アイドルは今日もうちに来る〜あなたの前ではアイドルじゃない〜

宵月しらせ

第1話 アイドルは今日もうちに来る ※旧1話“夜の顔”を分割

 時刻は夜の十一時。

 現役アイドルが、今日も俺の部屋に来た。

 誰にも気付かれないように、靴音さえ鳴らないように注意を払いながら。

 夜中のマンションの廊下を無音で歩く姿は、どこか幻想的でさえある。

 まるで羽のある天使のよう。

 でも、違う。

 初瀬莉莉は天使などではない。

 アイドルという名の偶像ではなく、普通の人間。

 一人の女の子だ。



 秘密の関係。

 ……俺たちのことをそう説明すれば、きっと勘違いさせてしまうだろう。

 実際は友達。

 ただの友達だ。

 手を繋ぐことさえない。



 初瀬は俺と同じマンションに住んでいて、時間がある時にこっそり遊びに来る。

 いつもは穏やかに食事をしたり、話をしたり、騒ぐのはゲームをする時くらいなのだが、今日の初瀬はいつもとどこか様子が違う。

 どこか不機嫌そうだ。


「なにかあったか?」


 そう聞くと、初瀬は一瞬遠い目をしてから皮肉めいた笑みを浮かべ、


「想像してみて」


 そう言い、次のようなことを語り出した。



 ――想像してみて。

 あなたが誰かとギャンブルをしたとする。

 内容は……そうね、サイコロを振って1が出たら相手の勝ち。それ以外ならあなたの勝ち。とでもしておきましょう。

 そんなギャンブルを十回やったら、全部1が出ちゃった。

 そんなことある?

 計算してみましょう。確率は約六千万分の一。奇跡としか言いようがないわね。

 これはイカサマかしら?

 普通に考えたらイカサマ。

 でも証拠がなければ、どれだけ怪しくてもセーフ。奇跡で通ってしまうわ。



 ――同じことがアイドルにも言える。

 ううん、アイドルの恋愛にも言える。

 恋人がいるかどうか? それはファンにとって非常に重要な問題。

 アイドル自身にとっても、キャリアを左右する大きな問題。

 誰もが薄々わかっているはず。

 推しに恋人がいる、と。

 あるいは、いても不思議ではない、と。

 でも、証拠がない限りはセーフ。

 だからアイドルは必死になって隠す。

 ファンは無意識に目を背ける。

 お互いにウソをついているわけだけど、別に誰も損していない。むしろ不都合な部分が見えなくて得さえしている。

 でもね、そんなwin-winの関係を壊したがるやつらがいるのよ。

 週刊誌、あるいはネットで他人の粗探しばかりしている連中のこと。

 そんなやつらからアイドルたちは身を守らなければいけない。

 疑われる状況をどうやって作らないか?

 証拠をいかに消すか?

 恋人を作らない。という選択肢を選ばないのであれば、その二つを徹底しなければいけない。

 そうして一切の証拠を消すことに成功し、秘密を隠し通したのなら、“奇跡”はアイドルをより輝かせてくれる。


 こんなことを語る初瀬莉莉(芸名は初瀬リリ)は、花園の守護者(ガーディアンズ・オブ・フラワーガーデン/ガデフラ)というちょっと痛い名前のグループのメンバーだ。

 ガデフラは、先日単独で武道館を満員にさせている。

 初瀬はそこのランキング二位。つまり人気アイドルだ。

 そんな人物から語られる奇跡と隠蔽の話は、生々しく物騒な感じさえする。

 ここで改めて言っておくが、俺たちはただの友達だ。

 たとえ夜の十一時に俺の部屋に二人きりで話しているとしても、友達以外の何物でもない。


「でもね、どんな完璧に隠蔽してもバレるリスクはあるのよ。写真の瞳の写りこみから個人情報バレたって話知ってる? そんなところまで調べるやつらと正面から戦っていたら、いつか必ず負ける。そもそもこっちはバレたら一発で大ダメージ、最悪即死。相手はどれだけ失敗しても、一回こっちのミスを暴いたら勝ち。不公平どころじゃないわ。こんな勝負やってられない」

「そうだな」

「そんなことわかりきってるのに、なんで彼氏とデートした写真をSNSに上げるかね? 彼氏が写ってないからいけると思った? 通行人の眼鏡にちらっと男の影が映りこんでたのに気付かない程度の注意力なら余計なことすんな。彼氏がいても、デートしてもいいが、写真なんか一枚も撮るな! ネットに上げるな! つーか、眼鏡に男の人が映ってるって指摘されて三分で写真消すな! 答え合わせだろうが!」


 やけに具体的で生々しい例だ。

 実話かな?

 それはそれとして、初瀬さん。

 床に倒れて子供みたいに足をじたばたするな。

 ロングスカートだからパンツが見えることはないけど、だだこねてる子どもみたいでカッコ悪いぞ。

 ……ある意味かわいいけど。

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