第16話『強権と狂犬』

 モイジャガーン王宮。国の中心に堂々とそびえ立つ、山のように巨大な王宮。

 かつて世界を襲った大飢饉を極西の地、トポテ断崖岬で見つけたジャガー芋を普及させて人々を救った初代勇者、フレンチス・ジャガー・プライドが作り上げた千年続く王家の権威の象徴。


 その城の門を俺たちが開くと、そこにはざっと二十名ほどのメイドと四十名ほどの騎士がいた。

 リペルは面を食らっているようだが、俺達からすればいつものお約束に過ぎない。なんなら前来た時はメイドがこの三倍は居たように思う。


(こりゃ本気で俺達を捨てるつもりだな。前と比べて露骨にメイド減らして騎士増やしてやがる……いくらなんでも、門前払いは食らわないいだろうが)

「お待ちしておりました。ヒルリア・ホーリーベル嬢様」

 馬車が歩みを止めるのを確認すると、従者たちの中から小柄な老メイドが馬車の前に出てきた。一見するだけで理解できる、隙の無い綺麗な構え。


「あの人だれっすか? メイドなのに、明らかにただ者じゃない雰囲気なんすけど……」

「イドメイさん。苗字はわからない。王宮メイド長兼王宮警備部隊『終壁』の隊長だ」


 一人一人がドラゴン十匹を一度に相手しても勝てると噂される最強の部隊、『終壁』最強の女。格闘術、武器術、魔術を全て超一流に習得し、力強く、それでいてしなやかに戦う姿から『雪豹』の異名を持っている。


 化物みたいなお方だ。五回手合せしたことがあるが、その内二回俺は負けた。

 人間で齢七十を超えているというのに、彼女の強さは今でも世界で十本の指には入るだろう。


「出迎え感謝いたします、イドメイ様。此度、王が私たちについて誤解を抱かさっていると聞いたため、参上させていただきました。早速で悪いのですが、グキン王の元へ案内してもらえるでしょうか」

「ええ……ええ。勿論、準備はできております。今、会食の席までご案内いたしましょう」


──────────────────────――――――――――――――


 会食会場に用意されていた食事はやはりと言うべきか豪華だった。


「グビーグ商会から仕入れた葡萄酒、フカアマイでございます。こちらは前菜、ジャーガ芋とアヒルの卵のポテトサラダ……最後にこれが、メインデイッシュ、ペカザス肉のボーンステーキ、檸檬と胡椒のソース掛けでございます。ごゆるりと召し上がりください」


 無論、誰も手を出さない。王がまだ来ていないのだ。勝手に食べ始めるなどどう考えても礼儀がなってないだろう。

 幸い、蔵で冷やされた葡萄酒が温くなるよりも前に、この城の主人は部屋に現れた。


「ふん。オーカーのガキが消えたのはどうやら本当だったようだな」

「……ご無沙汰しております。グキン閣下。私ヒルリア・ホーリーベル。勇者パーティーのリーダー代理として、此度参上させていただきました」


 ウェーブがかかった白髪に、豪華絢爛な宝石があしらわれた服飾、何もかもを疑うような視線に、枯れ木のような体格。

 何より王族の血筋を象徴する、青と黄のオッドアイ。


 グキン・ジャガー・プライド王、その人だ。


「さて、ホーリーベルの小娘。さて、今日はどこまで愚かな要求を、この儂に求めに来たのだ」

「……はい。単刀直入に言いますと、私たちへの支援の打ちきりの命令を、取り消してもらいたく思います」

「ふん。無能め。王室の金を喰い漁るドブネズミめが」


 グキン王は心底不愉快そうな顔をしながら卓におかれていた葡萄酒を手に取り、口につけた。


「先代から数えて二度も敗北を喫し、勇者を連れ去られ──貴様らに施す支援など少しとてあるものか。勇者など不要、儂の優秀な部下が率いる軍の力をもって魔王など簡単に討ち取ってくれるわ」


 グキン王は剣を振るうかのように、手元にあったナイフを弄ぶ。イドメイさんがデザートを持ってくると、その眉間のよった顔に少しだけ陶酔の笑みが浮かんだ。


「葡萄と桃のノモダクアイスでございます。冷たいうちにお召し上がりくださいませ」

「おお、やっときたか……。うむ。やはりイドメイの作るアイスはやはり絶品じゃ」


 イドメイさんが出したケーキを、王はしゃぶるようにかっ喰らった。俺たちの席にも同じアイスクリームが配られる。

 氷魔法で凍らせた桃のピンクと葡萄の紫のコントラストがとても目に良い。味もきっと、一級の甘味なのだろう。

 しかし体質的に桃が受け付けない俺は、目を輝かせてアイスに夢中になるリペルに自分の皿を渡すことにした。


「……ふう。さあ帰った帰った。貴様らは精々、勝手に剣を振るって戦っていろ。儂は少したりとて、金を出すつもりはない」

「お待ちください国王! 確かに私達は手痛い敗北を受けました。しかし、我々はただ敗北を喫しただけではありません。四死柱の一柱、焔の塒のクザスメラはステイン・ベーシカルとリペル・カースドッデ、彼ら二名の力で打ち倒しました。その内一名、ステイン・ベーシカルはご存知のとおり元々勇者パーティーの一人で」

「はん。あまりにお粗末な嘘じゃな」


 グキン王はヒルリアに最後まで言わせることもなく、そう断じた。


「その魔力の薄い小娘がカースドッデ家の生まれで、しかも四死柱の一柱を討伐しただと? そんなこと到底信じられぬわ」


 思わずリペルを見る。

 リペルは悔しいような、悲しいような……そんな苦しそうな表情を見せた。


「……一見、そう見えるかもしれません、しかし彼女は」

「マジだぜ。おっさん」


 思わず俺は声をあげた。


「……!? 貴様、誰にむかっておっさんなどと」

「聞こえなかったなら後四回まで言ってやるよ、オッサン。リペルのスキルと頑張りのおかげで焔の塒のクザスメラはぶっ殺せたんだよ、オッサン。口ばかりで動きもせず実績もなにもない、漬物石みたいに王座に乗ってるだけのオッサンとは違うんだぜ。世界をすくった先々代勇者で先代王のハヤト王と、才色兼備の天才だって評判のラーロ姫に挟まれてる、落ちこぼれのオッサンとはな」

「や、やめなさいステイン! すみません。王、我が仲間ステインの無礼をどうかお許しを」

「ふ、ふ、ふざけるな! 儂の気苦労の何を知っていると言うのだ! ただ剣を振るっているだけの野蛮人の分際で」


 ガシャン、バチャン。と硝子が砕ける音と、液体の弾ける音が食卓に響いた。

 全く、一切の気配なく、俺ですら音が聞こえて数秒立つまで理解することはできなかった。


 リペルがワインのグラスを、グキン王の顔に向かって思いっきり投げていた。


「・・・・・・私の英雄を、愚弄するなっす」

「グキン様!」


 全ての人間の中で、一番早く動いたのはイドメイさんだった。右手をリペルに。左手を王への攻撃を牽制するように向けた。


氷杭弾アイスショット!」

「よくやった」


 リペルに向かって発射された三発の氷の魔弾は、しかしリペルに当たることは無く、リペルの座っていた椅子を氷漬けにした。


「縮地。練影。兎穴抜き。ほい、ステイン」


 シフネが全く見えないほどの速度で、俺の背中にリペルを乗せた。


「……ありがとう! 逃げるぞ!」


 イドメイさん相手だとしても、この状況ならどうとでもなる。世界最高峰の能力をもった人類である、勇者パーティーが四人。その四人全員が逃げの一手を選んだなら。


「好きに逃げて! 連絡はヒルリアのスキルで取ろう!」

「う、ううっ、わかりました! なんで、なんでこんな予定外のことばかり!」

「アッハッハー、了解! いやー面白いねリペルちんは」


 剣で窓を切り裂き、炎で天井を溶かし、あるいは通路をただ走り、俺たちはてんでバラバラに逃げた。一人でその全てを補足できる存在は恐らくこの世界に存在しないだろう。


「つ、捕まえろ! その小娘を引っとらえて、処刑するのだ!」


 そう叫び続けるグキン王の声だけが、やけに大きく王宮に響いていた。

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