・1-7 第7話:「町医者」

 奏汰の母、夏芽は、息子に言わせると「ガサツな女」だったが、人情家でもあった。

 家族、友人が困っているのなら、手を差し伸べる。

 決して黙認したり、見過ごしたりはしない。


 そしてその一面は、アンドロイドに対しても発揮されるようだった。


「ねぇ、母さん。

 仕事はいいの? 」

「あ~、いいの、いいの。

 聡汰が配達から帰って来たからね。

 それに、あんた一人じゃ医者にはかかれないだろう? 」

「それは、そうかもしれないけれど。

 でも、お父さんかわいそう……」


 鬼嶌 聡汰きじま そうたというのは奏汰の父親、夏芽の夫のことだったが、ヤンママは仕事をまるまる押しつけてしまうつもりでいるらしい。

 もっとも、その点は手伝いをさぼっている息子の方も同罪であるため、少年もそれ以上はなにも言わないことにした。


 聡汰は優しい性格をしているから、後で肩でもんでやれば機嫌を直してくれるはずだ。


 九号機を連れて二人がやって来たのは、商店街の中にある診療所だった。

 [阿良川クリニック]という町医者で、主に外科を専門としている医院だ。


 数年前に改装してあるから、内装は真新しく、医療施設らしく非常に清潔だ。

 そしてその待合室で、母子おやことシンガロイドは診察の順番が来るのを待っている。


 幸い、今日は他の患者の姿は少なく、すぐに名前を呼ばれることになった。


「おう、夏芽。

 今日はどうしたんだ? 」


 診察室に入ると、そこで待っていた男性の医師は気さくに声をかけて来る。

 それもそのはず。

 このクリニックの医院長でもある阿良川 忠重あらかわ ただしげは夏芽と聡汰の幼馴染であり、同じ商店街で店舗を営んでいるという縁もあってか家族ぐるみでつき合いがあるから、奏汰のこともよく知っている。

 血縁関係はないが、叔父おじさん、と言ったところだろうか。


「見たところ、二人とも健康そうだな?

 外科にかかるような症状は見当たらない」

「そりゃそうさ。

 だって、今日はあたしらの用事じゃないんだから。

 あんたに見てもらいたいのは、このコ」


 怪訝けげんそうな顔をしている医師の目の前に、夏芽は奏汰の背中に隠れるようにしていた九号機を引っ張り出す。


「喉を怪我しちゃったみたいでね。

 なんとか、直してあげられないかな? 」

「直す、って、オイオイ……」


 気恥ずかしそうにしているシンガロイドと、堂々としている夏芽とを交互に見比べ、忠重は酷く戸惑っている。


「ここは、人間をるところだぞ?

 俺だって助けてあげられるならそうしたいが、機械工学は専門じゃないんだ」

「まぁまぁ、そう固い事、言わずにさぁ?

 機械も人間も、そう大差ないんじゃないのかい?

 ほら、見た目はこんなにあたしらにそっくりじゃないか」

「そう言われてもなぁ……」


 彼が渋るのも当然だった。

 医者といえば高学歴の代表格のような存在で、多くの研鑽けんさんを積み医療技術を身に着けた専門家プロフェッショナルたちだったが、その専門外のこととなると手に負えるものではない。


 他の患者だっているというのに。

 できるかどうかわからない、おそらくは何の手助けもできないだろうということに関わっていられるほどの余裕などありはしない。


「お願いします、忠重叔父さん! 」


 だが、奏汰が自分でなんとかしようとするよりは、遥かに見込みがあるのに違いない。

 少年は必死に頭を下げて頼み込んでいた。


 頭の中から、「歌えなくなってしまった」と泣いていた九号機の姿が離れない。

 その様子はあまりにも深刻で、真剣で。

 どうしても放っておくことなどできなかったし、なんとかしてあげたい。


 そして、なにより。


(彼女は、どんな風に歌うのだろう……)


 未発表のシンガロイドの歌声を聞いてみたかった。


 その熱心さが届いたのだろう。


「……はぁ。

 まぁ、やれるだけ、やってみるさ」


 忠重は困った顔で自身の頭をかくと、九号機の診察を始めてくれた。


「ふぅむ……。

 外傷からすると、配線がいくつか断線している以外には、目立った損傷はなさそうだが……。

 おい、君、口を開けてくれるかい? 」


 シンガロイドが無言のまま大きく口を開くと、外科医はペンライトで喉の奥を照らし、慎重に声帯の様子を観察する。


「君、なにか話せるかい? 」

「……スコシ、ナラ」

「うん、よし。

 ちょっと、「あー」って言ってみてくれるかい? 」

「ァー」

「ふむふむ、なるほど」


 一通ひととおりの診察を終えると忠重は腕組みをして、思案するように天井の方を見つめる。


「センセ、何か分かったのかい? 」

「九号は直せるんですか!? 」


 その様子を目にした夏芽と奏汰は期待を胸に見解をたずねる。

 九号機も、真剣な眼差しで食い入るように見つめていた。


 すると、忠重は険しい表情で小さく首を左右に振った。


「そう言われてもな。

 やっぱり専門外のことだから」

「そ、そんなぁ……」


 少年は落胆して悲痛な声を漏らし、シンガロイドも落ち込んだように視線を下げる。

 ツインテールが力なく垂れ下がった様は、見ていて痛々しかった。


 だが、忠重の言葉にはまだ続きがあった。


「けれど」

「……けれど!? 」

「診た限りだと、声帯の部品本体には、大きな損傷は無さそうだった。

 見た目は綺麗だし、形も人間のものとほぼ変わりなく、壊れてはいないんじゃないかと思う。

 配線がいくつか千切れているのが問題なんだろう」

「なるほど。

 つまりは、そいつをつなげ直せば、また元通りに声が出せるかも、ってことかい? 」

「ああ。

 気密するために喉の傷口も塞ぐ必要はあるだろうけれど、直せるんじゃないかな? 」

「やった! 」


 奏汰は思わずその場でジャンプしてしまいそうなくらいに嬉しかった。

 なんとか小さくガッツポーズをするだけに抑え込んだが、絶望的と思われていた事柄に、解決の糸口が見えたのだ。


「ただ」


 しかし。

 忠重の言葉には、また続きがあった。


「問題は、俺には直し方が分からない、っていうことだ。

 配線をつなぎ直さないといけないんだが、正解のつなぎ方が分からない」


 ここにいるのは人間のための外科医であって、アンドロイドの修理の仕方は分からない。

 専門外という事実はどうにもできないようだった。

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