おっさん天を斬る 社畜がクビになったら、異世界からやってきた女勇者に聖剣を渡され、最強の騎士を目指すことになったが、本当は貴族令嬢たちの反対を押し切り、スローライフを送りたい
なぎこ
会社をやめたら異世界の女騎士が迎えにきた
上司と反対の意見を言った。それだけだったのに……。
「もういい。明日から会社に来るな」
会議室の温度が下がったような感覚に、上司の溜め息。怒りに耐えて顔面が痙攣したが、何とか耐えて、表情を作った。
「大島部長、そんなこと言わないでくださいよ。このプロジェクトは最終的な目標を整理して、チーム全員が各々の役割に徹すれば必ず――」
「うるさい!」
俺の説明を上司……大島部長は遮った。
「お前みたいに文句ばっかりで、会社に貢献するつもりのないやつはいらん! クビだ、この役立たずが!!」
「……役立たず?」
俺が役立たずだって?
こいつには、そう見えているのか?
これだけ会社に身を尽くしてきたのに、俺の評価はそれ?
さすがに、我慢の限界だった。
「分かりました。じゃあ、やめます」
俺は潔く会議室を出た。そして、荷物をまとめ会社の外へ。青い空が嫌に気持ちよかった。
「須藤さん、待ってください!」
歩き出した俺の背に、後輩の樋口くんの声が。
「大島部長は頭に血が昇っているだけなんですよ。だって、このプロジェクトの発案から運用まで、実際は須藤さんによるものです。須藤さんが抜けたら、会社はとんでもない損失ですよ??」
「……分かっているよ。でも、大島部長はああいう人だから、そういうのが理解できないんだ。それに、樋口くんがいれば何とかなるだろう」
「しかし……」
「じゃあ、私はどうすればいいんですか!?」
樋口くんと変わるようにして、すがるような目を向けてきたのは、二年目の角田さんだった。彼女は若いのに、大島部長からの当たりが強く、参っている時期があった。ただ、今は落ち着いている。もう俺がいなくても何とかなるだろう。
「大丈夫。角田さんなら、上手くやれるよ」
再び背を向ける俺だったが、二人はなかなか諦めてくれない。熱心に引き止めてくれるじゃないか、と思ったが、樋口くんがとんでもないこと言うのだった。
「でも、須藤さんはもう三十六のおっさんですよ?? この時代に、転職先どうするんですか!?」
「お、おっさんじゃないし! 余計なお世話だ!!」
啖呵を切って、二人の前から去る俺だったが、公園のベンチに一人座り、少し冷静になると事の重大さに気付いていった。
「マジでどうしよう! 貯金だってすぐ底を尽きるだろうし、この物価高で毎日のメシだって……。どうする? 今すぐ戻って大島部長に謝るか!?」
頭の中に浮かぶ大島部長の顔。
――この役立たずが!
この言葉だけは許せなかった。
「いや、なしだ。戻るのは絶対なしだ」
かと言って、この不景気の世をどうやって生きていけばいいものか……。不安に頭を抱えていると、ブーンっとスマホが震え、何かメッセージを受信した。
「ん? 玲香からだ。こんな時間に珍しいな」
玲香は十年近く付き合っている、俺の彼女だ。最近、喧嘩ばかりだったが、このタイミングで連絡が来るなんて、正直嫌な予感がしない……。
『やっぱり、貴方とはやっていけません。私はケントくんのところに行きます。さよなら』
……やっぱりなぁぁぁ。
何となく結婚を先送りしていた俺に、愛想を尽かした玲香は、少し前に出会った若いバンドマンといい感じになっていたそうだが、ついに決断したらしい。ああ、今こそ人生最悪の瞬間。そういって間違いないだろう。
「あーあー、今日でこの世界が終わればなぁ。もしくは、俺も異世界に転生してスローライフでも遅れたら……」
そうだ。この瞬間に世界が終わって、俺も中世ヨーロッパ風の異世界に転生し、なんか凄いスキルで活躍して、可愛い女の子にチヤホヤされながら、ゆっくり暮らすんだ。
神様お願いします。おっさんと言われ始めた俺の願いを叶えてください。そんな妄想をしていると、公園を巨大な雨雲が覆ったのか、ふと辺りが暗くなった。
「雨か?」
俺は空を見上げたのだが……。
ゴゴゴゴッ……!!
「な、なんだよあれ!!」
信じられなかった。が、それは俺の目の前にあった。超巨大な石の塊。それが、空を見上げる俺の視界いっぱいに広がっていたのだ。
「い、隕石が……落ちてくるってことか!?」
まずい。まずいぞ!
さっきは、今日で世界が終われば、なんて妄想していたが、実際のそんな状況になると、マジでやばい!!
ゴゴゴゴッ……!!
しかし、隕石はさらに地上に迫っていた。所々で悲鳴が聞こえてくる。どこへ行くつもりか、逃げ出す人々も。
「これじゃあ、逃げたって……意味ないだろう」
それくらい、大きな隕石が突如現れたのだ。俺は考えることをやめ、ただ立ち尽くした。こうなれば仕方がない。世界の終わりを受け入れるしか……。そう思ったのだが――。
「見つけた!」
どこからか、凛とした女の声が。その途端、世界から色が失われた。
「ん? 時間が止まっている……!?」
目に映るものすべてが灰色に染まっただけではない。何もかもが静止していた。悲鳴を上げる人も、逃げ惑う人も、一枚の写真のように動きを止めている。だが、そんな中に彩を保つ存在が一人。
「見つけた、伝説の騎士、レオン・スターリング!!」
騎士風の甲冑に身を包んだ、金髪碧眼の美女が、静止した人々をかき分けて、こっちに駆け寄ったかと思うと、俺の手を取った。
「お願い、邪神ボルガーノを討伐するため、私と一緒に来てくれ! 邪神を倒す聖剣を使えるのは、レオンの生まれ変わりの、貴方だけなんだ!!」
「聖剣? 邪神?? 行くってどこへ??」
混乱する俺に、彼女はぐっと手を引っ張った。
「私たちの世界、ノモス。貴方たちの言うところの……異世界だ!」
……どうやら、さっき妄想したばかりの二つの願いが、急に叶おうとしていた。
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