奇妙な文通相手について

@Dr_Kobaia

奇妙な文通相手について

これは私の母親の話です。


私の母が学生の頃って、遠いとこに住んでる人と文通するのが流行ってたんですって。


ペンパルって言うんでしたっけ?初めて聞いたときは結構びっくりしたんですよ。だって、実際に会ったこともないような人と手紙のやり取りをするんですよ?なんか、いろんな雑誌に住所とか投稿したり、友達同士の紹介とかで、「文通しませんか」っていって始めることが多かったみたいですね。


私の母は小学生の頃に孤児になって、児童養護施設で子ども時代を過ごしました。そこでは、情操教育の一環として文通があったそうで。母も中学生の時に施設の職員さんに勧められて、他県に住んでる同い年の女の子と文通を始めたらしいんです。もちろん実際に会ったこともないし、最初はどんな顔も知らなかったみたいです。でもその子はとてもきれいな字を書く人でした。名前は清水さんといったそうです。母は「こんなに良い字を書く人だから、清水さんはきっと素敵な人に違いない」と思ったそうですよ。







今日はわたしのお友達と一緒に■■■■のコンサートに行きました。

いつか、〇〇さんも好きだと言っていましたね。

実をいうとね、前の夜は楽しみでぜんぜん眠れなかったんです。

だって、いつもレコードや雑誌の写真でしか見られなかった■■■■が、目の前で見られるんだと思うと、始まる前からどうしても緊張してしまうの。

こうして書くと、わたしってなんだか子どもみたい!

当日コンサートが始まると、全てを忘れて楽しんでしまいました。

お友達も同じ気持ちだったみたいです。

終わった後は喫茶店に行きたかったのだけど、わたしの家は門限があるので、ふたりで急いで帰りました。

こういう時ほど早く大人になりたいと思う時はありません。

いつかあなたとも会って、そして一緒にお出かけしてみたいですね。

私の学校とかお家とか、あなたにいっぱい見てもらいたいな…。







こんな手紙をとてもかわいらしい字で綴って送ってくれるんですから、確かに楽しいかもしれないですね、文通って。


やり取りを重ねるうちに、写真も交換したりしたそうです。…とてもきれいな子だった、と母は言っていました。


文通の内容は他愛もないものだったみたいで、好きな音楽とか、漫画の話とか、学校であった笑い話なんかをやり取りしてたみたいです。同じ話題でも、清水さんはきれいな字で、かつ上品な文章を書く人でした。母はあまり達筆な方ではないものですから、正直引け目を感じちゃうくらいだった、と言っていました。


特に母が楽しみにしていたのは、清水さんの家族の話です。さっきも言ったように、母は家族がいなかったものですから。彼女のお母さんが作るお料理の話だとか、お父さんが休日に連れて行ってくれる所の話だとか、生意気だけどかわいい弟の話を、毎回楽しみにしていたんだそうです。


ただ、清水さんの家はちょっと変わったところもあったそうで。なんか、ふつうとは違う、独特な信仰をしていたらしいんです。







来週はクリスマスですね。

でもうちはクリスマスのお祝いはしないんですよ。

その代わりに、今日はわたしの母とにお参りをしました。

きっと〇〇さんはご存知ないでしょうね。

わたしの家族が代々お祀りしてる神様です。

とてもありがたい神様で、色んなご利益をわたしの家にもたらしてくれます。


ああ、どうか変な家族だと思わないでください!







変わった信仰ですよね。私も気になって色々調べたんですが、「ジンツクさま」なんて神様、どうやったって見つからないんです。どこかの地方の土着の神様なのかと思ったんですけど、どうやらそうでもないそうで。おそらく清水さんの家だけが崇めてる存在のようでした。


でも文通をする上では何も関係ないですから。母は気にすることなく、手紙のやりとりを続けました。


でも、ある時から手紙の雰囲気が変わったんです。こんなこと言うのもなんだけど、それまではとても女の子らしい?感じだったのに、ちょっと冷たい感じにの文章になったというか。


なにより変わったのが、文字でした。なんというか、言葉遣いも筆致もまるっきり変わったんですよ。


母が言うには、「まるで男みたいな字になった」らしいんです。繊細だった筆遣いは見る影もなくて、鉛筆で乱暴に書いたような粗っぽい感じになりました。それに…。字も太く、大きくなっていったんです。


そして内容も信じられないようなものになって…。







今日は学校でおもしろいことがありました。

わたしをいつもからかってくる、田端という男子が授業中に倒れたのです。

白目をむいて、泡を吹いて、誰の声も聞こえない風になっていて、とても愉快だった。


実はね。

この間ジンツクさまにお参りしたときに、「アイツを懲らしめてください」ってお願いしたんですよ。

今思い出しても笑える。


あなたにもみせてやりたい。







異様に大きい文字でしたためられた、悪趣味な手紙の内容に、母は愕然としました。でも母は以前の素敵な清水さんのことが忘れられなかったんですって。もしかしたら具合やら虫の居所が悪くてこんなことになったのかもしれない。時間がたてば以前のように楽しい手紙をくれるんじゃないか。母はそう思って、文通を続けたそうです。


でも手紙の内容はどんどん荒っぽくなっていったんです。







鈴木という英語の教師がとんでもないことをしてきました。

私の持っていたジンツクさまのありがたいお守りを、「なんだこれは」と言って、あいつは笑ったんです。

見るからにあらたかなこの霊験がわからないとは。

なんとも無教養で、不躾で、ふざけたことをいうものです。

今度ジンツクさまに申し上げをして罰を与えてやらねばなりません。

あなたは笑ったりしませんよね?


おかしくありませんよね?







殴り書きのような手紙と共に、例のお守りの写真が入れてあったそうです。…それは異様な形をした人形の写真でした。いや、人形と言っていいのでしょうか。布で作った真っ黒な人型に、腕のようなものが何本も生えていたそうです。誰がどう見たってまともなものには見えません。でもそんなことを正直に言えるわけありませんよね。だって、どんなまじないをかけられるか分かったモノじゃないんですから。


母はもう文通を辞めたくなっていました。あの素敵だった清水さんは完全に変わってしまった…。それはジンツクさまとかいう神様のせいなのか。一体なんなのでしょうか。そう思っていた矢先、決定的に狂った手紙が届きました。







今日は学校へいきました。

勉強をしました。

1時間目は国語でした。

2時間目は数学でした。

3時間日は体育でした。

4時間目は英語でした。

5時間目は


なんだったかなあ。







よくドラマで、筆跡鑑定をごまかすためにわざとまっすぐな線だけで文字を書く、みたいなシーンあるじゃないですか。その手紙はまさにそんな字だったそうです。とてもまともな人間が書くような文字じゃなかった。


もうこの時点で母は文通をやめようと決心していました。清水さんは絶対にどこかおかしい。いや、これはもはや彼女じゃない。別の何かに違いありません。母は職員さんにもこの恐ろしい手紙を見せ、文通をやめたいという旨を伝える手紙を書き始めました。


そんな折です。


母からの返信が来ないうちに清水さんからこんな手紙が届いたんです。








こんどあんたんちにいきたいです

いつがいいですか

あしたですか

あしたがだめならあさってでもいいです

ではあさっていっていいですか

だめですか


へんじをしろ








今回は便箋の一面いっぱいに、字を覚えたての子どもがグーで殴り書きしたような、とんでもなく汚い文字がしたためられていました。それも全てひらがなで、文章も完全に破綻していて、もはや手紙の体をなしていないんですよ。


こうなるともうわけがわかりません。これがあの清水さんなのか?母は怖くなると同時に全く信じられないという気持ちでいっぱいでした。


家に来るって…?まずいことになりました。文通をしているということは、お互いの住所もわかってるということです。母は恐ろしくなって、「もう文通はやめる。私のところへも来ないでほしい」という手紙を急いで出したそうです。


…。


……。


その後パタリと手紙は来なくなりました。


高校に通うようになった母は、施設を出て下宿先で暮らすようになりました。実際、清水さんのことが恐ろしくて施設から逃げた、というのも理由の半分で、しばらくは心配でしょうがなかったようですね。職員さんもそのことは気に留めてくれていたそうです。「あなたの下宿先を教えることはないから安心して」と。おかげで下宿先に清水さんが乗り込んでくるようなこともなく、平和な生活を送ることができたそうです。やがて母は学校を卒業し、私の父と結婚して現在に至る、というわけです。


…。


でも、この話、実は終わってなかったんです。


続きがあったんですよ。


それは、母が高校を出て、施設に久しぶりに顔を出した時のことです。職員さんに挨拶をしに行った母が、思い出話のついでに、ポロリと例の文通のことを口にしたんです。


「あの時はどうなることかと思いました。下宿先だって伏せるようにお願いしましたものね」


母がそういうと、職員さんは急に重苦しい顔になりました。「今だから正直に言うとね…」職員さんは言いました。


「実は、手紙ね。来てたのよ」


そうです。


文通を断る旨を伝えた後、手紙は来なくなった、と言いましたが。


違ったんです。


本当は来てたんです。


一通だけ。


心配させまいとした職員さんは、あえて母には見せずに、自分のところで最後の手紙を止めていた、と言うことでした。


「ごめんなさい。中身は改めてしまったの」


そう言って、職員さんは一枚の封筒を母に渡しました。


「黙っていてごめんね。でも、これは見せない方がいいと思って…」


母は中の便箋を取り出しました。













そこには。


たった一言。

































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