ひとまずそのお洋服は脱いじゃってくれるかしら~? 」
シンガロイドが言われるままに服に手を伸ばすと、夏芽が奏汰を部屋の外へと追い出した。
「興味があるのは健全なことだと思うよ?
けど、ダメ~」
「んなっ、ち、違うよッ!
ちょっと、気づかなかっただけだからっ! 」
相手は生身の人間ではなくアンドロイドとはいえ、一応、女の子なのだ。
だから当然必要だった配慮をうっかり忘れていた少年は、母親にからかわれて顔を真っ赤にしながら抗議する。
とはいえ。
くーがどんな姿になるのか、興味がないと言えば嘘になる。
「も~。
ここ、僕の部屋なのに」
行き場を失ってしまった奏汰は、扉の前を行ったり来たり、ソワソワとしながら待っている。
「入ってよし! 」
ほどなくして夏芽から許可が出たので入室すると、そこには、春水によって好きなようにフルカスタムされてしまったくーの姿があった。
先ほどまでの『パンク』なイメージからは一新された。
身体よりもずいぶんとサイズが大きくダボッとした印象のパーカーを身につけている。
なんというか。
着ている、というよりは、着られている、という印象だ。
パーカーのすそは太ももの付け根までをすっかり覆い隠してしまっているし、袖は指先が見えない、いわゆる萌え袖という状態になっている。
でも。
(かわいい)
そう思ってしまう。
シンガロイド:美詩 舞奈は比較的小柄な体型に作られていたが、その「ちいさい」という特徴を前面に押し出し、強調するような形になっていた。
「うふふふ~。
萌え袖には、ロマンが詰まっているわ~」
春水は大満足している様子で、何度もうなずいている。
「フリフリの~、かわいらしいワンピとかも用意して来たんだけれど~、なんだかそれだと、わざとらしい、とってつけたような違和感のある[かわいさ]になっちゃう気がしたのよね~。
これなら~、くーちゃんの素直で健気なイメージがよく出ると思うのよね~。
ちなみに~、こう見えて、下は夏芽のチョイスのままだったり~。
どうも、くーちゃんが気に入ってるみたいなのよね~」
どうやらあのデニムのショートパンツと黒いタンクトップの上にこのパーカーを着ているらしい。
その時、また奏汰のスマホにメッセージが届いた。
『あの。
どう、でしょうか? 』
くーが、上目遣いになってこちらを見つめてきている。
感想を聞きたいようだ。
「う、うん。
けっこう、似合ってると思うよ」
少年が気恥ずかしそうに頬をかきながら答えると、シンガロイドはうつむいて、身体をくねくねと揺らしている。
「あら~」
「マセガキ」
そんな二人の様子を、大人たちがほっこりした様子で眺めていた。
こうして。
シンガロイド[くー]は、正式に鬼嶌家の居候となった。
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