第20話

 ――もうここにいても仕方がない。そう思って、寮に戻ろうとしたときだった。


「こんばんは、カテルナさん」


 急に呼び止められ、振り返ると、見知らぬ女の子が立っていた。中等部の白の制服を身にまとい、緑の髪に合わせたような深緑の瞳が光に映えて輝いて見える。

 後ろにも同じく中等部の少女が二人並んで立っていた。赤い髪をした活発そうな子に、エルナよりも少し濃い青色の髪の子。赤、青、緑と見事なまでに色とりどりだ。


「誰?」

「あらあら、わかりませんか? 同じクラスメイトですのよ」


 訝しげに見上げるカテルナに少女は笑顔を崩さずに答えた。頬に手を添えるその仕草でいいところのお嬢さんであることは容易に想像がついた。


「――知らない。エルナ以外と話してないし」

「じゃあ、覚えておいてくださいな。私はメルトナーダ=フレイル。後ろの赤い髪の子がヘイラス=ミャルトル。青髪のこの子がプラトニー=エスピリカ」


 赤髪のヘイラスはニコニコとしている。プラトニーはペコリと頭を下げた。


「ふーん。で、なんか用なの?」


 クスリと微笑を浮かべたメルトナーダが両手を広げてカテルナに言った。


「私のチームに入ってくださらないかしら?」


 言われてカテルナは気付かれない程度に小さい溜息をこぼした。


「――唐突だね。お誘いは嬉しいけど、理由がわからないわ」


 チームというのは複数の人とパートナー契約を結ぶ団体契約だ。パートナー同士は互いに不得手なことをカバーしあって成績を高める。団体で行動するチームは上手く機能しさえすれば、パートナー契約よりももっと高い成績上昇が見込める。ただ、多人数で成績を分配するがゆえに互いに足を引っ張りあって実力の半分も出せずに終わるところもよく見られる。

 エルナに聞いたことを思い出しながら、カテルナは顎に手を当てた。

 悩むそぶりを見せるカテルナを見て、メルトナーダがさらに口を開く。


「カテルナさんは見たところ、書庫に興味がおありのようね」

「それが何?」


 カテルナの後ろにそびえる書庫を仰いで、続ける。


「もう知っていらっしゃると思いますけれど、書庫を利用なさるにはそれなりに成績が高くないといけませんの」

「――知ってるよ。上位十名でしょ?」

「そう――実は私達、去年その十位以内に入ってましたの。どうですか、カテルナさん。私達のチームに入ってくだされば、上位に入ることをお約束いたしますわよ」


 メルトナーダの言葉にカテルナは首を傾げた。上位に入るという言葉は魅力的ではあったが、すでにそれほどの成績を誇っている彼女達がなぜ自分を加えたがっているのか、そこがわからなかった。


「理解できないわね。私を加えて、あなたたちに何のメリットがあるというの?」

「メリット、デメリットの話しではございませんわ。私はあなたの実力を買いましたの。あなたは私達に必要なのです」


 答えになっていない。

 人の行動には何らかの見返りが必ず関わってくる。己にメリットとなるか、己の敵にデメリットとなるか。それだけだ。メルトナーダ本人にメリットがないとするなら、メルトナーダでもカテルナでもない誰か、第三者にデメリットが生じるはずだ。

 信用出来ない。自分を利用して誰かを貶めようとしている意図を感じる。そう考え、散々悩んだふうに見せてから、カテルナは答えた。


「――悪いけど遠慮しとくわ。もうエルナのパートナーしてるしね」

「じゃあ、あなたは絶対にこの書庫を使うことは出来ないわね」


 メルトナーダの後ろに立つヘイラスの言葉に、カテルナはムッとして彼女を睨んだ。ヘイラスは変わらぬ笑みを浮かべて続ける。


「――だって相棒があの『出来損ないエルナ』じゃあねぇ」

「『出来……損ない』?」

「『出来損ないエルナ』。あの子ったら魔法の一つも使えないじゃない。あの子は『出来損ない』なの。もしくは『欠陥品』。あんな子と一緒にいたら、永遠に上位に食い込むなんて不可能ね」

「だから――なに?」


 胸に渦巻く苛立ちが、溜まっていたストレスが、表へ出ようと悲鳴をあげる。怒声が喉から飛び出してしまいそうになるのを抑えた。

 変わらぬ調子でヘイラスが続けた。


「私たちのところに来たらいいのよ。そしたら上位に入るなんて簡単よ? あの子のお守りするよりもそっちのほうが断然いいと思うけど?」

「――そう……」


 カテルナはうつむいたまま応えると、そっと前に手をかざした。


「魔導円陣詠唱……」


 声に合わせて光の筋が十字に伸び、円形を形づくる。


「――な、なにを!?」


 カテルナの急な行動にヘイラスは困惑の声を上げた。そんなことはお構いなしにカテルナは呪文を唱え始める。


「……我等を包む陰陽の精霊達よ、我が命に従いて影に伏せる獣を呼べ……」

「――おやめなさい!! 何をなさるの!!」


 メルトナーダの声を無視しているのか、カテルナは詠唱をとめようとしない。そのまま、手を払うと円陣の光が辺り一帯に飛び散り、三人に目掛けて降り注いだ。


「きゃっ!」


 プラトニーが小さな悲鳴をあげ、ヘイラスが身構えると、カテルナは不敵な笑みを浮かべて言った。


「今、私はすこし不機嫌なんだ。ちゃんと手加減できないかもしれない。そのときは許してよね」

「な、なにをしたのよ!?」


 声を荒げたヘイラスがカテルナの襟首を掴もうしたときだった。

 ――何かがその手を掴んでいた。黒い手のようなもの。掴まれているのに触られている感触はひとつもない。ただ、手を引きとめる力だけが腕にかかる。カテルナは笑みを浮かべたまま、ヘイラスから少し離れた。


「私はただ呼んだだけ。ほら、もうそこに出ているでしょう?」


 そういって、三人の足元を指差した。


「――え? ……きゃあっ!!」


 黒い手が三人の両足を掴んでいた。まったく身動きが取れなくなったヘイラスの体に黒い何かが次々と巻きついてくる。


「い、いや……やめ……」


 後ろを振り返ると、メルトナーダもプラトニーも影につかまれて、悶えていた。

 涙目のヘイラスにカテルナは落ち着いた調子で話し掛ける。


「私はバカが嫌いなんだ。――魔法が使えないってだけで、人を見下して、馬鹿にして、そうやって自分が上に立ってると思ってる。私はそういうバカが本当に嫌いだ」


 カテルナのひどく冷たい口調にヘイラスの顔が真っ青になる。


「エルナをバカにしたことを謝れ。そして私に許しを請うんだ。土下座させてやりたいけれど、そんなんじゃ、頭下げることも出来なさそうね」


 くすくすと笑うカテルナの姿はいたずらに成功した子どものようだった。いや、容姿が幼いからそう見えるだけで、決してそうではない。ヘイラスが苦しむ姿に悦びを感じているのだろう。

 ヘイラスが影から逃れようと、必死でもがく。しかし、影の押さえ込む力はもがけばもがくほど、強くなっていく。苦しみと悔しさ、そして恐怖から、涙があふれてくる。


「――『許してください』……一言そう言うだけでいいのよ? それとも一晩中そうしてる?」


 影の力に押され、ヘイラスはがくりと足を曲げた。しゃがみこむヘイラスをカテルナは見下ろしながら、嘲笑した。


「誰だって過ちを犯すものだわ。ただ、その過ちを過ちとして認められるかそれが出来ないか。他人を出来損ない呼ばわりすることは過ちでないと思う?」


 影が重くのしかかるのと同じように、ヘイラスの胸に強く恐怖が突き刺さってくる。なおもカテルナの冷たい言葉は続く。


「果たしてあなたがここで許しを請う事は過ちになるのかしらね」


 ヘイラスの心の壁が崩れるのにそう時間はかからなかった。恐怖に締め付けられた胸が開放を望む。その声がのどから擦れるようにこぼれ出た。


「――ゆ、許して……・くだ……さ……」

「ん? なんだって? もっとはっきり言わないと聞こえないなぁ」


 出来うる限りの憎たらしい口調で、カテルナはヘイラスに言った。


「ごめんなさい……許して……ください」


 ヘイラスの涙混じりのその声にうっとりと目を細めると、カテルナはさっと手を振って、魔法を解いた。開放されたヘイラスはその場で静かに涙を落とし、メルトナーダとプラトニーはすぐにヘイラスのもとに駆け寄った。カテルナは勝ち誇った様子で、胸を張り、しゃがみこむ三人の前に立った。


「――あんたらもこれに懲りて人を馬鹿にするのは――」


 カテルナがキメの言葉に入りかけた時だった。それを遮る怒声が響いたのは。


「――あなた!! 一体そこで何をしているの!?」


 怒声がカテルナの言葉をかき消した。声の主を探して、くるりとあたりを見回すと、建物の二階、ちょうどカテルナの頭上の窓から金髪の少女が身を乗り出していた。と、そのままの勢いでいきなり二階から飛び降りた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る