落ちこぼれAIと気弱男子は、自分だけの音楽を見つけたい!

熊吉(モノカキグマ)

:第1章 「落ちこぼれAIは歌いたい」

・1-1 第1話:「シンガロイド」

 シンガロイド。

 [歌う:Sing]と[人造人間:Android]を組み合わせた造語で呼ばれる、電脳の歌姫たち。


 この世界にボカロという一大ジャンルを築き上げ、伝説となった、あの電子の歌姫の子孫とも言える存在。

 急速な人工知能とロボティクスの発達によって、実体を持たなかったネットワーク上の存在は立体化され、直接触れ合うことのできる存在として進化し、誕生した。


「あ。

 今日は、新曲が出てる! 」


 ポチポチとスマホを操作した十四歳の少年、鬼嶌 奏汰きじま かなたは、シンガロイドたちをプロデュースしているサイバーライブのウェブサイトで学校に行っている間にリリースされていた新曲を見つけると、嬉しそうに微笑んでいた。


 公立の中学校から、自宅までの徒歩十五分。

 長くはないが、かといって特筆するようなこともできない、中途半端な時間。


 その退屈を埋めるのにシンガロイドたちが歌って踊るライブの動画は、彼にとっては最適なものだった。


 所詮しょせんは人工的に生み出された機械人形オート・マタと侮るなかれ。

 人工知能(AI)による自己学習を行い、人間と同様に歌唱・ダンスのレッスンを重ねた彼女たちのパフォーマンスは洗練され、聞く者、見る者をき込む輝きを放っている。


 熱中できるだけではない。

 コンサートやサイン会に向かえば現実の存在として直接交流することができるのだから、応援のやり甲斐がいがあるというもの。


 シンガロイドたちは、最初の一体が発表されて以来の五年以上に渡って、奏汰のような少年・少女を始めとする若い世代だけではなく、往年のボカロたちの活躍を知る世代からも受け入れられ、人気を集めていた。


 さっそくワイヤレスのイヤホンを耳に装着し、新曲を聞き始めた少年と同様。

 彼女たちのライブ動画を楽しんでいる人はきっと、数多くいることだろう。


 シンガロイドたちが大きな支持を集めることができたのは、単純に、彼女たちのパフォーマンスが優れているから、という理由だけではなかった。


「あ、この曲!

 公募で選ばれたやつなんだ!

 いいなぁ~」


 新曲の最後に流れた作詞者の名前を目にして、奏汰は少し熱のこもった溜息をつき、うらやましがる。


 電脳の歌姫たちが人々に受け入れられた秘訣ひけつ

 それは、年に何度も一般のファンから新しい歌詞を公募し、それを実際のライブ曲として採用してくれる、という仕組みがあることだった。


 サイバーライブが仕掛けた、巧妙なプロモーションだ。

 好きになったシンガロイドが自分の作った歌詞を実際に歌って、振り付けまで考えてくれるのだからファンは嬉しいに決まっているし、彼女たちの存在を身近に感じ、親しみを持つことができる。


 一方的に供給されるだけではない。

 自分たちファンも一緒になって、[推し]を盛り上げることができる。


 自作した歌詞を歌ってもらえるというのは、奏汰を始めとして、多くの少年少女にとっての憧れであり、夢となっていた。


「……ボクも、応募できればいいのにな」


 素晴らしかったパフォーマンスの余韻よいんに浸りながら、奏汰は溜息を吐く。

 今度のものは、気弱な、残念そうな嘆息たんそくだ。


 他のクラスメイト達の中には、実際にサイバーライブにオリジナルの作詞を応募した者もいる。

 しかし、奏汰はそうしたいと思いながらも、なかなか、行動に移せないでいた。


 自信がないのだ。


 アイデアはある。

 自分ならこんな歌詞を歌って欲しい、あんな言葉をメロディにして欲しい。

 そういう思いはあるものの、———採用してもらえないのではないか、と、いつも不安で。


 もし、応募したものを、誰かに笑われてしまったらどうしよう。

 そんな恥ずかしい気持ちもあって、足踏みをしてしまっている。


(でも、いつか。

 そう、いつかは……! )


 今日も勇気は出せなかった。

 だから、いつかは。

 そう願いつつ、奏汰は[弁天前商店街]と大きく掲げられたアーチをくぐり、ガラス張りのアーケードが設けられた一画に入り込んでいた。


 彼の家は、この中にある。

 [鬼嶌青果店]という、いわゆる八百屋をやっている。


「帰ったら、母さんにまた手伝わされるんだろうなぁ……」


 それでいて、宿題もきっちりこなさないと叱られる。

 家族の一員として、戦力ろうどうりょくとしてこき使われるだけではなく、なかなかしつけに厳しい家なのだ。


 こんなことでは、納得のいく歌詞がいつまで経ってもできないじゃないか。


 それは奏汰の紛れもない本音であり、真剣な悩みだったが、同時に。

 自分が足踏みをしている理由、[言い訳]でもあると彼は自覚しているから、また、深々とした溜息が出てしまう。


 スマホに書き溜めている歌詞を、サイバーライブの公式サイトで応募するだけ。

 たった数秒で終わってしまう簡単な操作が、できない。


 ———意気地なし。

 自身のことをそうののしりたくなってしまう。


 そうしている間に、今日も、もうすぐ自宅にたどり着く。

 あの角を曲がれば、シャッターの開いた店先には朝早くに父親が卸売市場にまで出かけて仕入れて来た新鮮な野菜の数々が並べられていて、馴染みのマダムが真剣な表情で吟味している姿が見えるだろう。


 いつものように。

 お客さんに愛想よく挨拶して、家の中に入り、鞄などを下ろし、手洗いとうがいを済ませて、エプロンを身に着けて店の手伝いをする。


 その、ルーチンワークの手順を思い起こしていた時のことだった。


「なんだろう? 」


 ふと、違和感を覚えて立ち止まる。


 商店街の、肩を寄せ合うように建ち並んでいる建物の隙間にできた、小さな路地。

 見慣れた景色の一部にしか過ぎないその場所に、なにか。


 見慣れないものがあったような気がする。


 誰かが粗大ごみを一時的に仮置きしているだけかもしれない。

 そう思ったが、妙に関心を持ってしまったのは、それが。


 人型に見えたからだ。


 少し怖いなと思った。

 何らかの事件だったり、どこかからかやって来た見知らぬ人物だったりしたら、何が起こるか分からない。


 とはいえ、無視はできない。

 助けを求めている相手かもしれないのだ。


 おそるおそる引き返し、そっと、立て看板の隙間からのぞき込む。


 そして奏汰は、驚きの余り目を丸くしてしまっていた。


「……シンガロイド? 」

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