2章 王国編

第14話『そして次の物語へ』

「――ステインさん!」

 深い暗闇に沈んでいた思考が覚醒する。目を開くと、俺の顔に長い髪が掛かっていた。


「リペル……ここは……」

「ホーリーベル家の屋敷っす! 前に、私を寝かせてくれた部屋っす!」

「ホーリーベル……ってことは、俺達は、勝ったの、か……」

「そうっす! ステインさん、あなたは、あなたは勝ったんす! クザスメラに勝ったんすよ!」

「……俺たちだな。俺たちが、勝ったんだ」

 クザスメラの姿を思い出す。奴は、俺だけでは絶対に勝てない恐ろしい強者だった。

 昔の俺だったら、あいつに勝つことなどできなかった。


「おはようございます。ステイン」

「お。起きてる」

 リペルより少し低い、違う女の声が聞こえた。

 見ると、細身長身の修道服を着た女が居る。

 前に見た時と違うのは、来ている服が厚く豪華な修道服なことだ。と言っても成金臭さの無い、上品な豪華さだったが。

 ヒルリア・ホーリーベル。しかもその隣にはもう一人、顔に大きな傷を付けた、短髪の女が立っている。

 シフネ・ゾクフーシス。勇者パーティーの斥候。


「ヒルリア、シフネ……治ったか……セーレは?」

「ええ、もちろん彼女の傷もすでに治してあります」

「あはは……やっぱお前すげえわ。シフネ、セーレの居場所わかるか?」

「いや。あいつは気まぐれだからわからない。呼べば出てくると思うけど……」

 シフネは珍しく、ばつの悪そうな顔をしていた。いつも澄ました無表情を貫いている女なのだが。


「……追放の件、シフネ達を恨むなとは言えない。赦せとも言えない。けれど、アイウェ……あいつを助けるまで」

 よく見るとシフネの目は腫れていた。

 自分とシフネは従兄妹なのだと、魔王を倒して全てが終わったら、故郷に帰って二人で暮らすのだと、男同士で呑んで居るときにアイウェから聞いたことを俺は覚えている。


「どうか、どうか……力を、貸して欲しい」

「私は、助けたいっす。苦しんでいる人を放っておけるほど私は強くないっすから。ステインさんは」

「……助けるよ。当たり前だろ。俺はアイウェのケツを二回も拭いてやったんだ。あいつのキザな二枚目面を間抜け面に歪めて『ごめん』って言わせるまでは、せいぜい付き合うさ」

 俺を追放したこと自体は恨まない。けれど、さすがにごめんの一言は欲しい。それがなんのごめんなのかは俺にもわからない。


「――感謝する」

「ステイン。起きてすぐに申し訳ないのですが」

 ヒルリアは目を大きく見開いて、俺の顔を覗きこんだ。


「これからの話をしなければいけません」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 俺達はホーリーベル家の書庫に集められた。


「久し振りぃ。くっふふ、変わってないね、ステインちんは。私が初めてを奪った時となんにも変わってない」

「……まじで止めろセーレ。リペルに誤解されるだろうが。確かにお前に、自分で初めて稼いだ金を全て賭博に使われた時のことは、今でも鮮明に思い出せるが、それをそう悪意のある表現にするな」

 ダークエルフ族最後の末裔。セーレ・コンジェムは俺の抗議に笑って答えた。


「おお~! 君がリペルちん、ステインの彼女ね! 同じ屋敷に暮らしていたのに会うことなかったよね! 可愛いね~!」

 セーレはエルフ族特有の長い指で、わしゃわしゃとリペルの髪を掻き回す。


「ちょ、やめてください! それにか、彼女なんかじゃ、ないっす!」

「ああそっか! 彼女じゃなくてお嫁さんか!」

「ち、ちちち、違うっす!」

「セーレ。戯れはそこら辺でお止めにしなさい」

 ヒルリアが静かに、しかし強くセーレを諌めた。いつものパターンだ。

 セーレは黙って、リペルから手を離す。


「……さて、セーレも静まったことですし、本題に入ろうかと思います」

「あいよ」

 ヒルリアの正面の座席に座る。リペルは俺の隣に。シフネとセーレはそれぞれ本棚の上に座った。


「単刀直入に言います。貴方が眠っていた五日の間に王都より貴方へ使者が来ました。使者曰く、我々勇者パーティーがクザスメラに敗北を喫したことに、グキン王が酷くお怒りになられているようで……私達勇者パーティーへの一切の援助を廃止するとおっしゃっていらっしゃるそうなのです」

 グキン王……グキン・ジャガー・プライド王。プライド王国第19代継承者にして現国王。性格は傲慢で狭量、戦は下の上で内政は中の下……国を傾かせるほどの暗愚の王と言うわけではないが、民からの評価のあまり高くない男だ。露悪的に言うなら、『先代の作った太平に胡坐を抜かす無能』と言った所か。


「勇者パーティーの援助打ち切り……不味いな。アイウェ救出やクザスメラのような四死柱や、それより強い魔王討伐、それらをこなすためには、むしろこれまで以上の支援が欲しい。それを打ち切られちまうとなると……」

「はい。私達の保有している資産など、アイウェ無しではすぐに尽きてしまうでしょう。私達はグキン王を説得し、支援打ちきりの命令を撤回してもらう必要があるわけです」

 何となく話の流れが見えてきた。


「つまりあれだ。俺たちは王都に行ってグキン王と会談、交渉をする。それにはクザスメラを倒した俺とリペルっていう駒が必要……ってわけか」

 これから先、装備の新調が不必要とも限らない。特殊な人材を雇う必要があるかもしれない。勇者否定主義の貴族や国との交渉が必要になるかもしれない。単純な長旅の資金も必要だ。なににしろ、プライド王家の資金と権力は必要不可欠になる。


「駒と言う表現は頂けませんが、その通りです。現在の状況がどれだけ厳しいものであるか、状況を打開するために必要な資金がどの程度かを進言させてもらいます。ですがクザスメラに負けた私達だけでは、王は納得されないでしょう。クザスメラを直接仕留めた貴方たちの存在こそが重要なのです」

「わかった。協力するよ……リペル、王都に行ったことはあるか?」

「ない……っす。ほとんど実家のあるイロノ湿地でずっと過ごしてきたし、家を飛び出した後もホーリーベル領以外で有名な場所には行ってないし……」

「そうか、なら楽しいぞ。王都には色々なものがあるからな。例えば……」


 今思えば、あまりに平和な時間だったのだろう。

 俺たちはまだ知らなかった。


 この三日後、王都で史上最大級の死者が出る大事件が起きることを……雨天のストムガの王都襲撃事件があることを。

 俺たちはまだ知らなかった。

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