第13話 ギャルとオタクとMMORPG

 これはもう完全に私の主観だが、2010年はMMORPGにとって冬の時代だったように思う。


 2010年代に突入しても、当時のMMORPGプレイヤーはまだ、「メイプルストーリー」や「ラグナロクオンライン」など、ゼロ年代のネトゲで遊んでいた。その中でハイスペックなPCを持っている人は、「The Tower of AION」とか「リネージュ2」とかで遊んでいたかな、って感じ。もしくは最大50対50のPvPが売りだった「ファンタジーアース ゼロ」とか?


 そして2010年に、今もMMORPG史で語り継がれる、とある事件が起きてしまった。単純に事実だけを述べるが、この年にリリースされた「ファイナルファンタジーXIV」がコケてしまったのである。


 もちろん同ゲームは後に「ファイナルファンタジーXIV: 新生エオルゼア」として生まれ変わり、令和の時代でも多くの人に愛されるゲームになった。ただ2010年当時のネトゲプレイヤーに与えたショックはすさまじく、「サドンアタック」を始めとしたFPSゲームの躍進もあって、MMORPG界隈ではちょっとした閉塞感が漂っていたように思える。


 そんな2010年の7月上旬。学校から帰ってお風呂に入って部屋でゆるんでいると、あおいから『面白そうなMMORPG見つけたから、一緒にやりませんか』とメールでお誘いされ、2人でとあるMMORPGに興じていた。ちょうど期末試験が終わって時間が空いていたので、ちょうど良いと思った。


 タイトルは「クラフト・オンライン」。私の知らないゲームだった。


 ゲームシステムは2009年にアルファ版が公開されたばかりの、「Minecraft」にシステムだった。またマイクラっぽいサンドボックス要素に、どこかで見たようなMMORPGのシステムを無理矢理詰め込んだような感じだったが、どれもだ。


 ということで、私と葵の異世界無双が、今、始まる!


…………

……


『葵! スイッチ!』

『うおおおおおおおおおお!!!』


 謎のMMORPG「クラフト・オンライン」で、私は葵と「スカイプ」を繋げて、ソードアート・オンラインごっこをしていた。ディスコード? そんなものはまだ無いよ。


 そしてこれは最近気付いたことだが、葵から教えてもらった漫画やアニメのネタは、「葵から教えてもらった」という体で堂々と口にすることが出来る。私はこの前葵に、今一番ホットなラノベとしてソードアート・オンラインを借りたので、SAOごっこが出来るという訳だ。


 思えばSAOの大ヒットの裏には、当時のMMORPGプレイヤーたちの「こんなゲームがあったらなぁ」という思いがあったのかもしれない。


 それはそれとしてこの「クラフト・オンライン」というゲーム、びっくりする程のクソゲーだった。まず私の中には「MMOの面白さ=アクティブプレイヤー数の多さ」という持論があるが、めっちゃ過疎。また往年の人気MMORPGの良いとこどりをしようと思ったのかもしれないけれど、一つ一つのシステムの作り込みが浅く、ゲームバランスも悪かった。


『みーちゃん見て! このゴブリンの皮から本来作れないはずのパンをクラフトしようとすると、ゴブリンの皮が消費されずにパンが無限に作れる!』


 あとバグも多い。それに葵は何故か、ゲームの抜け道とかバグを見つけるのが得意だった。格闘ゲームプレイヤー特有の、そういう嗅覚みたいなものがあるのだろうか。


 ちなみにこのゲームにはジョブシステムもあり、私が騎士で葵が僧侶。なので当初は「私が葵を守護る!」みたいなゲームプレイを期待していたが、僧侶が盾を装備して自身に継続回復魔法を使った方が、タンク性能が高いことが発覚し、葵が前衛を張っている。


 そして騎士の私は、その高いATKを活かして、後ろから弓でちくちくしていた。だからさっきの「スイッチ!」ってやつは、本当にただのごっこ遊びだ。


『みーちゃん見て! このタイプの岩だけ物理演算がおかしくて滑るから、スマブラDXの絶空みたいなことが出来る! これ重装備で滑りながら移動するのが“正解”か?』

『私さっきからなるべく機動力高くしようと思って全裸なのに……』


 いよいよ私の役割が無くなってきた。もしかしてこのゲームの騎士ってハズレ職ってやつか? でも初めてやるMMOで、友人が僧侶やりたいって言ってるのに、魔法使いとかアサシンとか火力職選ぶやついる? 普通タンク&ヒールでやってみるでしょ。


 ちなみに私たちが今いるのは、誰が更新しているのかも謎な攻略サイトに「序盤のレベル上げに最適」と書いてあった、洞窟型のダンジョン。下の層に行くと難易度が上がるが、上層のとあるフロアは序盤の装備でも敵を倒すことができ、また異様に敵の湧きスピードが早く、レベリングの効率が良いとのことだった。


 そして過疎ゲーなので、狩場が他プレイヤーと被って「ヨコやめてください^^」みたいな争いになることもない。しかし最初のうちは2人で協力して襲い来るゴブリンたちを倒していたものの、だんだん僧侶の葵が強くなってきて、「これ私いる?」みたいな状態になっていた。


『みーちゃん見て! バトルヒーリング!』

『キリトくん……』


 見ると葵は、無数のゴブリンに集中攻撃を受けながら、仁王立ちしていた。どうやらとうとう葵の継続回復魔法の回復量が、ゴブリン軍団が出力可能な最大DPSを上回ったらしい。いいゲームだなぁ。私は葵に群がるゴブリンを、弓でひたすらちくちくしていった。


 ただこんなゲームでも続けていられたのは、葵と夜にスカイプを繋いで一緒にゲームをするというこの状況そのものが、私にとってすごく心躍るものだったからだ。まだLINEもディスコードも無い世界だからこその、この特別感。これは素敵なインターネッツだ。


 とはいえ、それでもさすがに飽きてきたなと思ってきたところで、私はちょっと面白そうなゲームシステムを見つけた。


 結婚。


 このゲームには、多くの古のMMORPGと同じように、プレイヤー同士の結婚システムがあったのだった。


 説明を見てみると、どうやら結婚したプレイヤー同士が同じパーティーにいる場合、基礎ステータスに上昇補正がかかるらしい。要は今でも強い僧侶葵が、さらに強化されるということ。私は自分のことよりも、このままどこまで僧侶葵が強くなるのか見てみたいというフェーズに入っていた。だから、


『ねぇ葵』

『ん? 何? ご飯ないなった? 待ってて今クラフトして──』

『結婚しよ?』

『うん。え? えええええええぇぇぇぇ!!!!』

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